追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

数時間ぶり、n回目の(:菫)


View.ヴァイオレット


「では、俺はこれで。お風呂に入って来ますね」

 と、クロ殿が行って数分。
 平然と見送る事は出来たのだが、どうしようかと内心で慌ててその場で固まっていた。

――クロ殿が、あのような……!

 手の甲にキス、というのは私もやった。行動という点ではそれと同じ事をしたに過ぎない。だが、私にとってはクロ殿の唇が触れた所を触りながら、触れた一連の行動を思い出しつつ自分の歓喜の感情を処理する事で精一杯だった。
 なにせ格好良い。普段から格好良いのは世の真理だが、先程のクロ殿は格好良さが振り切れて一目惚れをしたと錯覚するほどには格好良かった。一体私は何度クロ殿に一目惚れの衝撃を受ければ良いのだろう。困る。いや、困らない。
 だからその感情を表すために、今すぐ叫びたいという衝動を抑えるだけで今の私は精一杯なのである。いっそこの衝動の発散のためにヒャッハースカイの掃除でも手伝おうか。うむ、それが良いかもしれない。

「ヴァイオレット。丁度良かった、確認したい事があるんだが」

 と、私がグレイとスカイの掃除を手伝おうとしていると、普通に歩けるのにも関わらず、浮きながら移動するのはそちらの方が楽だという理由で相も変わらずふわふわと浮いているトウメイが話しかけて来た。

「どうした、トウメイ。なにか生活で気になる事でも?」

 浮かれていた私ではあるが、トウメイを見ていると不思議と落ち着いて話す事が出来るようになっていた。それは単純に対外的に話す表情を作るという今までの教育の成果か、あるいはシキでも居ないタイプの相手に非日常を感じて落ち着いてしまうのか。……あるいは、彼女の何処かで感じる、既視感が起因しているのかもしれない。

「んー、そうではなく。先程屋敷の一番高い所に上ってシキを見回していたんだ」
「姿は?」
「表した状態でね。消えていると遠くまで見えないから」
「そうか。シキの領民はしばらくすれば……ああいや、すぐに慣れるだろうが、あまり小さな子には見られないように」
「本当に私の格好程度では個性が弱いんだな……」

 今日シキを見回った時は気を使って姿を消していたそうだが、別に今日一日姿を現していてもシキの領民なら慣れはするだろう。クロ殿か私が許可を出したとでも言えば「あらあらわんぱくねぇ」程度になりそうである。……そうなったらなったで怖いが。

「それで、どうしたんだ?」
「ああ、それで。変わった子達が居たのを見えてな。それが誰なのかを知りたいんだ」
「ほう、変わった子達……誰かが見れば、誰かは変わったというのがヒトだと思うんだ。私だって変わった女という事だ」
「そういうのじゃないから」

 違うのか。シキに来た事で“普通とは?”と、疑問に思った感じでは無いのか。シキに来てからしばらく経つと大半がその状態になるのだが。

「全体的に白い子で、修道士の服? を着ていた子。なんだか綺麗な子を宥めていたりしたんだけど……」
「ヴァイスか。彼がなにか?」
「この子はなんか……一つの入れ物に二つの魂が混じっている感じがしてね。その事を知っているのかな、って」
「ほう?」

 つまりそれはヴァイスの中に居るシュネーの存在に見ただけで気付いた、という事か。
 そして私に報告――確認しに来た。シュネーはヴァイスにとっての吸血鬼の性質そのものだ。もし知らないままヴァイスとシュネーが領地に居るのなら、なにかしら対策を立てるかなにかした方が良いと思い、領主として知っておくべき事と判断したのだろう。

「安心してくれ。そちらについては把握しているし、彼は周囲の協力を得て二人共穏やかに過ごしているよ」
「ならば良いのだが。彼に関しては脅威は感じられなかったが、一応な」

 口ではそのように言うトウメイは、何処かヴァイスに対する警戒心を抱いているようには見えた。……大丈夫だろうか

「……それともう一名。……修道女服に大胆なスリットを入れていた、桃色髪の少女」

 マゼンタさんか。
 彼女は夢魔族……サキュバスと呼ばれているらしい種族の先祖返りだ。ヴァイスに流れる血を見抜いたのなら彼女に関して気付くのもさもありなん、という感じだ。

「……彼女は何者だ?」
「何者と言われても困る。単に羞恥心が少なめで、私の夫を誘惑して困るだけの善良なシスターだ」
「それは善良で良いのか」
「善良だ。シキでも親しまれているし、最近はクロ殿と特訓で殴り合いをして楽しそうだからな」
「本当に善良なのか、それ?」
「善良だ」

 一緒にお風呂に入ろうとしたり、この間は「取材依頼があったからクロ君に一日密着取材をさせて!」なんて言って閨に潜り込もうとしたりしたが、彼女は善良だ。
 ただ善良が変な方向に行っているだけであり、その方向もシアン達が居るので安心できる。

「だが彼女は――」
「もし彼女が悪意でその才能を活かしていたら、恐らくシキどころか王国が滅んでいる。彼女がああやって過ごしている事自体が、私達にとっては彼女を信用できる証だよ」

 なにを呑気な、と思われるかもしれないが、これは私とクロ殿の中では共通認識とも言える。
 メアリーもそうだが、マゼンタさんはあの才能を悪意に結びつかせれば私達はタダでは済まない。夢魔法のように世界を覆う魔法なんて、文字通り作ろうと思えば作れる。だから変な話かもしれないが、彼女達が善良な心である事に感謝しかないのである。

「……そうか。領主である君達が言うのなら、そういう事なんだろう」

 ただ何処かトウメイは納得していなさそうであった。
 今日会ったばかりなので詳細はクロ殿のように読み取れないが……なんと言うべきか、「目が合って、彼女に恐怖した」というような警戒心を抱いているように思える。

「あともう一名なんだが」
「まだ居るのか」
「最後だよ。これは曖昧と言うか今一つ不明なんだが……神父のような格好をした青年の傍に居た紺色系統の髪でつり目の小柄な少年だが」

 ん? それは誰だろうか。
 私もクロ殿に倣って領民の顔と名前を出来る限り一致させようとはしているが……その特徴から思い出す領民はいない。
 神父様、つまりはスノーホワイト神父様の傍に居たとなると絞られそうだが……イカンな、やはり思い当たらない。冒険者か、あるいは……お見合いでスマルトがもう来たのだろうか?

「その少年がどうかしたのか?」
「ああ、それは――」

 するとトウメイはマゼンタさんの事を話した時にも見せた、複雑そうな表情をしつつ、続きの言葉を告げる。

「ナニカが、混ざっているぞ、彼」

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