追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

善良さ(:菫)


View.ヴァイオレット


 マゼンタさんは善良ではある。
 ただその善良さを自己完結するきらいがあるだけで、敵意を見せる事はあまりない。邪魔をする相手に対しても「本当は救われたいんだ」と自己都合解釈を行い、「だから貴方を救おう」と、敵意を向けるというよりは博愛を持って対処にかかる。……善意が必ずしも相手のためになるモノではないとは分かってはいるが、善意が底なし沼のような、蟲毒のような雰囲気を感じさせたのはマゼンタさんが初めてである。

「あははは、一昨日見た時から怪しかったけど、まさか普通に屋敷に居るとはね」

 ただその自己完結の世界に閉じた在り方は、シキにシスターとして来る頃にはやや形を潜め、シキに来てからは以前のような危うさを感じていない。
 前者は兄や親友、そして子供……生きている実の子の影響であり、後者はシキの教会組の影響だろう。
 なにが正しいかなど時代と環境により変わるものではあるが、彼女は善意を正しい形で振舞っているように思える。

「ねぇ、綺麗な貴女。私のさっきの質問に答えてくれる?」

 そんなマゼンタさんが、トウメイに対して敵意を向けていた。
 無邪気さを感じるいつものような笑顔。しかし紫の瞳を見開き、獲物を逃がすまいと言わんばかりの様子だ。私はマゼンタさんに庇われるような立ち位置のためまだ平気であるが、気付かぬ内に間近に現れられ視線を向けられるトウメイは――

「……そうか、やはり気付いていたのか」

 取り乱す事無く、ただ冷静に言葉を返した。
 先程までの格好以外は何処かの気前の良い村娘かのような様子とは打って変わり、不思議と威厳のある雰囲気へと変貌していた。……その在り方に何故か教会を思い浮かべたが、ともかくトウメイは今までとは別人のようにマゼンタさんと対峙した。

「しかし盗み聞きとは感心しないな、少女」
「それについては謝罪をするけど、質問に答えて」
「答えは今語った通りだ。それ以上になにがあると言う。あの神父に対しては害を為す気は無い」
「……ふーん、そっか」

 トウメイの毅然とした態度と返答に、マゼンタさんは敵意を含んだ視線から観察するような視線に変えトウメイを見る。

「安心したよ。せっかく外の世界を見て、幸福な場所を見つけられたというのに壊そうとする相手じゃ無くて」

 その言葉に私はマゼンタさんがあの教会を居場所として思ってくれている嬉しさを感じ、同時に危うさも覚えた。……それは何処か、一度失った居場所を守るために、敵としてみなせば容赦をしないというように思えたからだ。安心したと言っておきながら、一切の許容を見せていなかったからだ。

――だが、何故ここまでトウメイに敵意を……?

 居場所を壊そうとする相手に敵意を向けるのは分かる。私だってクロ殿やグレイ達を奪おうとするなら容赦なく敵意を向ける。それはもうとっても。
 だが基本は人々を幸福にする事を至上とするマゼンタさんが、何故トウメイに対してだけはここまで敵意を向けるのか。その事を疑問に思ってしまう。

「……良いのか、家族のように大切に思う相手に害を為す相手を放っておいて」
「あははは、大丈夫もなにも、貴女が此処に居るという事はクロ君に認められた証拠でしょ。だったら彼のお陰で此処に居る事が出来ている私は彼の判断に従うよ」
「彼を随分と信用しているんだな」
「まぁね。クロ君は良い子だし、彼の善良さは私は好きだからね」

 うむ、それはよく分かるぞマゼンタさん。
 クロ殿は色々と流される事もあるが、自分の良心を信じ行動できる素晴らしい善良さを有している。その在り方のお陰で私は救われ、今こうして彼の妻というこの世で最も幸福な地位につく事が出来ているんだ。
 クロ殿の善良さは素晴らしくて本当に好きになるほかないとしか言いようがない! ……む、なにか疑問に思っていたような気がするが、なんだっただろうか。クロ殿素晴らしさのせいで些事を忘れてしまったではないか。

「……それで、今日の所はそれで良いのか」
「良いのかってなにが?」
「私に対する警告だよ。クロの事は信用していても、私に警告を発しに来たのだろう? “私の好きな相手に手を出すのなら容赦はしない”と」
「あははは、なんの事かなー。……でもそうだね貴女……貴女様に対しては私程度は抑止力にならないかもしれないね。なにしろいくら魔法を唱えても、されそうだし」
「っ! ……なるほど。ここまでがセットな訳だ。恐ろしい子だ」
「なんの事だろうねー」

 ……なにがなるほどなのだろうか。
 どうやらマゼンタさんはトウメイのなにかを見抜いたようだが、私には今一つ分からない。
 ただマゼンタさんが今回この場に現れたのは脅しを目的としたモノであり、今ほどの言葉で脅しを完了させた、というのはなんとなく分かる。

「ああ、それともう一つ言いたい事があって来たんだ。ヴァイオレットちゃんも聞いてね」
「え、はい。分かりました」
「なんだ、またなにか脅しでも?」
「そういうのじゃないよ。……神父君の事だけど、私みたいな異質な力が混じっている訳では無いから」
「ほう?」

 マゼンタさんは何処か寂しそうな表情をしつつ、言葉を続けた。

「……彼は大丈夫だから、そうっとしておいてあげてね」
 

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