追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
喧騒を遠くで聞きながら
「なるほど、スマルト君ではなく神父様が……」
可愛いらしいヴァイオレットさんを堪能しつつ、俺はトウメイさんから聞いた内容を執務室で聞いていた。揶揄い過ぎたのか何処となく拗ねていたので内容を始めに聞くのにはちょっと難航したが、話し始めた後は内容が内容だけに話すべき内容と判断したヴァイオレットさんは要点を分かりやすくまとめて話してくれた。
そしてトウメイさんからの話だけではなく、マゼンタさんのトウメイさんに対する敵意や「そうっとしておいてあげてね」発言も話して貰い、内容を頭の中でまとめつつ過去の事を振り返った。
「クロ殿、心当たりは?」
「思い返す限りでは、神父様になにかを感じたりした事は無いですね」
神父様とは最初敵対していたような間柄ではあったが、それ以降は助ける事に躍起になってはシアンに怒られる、他者にとても優しい神父様、という認識だ。少なくとも今まで違和感を覚える程の振る舞いをしていた覚えはない。
「というか、シアンが居るのに気付かない、という点がどうしても……」
「そうだな。私もそこが気にはなっている」
そしてなによりも俺達よりも……というか、俺が知っている限りでは自分に向けられる感情以外には敏感なシアンが気づいていないという事が引っかかる。
もし神父様になにかヴァイス君の中のシュネーのような別人格的なものが混ざっていたり、なにか邪悪なモノが根付いていた場合、気付いていても無視するシアンではない。好きな相手だからフィルターがかかって気付かない、という事はあるかもしれないが、好きだからこそ気付いたら解決のために尽力するのがシアンというシスターである。
だからこそ間近で一緒に住んでいたシアンが気づかない、という点がどうしても引っかかる俺達である。
「ですが、二人の反応も気になりますし……」
「うむ……」
しかしそれでも、トウメイさんがナニカ混ざっているのに気付き、神父様が屋敷に近付いただけで反応するのも気になる。
そして俺が知る限りではクリームヒルトやメアリーさんと並ぶ才覚を持ち、錬金魔法で水銀に生命を宿したりするゴルドさんのようなハチャメチャな事をやってのけるマゼンタさんはなにかを知っていた上でスルーをして欲しいと懇願しているのも気にはなる。なにせ“問題無い”とは言っていないのだから。
そしてこの二つが混ざれば無視は出来ないだろう。神父様にはキチンとした検査を受けてもらわねばならない。
「……まぁ、ゆっくりと、ですが確実に解決していきますか」
「そうだな。マゼンタさんの発言からして、すぐに問題が起きる類ではないだろう」
しかし幸福を是とするマゼンタさんが“気付いても放っておくべきだ”と判断する点に関しても頭に入れておいた方が良いだろう。仮に神父様の中にある“ナニカ”が、“放っておけば二人以上の相手を不幸にする爆弾”という類ならばマゼンタさんはすぐにでも処理にかかる。
ならば俺達もキチンと調べて、どうするべきかを冷静に判断するとしよう。楽観視はせず、悲観視もせずに、キチンとした状況を見極め――そして、俺達の友人であるシアンとスノーホワイトの結婚式を後顧の憂いなく心から祝福出来るように頑張るとしよう。
「ではこの問題に関してはトウメイさんの判断や、その他の判断次第という事で」
「分かった。……シアンには話した方が良いだろうか?」
「うーん、アイツ鋭いですから、下手に隠しても意味が無いですし……話した方が早いかもしれませんね」
仮に神父様の中にナニカ解決すべき事があったとしたら、シアンに下手に隠すと問題が起きそうだからな。具体的に言うと「クロ、隠していたお詫びに本気で戦闘させて。それでチャラにする」的な感じで勝負を挑まれそうである。
「分かった。では私の方から話しておくが、その時はマゼンタさんにも話す事を一応伝えておいた方が良いな」
「ですね。すみませんが、お願いします」
「分かった。……ところでクロ殿」
「なんでしょう」
マゼンタさんは恐らくシアンにも「そうっとしておいてあげてね」案件を隠し通しているだろう。ならば場合によってはシアンに話す事も止めて欲しいと言われる可能性がある。その事もヴァイオレットさんに頼み、了承を得た後。ヴァイオレットさんはなにか言い辛そうな声で俺の名を呼んでくる。
「……いつになったら手を離して貰えるのだろうか」
ちなみにだが、今の俺達の体勢は手を繋いだ状態のまま俺が椅子に座り、俺が手を離さないのでヴァイオレットさんが横に椅子を置き話している状態である。別に俺の太腿の上に乗っても良かったのだが、客人が屋敷に居ると言う事で断られた。残念である。
「俺は先程ヴァイオレットさんに嫌いと言われてしまいましたから。代わりに俺が好きであるという事を伝えようと必死のアピール中なんです」
「このままの方が嫌われる、とは思わないのだろうか」
「思いません!」
「……ハッキリ言ったな。というか嫌いに対するアピールとしてこの行為はあっているのか?」
「知りませんよ、俺は建前で言っているだけでヴァイオレットさんの手を握っていたいだけなんですから」
「建前と言ったな」
「言いましたよ」
「開き直ったな」
「直りました。大好きな相手と触れ合うためなら開き直りもします」
「そうか。……では、好きにすると良い」
「えぇ、好きにします。ヴァイオレットさんがそう望むのなら」
「……まったく、困った旦那様だな、クロ殿は」
「悪役令嬢の旦那様ですからね。困った旦那様の方がお似合いというやつです」
「フフ、では似た者同士の相応しいお似合い夫婦、という事にしておこう」
「ええ、しておきましょう」
時刻は既に夕方。
食堂の方では恐らく歓談が終わり、食事の準備へと移行しているだろう。
貴族としての仕事をしている息子と娘、従者達には悪いが、今は喧騒を遠くに感じながら、ゆっくりと時間が流れる夫婦の時間を俺達は味わうのであった。
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