追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

祈りの作法


 今朝はいつも以上に嬉しい事が起こり、これからグレイ達も来る事に良い事ばかりであると思うと鼻歌でも歌いたくなるほどご機嫌な中。
 こういった時に限って良くない事は起こるのだと気を引き締め直しながら、俺は教会に来ていた。理由はお見合いとトウメイさんの件についての打ち合わせだ。
 お見合いの方は基本俺の屋敷でする。無駄に豪華な屋敷であるので、歓待する件に関しては問題無いのだが、貴族の正式な婚約の場合には教会の許可が必要なため、もしその場で婚姻が結ばれる際や、なんらかの婚姻トラブルが起きた際には神父様達の力が必要となるからである。
 そしてトウメイさんの件。ヴェールさんから聞いた情報だと、あの王城地下空間にある扉の中で、ハクと同様に封印を維持していたのがトウメイさんだという。少し言葉を濁していたので、ハクとは違って力をもって封印していたような感じがするのだが……どちらにしろ、時と場合によっては浄化や解呪に詳しい教会組の力が必要となる。
 なにせシキには教会としての能力に優れた神父とシスターや、扉の力を影響を受けた事のある半吸血鬼ダンピール夢魔族サキュバスの血を引く修道者見習いが居る。対策を立てる分には充分な力になってくれるだろう。

――……修道士見習いヴァイス君の方は、無理はさせられないけど。

 ともかく、今までも何度か打ち合わせはしているが、今日は改めての確認だ。なにも起きない事が一番だが、領主である以上は楽観視は禁物。確認や準備など、し過ぎるくらいが一番だ。

――これはまた、珍しい光景が見れたな。

 と、いう事で改めての確認作業をしようと教会の礼拝堂に来た訳なのだが、今日は珍しい光景を見る事が出来た。

――この四人が全員で祈るのを見るの、初めてじゃないか?

 そう、礼拝堂にて神父様、シアン、ヴァイス君、マゼンタさんが祈っているのを見たのである。
 普段であればなにかと騒がしい教会、そして元気なメンバーであるが、今の礼拝堂は静寂と神秘に包まれていた。
 全員がクリア教の敬虔な信徒であり、全員が祈る際には“綺麗”だという事は元から知っている。熱心に祈る姿は俺みたいな曖昧な信仰しかしない奴と違う、なにか純粋で立ち入ってはならない綺麗さがあるのだと、昔のシアンを見て思ったものだ。
 その綺麗さをこの四人が持っているのは知っていたのだが、四人も同時となると立ち入ってはならないような別の領域にすら感じてしまう。そう思ってしまうほどに今の彼らは神秘的であった。

――こんな風に祈られたら、クリア神も満足だろうな。

 “祈りはクリア神に届けるものでは無く、見守ってくださるクリア神に己を報告するための自分から望む感謝の行為”というのはシアンの言葉で、俺には今一つ分からないのだが、それでもこうして純粋に祈られるのならば、清廉潔白であるというクリア神も満足はしてくれるだろう。例え自己満足のような行為だったとしても、そう思わずにはいられない。

「あ、クロ、来てたんだ。ふ、どうだった? 私と神父様の共同祈りはどうだった? 既に夫婦間が出て良い感じだったでしょ! なにせ夫婦だからね!」
「イェイクロ君、どうだったかな? 祈りを捧げる清純な感じを見て汚したくなった? 自分色に染め上げたいという征服欲が出たのなら、他で罪を犯す前に私で発散させても良いよ!」

 そして口を開けばこれである。
 本当、ギャップが凄いと思わずにはいられない。
 自分らしくあるという事に関しては別に悪い事ではないのだが、普段と祈る姿を見ると違いに風邪をひきそうだ。

「シアン、祈りに夫婦感はないと思うし、俺達はまだ正式な夫婦じゃないぞ?」
「そうですけど、そこは流して夫婦だと言って下さいよ。なにせプロポーズも受けてくれたんですから実質夫婦です!」
「駄目だ。そこはキチンとしないと。そして正式に夫婦になった後に共に祈りを捧げ、今までとは違う特別な祈りをこれから続けていきたいんだ」
「うぐ。そ、そうですか」
「それに、今の状態での祈りは希少だ。これからずっと一緒に歩んでいくんだから、幸福な結婚に至るまでの今の関係での祈りも大事にしていきたいんだが、駄目だろうか?」
「駄目じゃ……無いです……!」
「そうか、良かった!」

 イチャついてるなぁ、このシアーズ夫妻(仮)。
 シアンは神父様に責められると相変わらずてんで弱いし、神父様も意識しない部分での攻撃力はとても強い。というかこの両名は意識して攻めようとすると割とポンコツだし、無意識に攻めると相手を弱らせる関係性だ。
 見ていて微笑ましく思える――ん、なんだろう。とても身近に似たような関係性を持った、唐突に夫婦なった男女が居た気がする。……気のせいだな、うん。

