追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

嫉妬


 スマルト君との決闘。初めは様子見をしようと観察をした。
 魔法。運動能力。技。相手の得意が分からない状態での突撃は愚策だ。
 俺の目はこと戦闘に置いては観察に優れていると言えるので、まずは“見”に集中した。
 まずはアッシュのように魔法で……と思っていたのだが、スマルト君は魔法を唱える事無く剣を構えて俺に突撃して来て、突撃は素質は有って筋は良いと思えるのだが戦いに使える様なレベルではなく。
 なにか仕掛けるつもりなのかとも思ったが、そういった様子はなく複数回の切りかかりに対する反撃の拳を数発でスマルト君はあっさりと沈んだのであった。

――どうしよう、この状況。

 さて、決闘は俺の勝ちと言える。流石にこの状況で勝ちを譲れというのは相手への侮辱以外の何物でもないだろう。

「うぅ……」

 ……いくら相手が子供であるとはいえ、勝ちは揺るがない。というかスマルト君自身もそれは理解しているだろう。だからこそ悔しそうに、今にも泣きそうな表情をしているのだろう。

「ええと、スマルト君――」
「まだです!」
「――え」

 とはいえ、このまま放置しておくわけにはいかない。そう思いつつ声をかけたのだが、スマルト君はすぐに立ち上がって大きな声をあげた。

「まだ終わっていません! 今は油断しましたが、次は油断いたしませんから!」

 立ち上がったスマルト君は泣きそうな表情は止め、まだまだ勝負はこれからと言わんばかりに剣の切っ先をこちらに向けた。
 その様子はまさに強がりとしか言いようがない。言葉遣いも素であろう言葉になっているし、先程も油断はせずに本気で来ていた。……例えそれが本人の戦闘スタイルとは別物であるとしても、剣の戦闘として彼は間違いなく本気だった。

――分かって言っているんだろうな。

 そして多分、スマルト君自身もこれは言い訳なのだと理解している。
 俺に見破られる事も、神父様に見破られる事も。
 さらには俺との戦闘力の差も分かったはずだ。少なくとも今の戦いのままでは、先程のように一分にも満たない戦闘で終わってしまう可能性が高いという事も。
 だけどそれを置いても、もう一度の勝負の機会を作りたいのだと必死で強がっている。それはやはり、俺を超えなければならないという気持ちによるものなのだろう。

「……神父様、次の決闘だが……」

 ハッキリ言ってこのままの戦闘はあまりしたくない。
 いくら気持ちを汲んだとしても、このような戦いを続ければ俺の精神的にも良くない。だから神父様からそれとなくやめる方向性に持って言ってくれないかと言おうとして。

「良いぞ……その諦めない姿勢!」

 神父様がこういった類が大好きであった事をすっかり忘れていた。

「良いぞ、スマルト。そうだ、諦めなければ夢は叶うんだ。そして目の前の相手は超える事は夢ではなく出来る存在だと疑わない。その姿勢が大事だぞ!」

 ええいチクショウこの見た目は穏やかな神父め。アンタはそういった性格だったな!
 シキに来た最初の頃は領民達の影響で壁があった俺達であり、結局すれ違いしているだけだと分かり始めたのだが、結局は殴り合いをして分かり合ったもんな、俺達は!
 スノーは何度殴っても「まだだ!」とか言って立ち上がるし、本当になんなんだこいつと思ったもんな!

