追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

大人として止めなくてはならない事


――落ち着いて望むぞ、俺……!

 凛々しいイケメンヴァイオレットさんに決闘へのやる気を貰った俺は、このままの勢いでは決闘に大人げなく勝って相手を泣かせるのではないかと思ったので、落ち着かせるように自分に言い聞かせつつ教会へと向かっていた。

――そういえば、教会を選んだのは良くなかったかな。シアンやマゼンタさんに会ってなきゃ良いが……

 向かっている途中でふと、あの年頃の少年には刺激が強そうなシスターが二人ほど居る事を思い出した。
 格好もそうだが、あの二人は距離感が誰に対しても近めだ。シアンは相手を見てある程度距離感を保つほど鋭いのだが、自分に向けられる好意的な感情などには異様に鈍感だ。ヴァイス君に接するようにあの子に接して、あの子が決闘前に惑わされなければ良いが。

「シアンとマゼンタか? あの二人なら、“折角なら綺麗に直すために素材から拘ろう!”という事でコカトリスを狩りに行ったぞ?」
「なにやってんだアイツら」

 そんな心配をよそに、二人は不在であった。
 なんでも宿屋兼ギルドに行ったら【石化鳥魔物《コカトリス》】の目撃情報があったらしく、壊れた窓の修繕の素材として二人で狩りに行ったそうだ。確かにコカトリスは体内に石化正しくは相手を硬化させ動きにくくするさせるための結晶を体内に宿し、その結晶は透明で美しいので窓やステンドグラスにはもってこいなのだが……だとしても即行動過ぎるだろう。務めは大丈夫なのだろうか。

「あの二人は普段から充分に務めを果たしているからな……」
「まぁ優秀だもんな……というか、神父様は行かないのか? 神父様なら“危険な事だ、俺一人で行く!”とか言ってシアンにお説教をくらって――ああ、だからか。お説教をくらって行かなかったのか」
「勝手に納得しないでくれ。事実だが」
「事実なんかい」

 適当に予想をしたのだが、当たっていたとは。

「……まぁ、二人は実力高いし大丈夫だとは思う。それに今日の料理当番は俺だし、“帰ったら美味しいご飯を用意しておいてくださいね!”と笑顔を向けられたら……あんな笑顔を向けられて断れるか! 最高の料理を作ってやるさ、将来の妻のためにな!」
「ああはいはい、ごちそうさまです」

 神父様、なんだかんだでシアンの事好きになっているなぁ。
 てっきり結婚したとしてもいつもと変わらない態度を取ってしまい。いつぞやのように「夫婦ってどんな風に好きを表せば良いんだ……!?」的な感じで、好きの表現に苦悩するかと思ったが、ここまでストレートに感情を表すとは。

「時にクロ。妻のためにする最高の料理ってなんだろうか。好きを料理に込めるってなんだ。というか夫婦の好きってどう表せば良いんだ!」
「うん、その言葉をシアンに伝えれば喜ぶと思うぞ」

 いや、これシアンが居ないからこそストレートに言葉に出来ているだけのようだ。
 ついでに言うならば昼前の件を踏まえると、多分無意識に好きは伝えられるが、意識的に好きを伝えるのは分からず、「俺は好きを伝えられていないのでは……?」と思い悩むやつだな、多分。昼前のあれって神父様無意識の攻めだろうかな。

「ああ、それと。さっきシアンと似た髪色の少年が “近くで決闘をするので、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします”と言いながら菓子折り持って来たんだが、クロは分かるか?」
「律儀だな、あの子……」

 というか教会関係者である神父様に話せば決闘を止められるとか思わなかったんだろうか。まぁ迷惑をかける以上は筋は通してキチンと執り行おうとしたんだろうけど……良い子感がにじみ出てるな、本当。

「良い子なのは分かったし、どうしても譲れない戦いだと説得されてな……認める事にしたんだ」
「したのか。神父様としては止めた方が良いんじゃないのか」
「暴力は良くないが、殴り合いでしか分からない事もあるんだよ。決闘、大いに結構。クリア教の教義である“対話は互いに相手に誠実であれ”通りだからな」
「肉体言語での対話だがな」