「シスター・マゼンタ。あ、あまりそういった事は、その……」
「んー? どうしたのかな、ヴァイス先輩? 口籠っていては分からないよー?」
「あ、あまりヒトを誘惑する発言は控えて! マゼンタちゃんは魅力的なんだから、誘惑すれば相手はすぐ堕ちるんだよ! ヴァイオレットさん一筋のクロさんだから耐えられているというだけなんだから!」
「お、おお……相変わらず褒めるね、ヴァイス先輩。でも本音かな?」
「本音だよ! あ、本音です!」
「じゃあ証明と実演出来る?」
「出来ます! ……え、実演?」
「よし、言質はとった。早速――ぐぇっ」
「純粋な少年に詐欺まがいの言質を取らないでください」
「えー、クロ君。私は私を想ってくれる男の子に前の告白に応えようとしていただけなのにー」

 そしてこっちは大丈夫かなぁ。
 見た目的には純粋な少年を、お姉さんがある少女が揶揄っている感じなのだが、実年齢を考えると危ういという言葉以外に思い浮かばない。
 いや、別に無理矢理じゃなきゃ良いとは思っているし、なんだかマゼンタさんも以前と比べると明るさに“らしさ”のようなものが見えて来ているのは喜ばしく思う。けれど少年の性癖を歪めそうならば止めないといけない。
 ちなみにだが、ヴァイス君はマゼンタさんの本当の年齢を知らない。夫や子供が居る・居たという事は知っているのだが、ヴァイス君は「僕より少し年上くらいなのかな?」程度に思っているようである。多分子供が居たというのが、生まれてすぐ亡くなったとか思っているのだろう。教えた方が良いのかもしれないが、マゼンタさんに口止めされているのでそのままにしている。口止めする理由は「あははは、秘密ー」だそうである。

「というかこんな時間に祈りとは珍しいな」

 秘密は置いておくとして、首根っこを掴んで止めたマゼンタさんをヴァイス君の所から放した所で開放しつつ、シアンに聞いてみる。
 朝の祈りは普段であればシアンとヴァイス君は早朝から朝食前まで。神父様は朝食後。マゼンタさんはどちらかのタイミングで祈りをする。今のような朝と昼の境目あたりでは祈りはしないし、揃う事も珍しいのだが……俺が知らないだけで、仲良くなった記念にこの時間に皆でするようになったのだろうか?

「あー、ほら、あそこ見て」
「あそこ? ……あー、昨日の夜、風強かったもんなぁ」

 シアンに指さされた方を見てみると、そこには高い位置にある窓が、如何にも応急処置をしましたと言わんばかりの処置で塞がれており、そしてその窓に近い箇所のクリア神の像が補修されていた。像の方は窓と比べると綺麗に補修されている。

「朝の祈りをしようとしたら、壊れててさっきまで補修してて、今の時間になった訳」

 どうやら早朝に気付き、祈りをする前に全員で補修をやっていたら今の時間になり、皆合わせて祈っていたようだ。
 そして午後から本格的な補修をするらしく、俺との打ち合わせを終えてから道具を買いに出かける予定であったとか。それなら早めに終わらせておきたいが、大事な所はキチンとしないとな。

「朝から災難だったな……ん、ヴァイス君、どうかしたのかな?」

 労いの言葉をかけていると、何故だか男性陣がやけに疲れている……特にヴァイス君が疲れている気がしたので。どうしたのかと聞いてみる。

「ええと、ですね……」

 するとヴァイス君はシアンとマゼンタさんの方を見て、こちらを見ていない事を確認すると小さな声で言ってきた。

「シスター・シアンもシスター・マゼンタもシスター服のまま直接登って補修しようとして……その、それを対応していたらとても疲れてしまって……」
「あー……うん、お疲れ」

 そして俺はヴァイス君に同情を含む労いの言葉をかけた。男としては色々と大変だったんだろうな、というのがその声色から伺える。

――これ、トウメイさんを見ても大丈夫かな。

 こうした純粋な反応を見ていると、今度来るトウメイさんについて大丈夫かと不安になる。
 一応羞恥心はあるそうなので持ち前の力をもって普段は消えているそうなのだが、ヴァイス君には刺激が強すぎて、少年の性癖をさらに歪めない事を祈るとしよう。

――折角だし、クリア神にも祈っておこう。

 “クリア神に祈った所でヒトを救う事はない。ただ見守るだけだ”というのはシアンの言葉だが、未来について祈る事くらいは許されるだろう。そう思いつつ、俺は二礼二拍手した後に祈りを捧げる。

――クリア神よ。シキに来るトウメイさんが、少年の性癖……もとい、純情を乱さないようにしてくれると助かります。

 祈りと言うか願望を言うような感じだが、清廉潔白を謳う女神様。
 この清廉潔白たる信徒である少年の心を守ってください。
 ただでさえ姉のようなシスターにドギマギしたり、後輩シスターに誘惑されているんです。それでもなお純粋で可愛い少年なんです。

――だからクリア神よ、トウメイさんという女性に惑わされるような事にならないよう、お願いします。

 そのようにクリア神の姿形をしているという像に心から願い、一礼をするのであった。

「なぁクロ。祈るのは良い事だが、その祈りの作法はなにか違わないか?」
「あ、スマン。これが染みついているんだ。許して下され神父様」
「俺に許しを請われても困るんだが」
「だって神父だろ!」
「そう言われても困るんだが!?」

 祈りを捧げた(?)後、俺と神父様は軽口を叩き合い、笑いあった。
 こっちの方も、笑顔により“らしさ”が見えて来ているな。なんて、その時は思っていたのであった。

 ……後から思うと、キチンとした作法で祈っておけば良かったなんて思ったりもする。

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