「しかしスマルト。無理をしているのならば良くはない。諦めないのは大事だが、無理や無茶をして身体を壊すのならば本末転倒だ。なにも考えずにただするのならば、俺は止めなければならない」

 あ、良かった。心配だったがちゃんと止めるために動いてくれていたのか。
 ごめんな、神父様。神父様ならば本当に促して戦わせようとしているのかと思ったよ。優しいけど結構厳しいからな、神父様は。
 あと神父様。止めるのは良いが、その言葉はシアンに「無理し過ぎです」と説教をさせる貴方が言えた言葉ではないと思うぞ。今は言わないけど。

「……駄目です」

 俺は神父様への言葉を飲み込みつつ、止められるように祈りつつ黙って待っていると、スマルト君は神父様の言葉を否定した。

「駄目です。僕は勝たないと駄目なんです。そのためには無理も無茶もします」
「何故そこまでするんだ?」
「……そうしないと、駄目なんだ」

 スマルト君の「駄目」という言葉には、スマルト君自身や俺などのこの場に居る相手に向けたものでは無く、心の中に居る譲れない大事な“誰か”に対して向けているように思えた。

「なにも犠牲せずに優れた結果を出せるなんて、一握りの天才だけなんです。凡庸な僕は天才に追いつくためには彼らの数十倍は努力しないといけない。自分を特別だと思ってはいけないんだ」

 ……十歳程度の少年が、ここまで思うなどなにがあったというのか。

「だから僕は兄様から聞いた貴方に勝つために、諦めちゃいけないんです!」

 そう言うと再びスマルト君は俺に対して剣を構えようとする。左手は胸元にある護身符に置き、魔力を込めて再び使えるようにしていた。

――……やはり戦い方が違う気がするな。

 護身符の魔力を込める事は造作もないほど魔力の扱いに優れているのに、魔法は使わず剣で勝負しようとする。それは魔法無しで俺に勝つ事が今回は大事と言っているのである。

――兄様、か。

 スマルト君の兄と言えば、アッシュである。
 苦労性でメアリーさん馬鹿な姿ばかり見てあまり印象にないが、アッシュは戦闘に対して王国でも既に注目をされているくらいには優れている。
 ……もしかしたら、アッシュと比べられて育てられ。それがコンプレックスとなってしまい、そんなアッシュがなにかの機会に俺の話をして、そこから肉体面で越えようと戦闘を挑んでいるのかもしれない。

――いや、違う。

 そこまで思ってそれは違うと俺は否定する。
 何故ならこのスマルト君が俺に向けている感情は、そういったモノとは違うと感じたからだ。
 コンプレックスではなく、敵愾心とも少し違う。この俺に向けている感情は――

――嫉妬。

 そう、嫉妬だ。
 俺が彼より肉体的に優れているとかそういう嫉妬ではなく、別の嫉妬。
 先程スマルト君が“誰か”に対して気持ちを向けていたように、その“誰か”のために俺に勝とうとしている。だから諦める訳にはいかない。
 その俺に嫉妬をしてしまうほどの相手は――ああ、そうか。分かったぞ。

「良いでしょうスマルト君。そこまで言うならば再度決闘をするとしましょうか」
「クロ、良いのか?」
「良いんだよ。というか、男として負けられないし、譲ってはならない事だ」
「決闘の理由が分かったのか?」
「ああ」

 何故このタイミングでスマルト君は俺に挑んだのか。
 “シキでお見合いをする”前に俺に挑んだ理由。
 そしてわざわざシキでお見合いをする理由も分かった。
 それは――

「ヴァイオレットさんは渡さないからな……!」

 そう、スマルト君はヴァイオレットさんが好きなんだ。
 だからこそ決闘を持って俺に勝つ事が重要であると思った。
 決闘で勝つ事で自身はクロ子爵よりも強く、ヴァイオレットさんを守る程に強い男であり、奪いたいと思ったんだ!

「ええと……ヴァイオレット様はお綺麗だとは思いますが、それは違います。ごめんなさい」
「あ、そうなの」
「ご夫婦の仲を引き裂くような事は致しません。僕は貴方達が幸せな結婚生活を送れるように心より祈っておりますので……」
「クロ、お前子供に気を使われているぞ」
「やかましいぞそこの神父」

 俺も分かっているからわざわざ言わなくて良いです八つ当たりですごめんなさい。

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