追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
恋と夢(:空)
View.スカイ
スマルト君が本気という事は伝わった。
告白の了承と共に手を取って欲しいと願う表情は真剣そのもの。
手を取って欲しいという願望と、拒絶されるのではないかという不安が混じる、まさに一世一代の告白。
私は今、生まれて初めての告白をされている。
――我が儘を抑えられなかった。
スマルト君の告白は本気でも、何処まで理解しているのか不明だ。
恋を物語のような綺麗な代物だと思っているかもしれない。
本気で思えば必ず応えて貰えると思っているかもしれない。
……恋や好きという感情は、綺麗なモノであると思い。狂気と結びつくものでは無いと信じているのかもしれない。
――僕の傍で幸せになって欲しかった。
私は恋が綺麗なモノでは無いと知っている。
好きな相手の傍に居るヴァイオレットが憎かった。
好きという感情に応えてくれなかったクロを憎悪した。
なによりも幸福を妬む感情を抱いてしまう自分が嫌だった。
……そして、自己嫌悪に至って「自分は駄目だ」と思う事自体が駄目なのだという事に目を逸らしていた。
相手を憎み、それでは駄目だと自己嫌悪し自分を律する事が出来る自分は、自己制御出来ていて。
愛に狂い堕ちていく者達より遥かにマシなのだと、自分を慰めていた。
――どうか、僕と結婚してくださいませんか。
それに気付いたのはシャルとの飲み合いの時だ。
シャルは私の「ヴァーミリリオンが憎いのか」という問いに対し、迷わず「憎いさ」と答えた。
酔っているので本音が出た、と思ったのだが、その時のシャルは間違いなく素で答えていた。
その事自体はシャルの告白を聞いていたから以外では無かったが、やはり信じられず、納得いかなかった。だがシャルは続けて「しかし、ただ憎いだけだ。それ以上の願いがあるのだから別に隠す必要も無くす必要もない」と、当たり前の事のように言ったのである。
……それが私のなにかに触れたのか、具体的な事は私にも分からないが。ともかくシャルの言葉を聞いてようやく吹っ切れる事が出来たのである。
――告白。
告白というのは、される側が絶対的な優位性を持つ。
その優位性は今の私のように自分の過去と照らし合わせて“何処まで理解しているのか”などと考える程には毒性が強い。なにせ生殺与奪の権利をこちらが握っているようなモノなのだから自意識過剰にも、自分の健康を害する苛立ちにも繋がるだろう。
そう思うと、メアリーはよくあんなに告白を受けて自分も周囲も良い方向に持っていけるものであると思える。
「スマルト・オースティン侯爵令息様」
故に私は、告白を素直に受け取るとしよう。
可愛らしくも勇ましい、一人の男性に対して、
「その手を取る事は出来ません」
拒絶という言葉をもって、返事とした。
「ぁ……」
私の言葉に初めは理解出来ずにいた彼は、徐々に呆然から絶望という感情に変わろうとしてる。成人にも満たない彼にそのような表情をさせたくはない。つり目気味の目が先程の花言葉を私に教える時のように可愛らしくなる笑顔に変えたくなるが、今は堪えなければいけない。もう少し我慢だ。
「お褒めの言葉は嬉しかったです。今まで言われなかった貴方の言葉は、本音なのだと私に伝わりました」
外見を褒めてくれた事は素直に嬉しかった。
今まで言われた褒め言葉よりも多かったのではないかと思う、内面が良いから外見に現れているのだと言う賛辞の言葉。裏など無いと思える賛辞の言葉は、彼の内面を表しているようでもあった。
「……けれど私は貴方を全く知りません。そして、私の事も貴方は知らないでしょう」
しかし私は彼を知らなすぎる。
なにが好きなのか、なにが嫌いなのか。どういった性格で、普段はなにをしているのか。彼を知るのには時間があまりにも無さすぎる。
ヴァイオレットだって婚約破棄され、月日を重ねる事でクロに心を開いた。
婚約破棄後に出会った時は夫婦なのにまだする事をしていないのかと思ったものだが、今思うと仮に結婚した直後に“やって”いたら今のような仲の良い夫婦にはなっていないだろうという確信がある。その場合ヴァイオレットは人形のような妻となっていただろう。
「唐突に現れた相手に告白をされて心が響くほど、私は弱い女では無いのです。……貴方が好きになった女性は、そういった女では無いというのですか?」
「それは……」
「……ですが貴方はそれを分からない御様子です。私を知っていれば、分かるはずなのに」
御託を並べた私ではあるが、なにを言いたいかというと。
「……つまり私がその手を取るのはまだ早いです。だから立ち上がってください、スマルト君」
差し出された手を取るのは、“今の私”には早すぎるという話だ。
「一緒に歩いてもっとお話ししませんか。貴方の事をもっと知りたいです」
好きという感情が先行して互いを知ろうとしなかったのが彼であり。
子供であるからと、相手を知ろうとしていなかったのは私であった。
この告白は、ただそれだけの話だ。
「貴方の事をもっと知って、いつかその手を取らせてください」
そして彼を知っていけば、私は再び恋を知る事が出来るかもしれない。
一度失った恋は二度と戻らないのではなく、何度も沸き上がるものであると思えるかもしれない。
夢を忘れる事無く、それでいて恋を選ぶかもしれない。
「――いえ、その時は私が差し出させてください」
そしてその時はこの綺麗な恋心を決して逃がしはしない。恋を二度と失わないように手に入れてみせる。
「手を取って貰えるよう頑張りますから。これからも一緒によろしくお願いしますね、スマルト君?」
あるいは彼となら夢との両立も出来るかもしれない。彼の夢も両立できるかもしれない。
……それはただの希望的かつ、楽観的な思考かもしれない。
けれど。
「はい――はいっ!」
私は彼にまだ恋はしていないけれど。
異性として好きかどうかなんてまだまだ分からないけれど。
「いっぱい、いっぱい知ってもらうために、これからもよろしくお願いします、スカイさん!」
彼を見ていると、希望的な夢を見てしまう。
スマルト君の嬉しそうな笑顔を見ると、そう思わずにはいられなかった。
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