 神父様はうんうんと頷くが……多分これって教義とは関係無い神父様の素の部分だよな。無害そうな見た目に反して割と体育会系というか、身体動かしての解決方法は好むタイプだからな、このスノーホワイトという神父様は。
 ……ん? クリア教……透明……修理……

「どうした、クロ? 早く行かなくて良いのか?」
「……あ、すまない。行くとするよ」

 なにか引っかかったが、今は決闘だ。ヴァイオレットさんにご褒美を貰うためにも、この決闘を満足いく結果に終わらせるぞ! ……この時点で決闘らしくない不純な動機が大いに含まれているが、気にしないでおこう。

「あ、それと神父様。食事準備中の所悪いが、審判と護身符の魔力充填をやってくれると助かる。無理ならヴァイス君にでも……」
「俺は構わないぞ。後は二人は帰ってきてから仕上げるくらいだしな。それとヴァイスにはさっき会いに来たシュバルツを引き留めに走っていったから居ないぞ」
「なにがあったんだ」

 聞くと、シュバルツさんがヴァイス君に会いにやって来て色々と話している内に、マゼンタさんの存在……というか行動が発覚。
 弟の貞操がピンチという事で、全力を持ってマゼンタさんが行ったであろう討伐地点へと走っていき、それを止めにヴァイス君も走ったそうだ。夕飯までには説得して帰るとは言っていたらしいが、大丈夫なのだろうか。シュバルツさんは本人は突き放しているつもりでも、大分甘いからな……というか、あの二人がぶつかったら色々大変な事になりそうだ。
 片やモンスターとも話せて仲間に出来る魔物使い。片やなんか色々スペックが降りきれているシスター。
 この二人がぶつかったら……うん、和解できる事を祈るとしよう。

「さて、ともかく決闘をしてきますかね。あ、これ護身符。悪いけど頼む」
「了解した」

 今は俺を待ってくれているだろう少年の相手が先だ。
 そう思いつつ神父様に護身符を渡し、教会の裏手の方へと二人で向かって行く。

「時に魔法有りでやるつもりなのか?」
「相手が望む様にするよ。少年相手にこっちが有利になるよう選ぶとかヴァイオレットさんに顔を合わせられん」
「分かった。武器有りなら俺が作るから、遠慮なく言ってくれよ」
「……スノー、ノリノリだな」

 神父様ではなく、敢えてスノーと呼びつつ決闘の場所へと辿り着く。

「ふ、逃げずに来たようだな……良かった」

 そしてそこに居たのは、その手には実用とは少し違うような剣、つまりは装飾剣のような物を手にしており、如何にも足音がしたから慌てて待ち受けていたと言うような態度を取っている少年がいた。小さな声で俺がちゃんと来てくれた事を喜んでいるようである。

「そちらの神父様は……」
「審判だ。神父として、公正に見させてもらう。構わないか?」
「ふ。了解したありがとうございます。では早速決闘を――」
「あ、その前に。聞いておきたい事が」
「なんだ」

 早く決闘をしようとした矢先に止められた事を少し不服そうにしつつ、構えようとした剣を再び待機態勢に戻す。
 本当は俺も止めたくはなかったが、決闘のルール確認以前にこれは確認しておかねば。

「申し訳ございませんが、貴方の名前を教えて頂けませんか?」
「え。……言ってなかったっけ」
「はい、私が聞くのを失念していまして」

 俺の質問に少年は「そうだったっけ。……確かにそうだ!」と言わんばかりのリアクションを取り、神父様はその様子を見て「え、名前も知らない少年と決闘を……?」と少々困惑して俺達を見ていた。

「コホン。失礼した。今まで名を名乗らなかった非礼を詫びよう」

 少年は咳払いをした後に非礼を素直に詫びると、再びこちらを見て勇ましい表情となりつつ名乗りのポーズを取った。
 そして今まで何度も経験があるからこそ出来るような仕草であり、彼がやはり貴族として育ってきたのであると思わせるには充分な動きであった。

「俺は――私の名はスマルト! ヘリオトロープ侯爵の次男、スマルト・オースティンだ!」

 そして今回の決闘の相手の少年は、よく知っている家名と共に名前を名乗り。

変態あぶのーまる変質者かりおすとろであるクロ子爵を超え、より強いあぶのーまるになる男だ!」
『それはやめて』

 そして俺と神父様は同時にツッコんだ。

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