追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
何故かそうせざるを得なかった(:灰)
View.グレイ
「まずは父上と母上への挨拶からでも構いませんか?」
「私の引き渡しやスカイの見合いの件があるからな、それで構わない」
実家のような安心感を存分に味わった後、私は提案し、了承を得る。
今回の滞在中、両名は宿屋や教会ではなく我が屋敷に泊まる予定だ。
トウメイ様はシキに住まわれるのならば住む場所が正式に決まるまでの……監視? をするそうである。スカイ様に関しては後から来るだろうシニストラ家の方々も含め、客人として丁重に屋敷で持て成し、見合いの日まで待機する。
そのための準備をする必要があるので、まずは屋敷にゴーである。
「では私は消えていよう。マントがあるとはいえ、裸体で外を出歩く訳には行くまい」
トウメイ様はそう仰ると、御姿が段々と見えなくなっていき、最終的にマントごと見えなくなった。意識すると“なにかが居る感覚”というのはあるのだが、それだけであり、トウメイ様の居るだろう場所を見てもトウメイ様を認識が出来ない。
「……本当に良く分かりませんよね、これ。意識すればなんとなくいるのは分かるんですが……見えなくなりますね」
「うむ、我もなんとなく、程度であるな」
なんでもこれはトウメイ様が得意な解法魔術の応用らしく、反射を無くし透過させる事で透明になっているとか。と、説明を受けたが私には今一つ分からない。アプリコット様は理屈としては分かるそうなのだが、このレベルで行使出来るとなるともはや才能という言葉で解決して良いモノでないとすら評していた。アプリコット様にそう言わせるとは、トウメイ様は素晴らしい御方なのだろう。
「というか外で裸体を晒さないという常識はあるのであるな」
「そりゃそうだ。常識以前にまず恥ずかしいじゃないか」
「……スカイさん」
「私にふらないでください。私だってよく分からない反応なんですから。……アプリコットは――」
「シキ住民なら分かるだろう、という目で見られても困るぞ」
何故アプリコット様とスカイ様は複雑な表情をしているのだろうか。私だって肌を外で見せるのは恥ずかしいし、ならば見られないように姿を消しておくという事は不思議ではないと思うのだが。
「しかし凄いですよね、トウメイ様は。宙に浮けますし、姿も消せますし、それに魔法にも優れていて素晴らしいです」
「《ふっふっふ。グレイの発言は素直で聞いていて気持ちが良いものだ。もっと褒めても良いんだぞ。欲情する肉体であるとかな!》」
「グレイに変な事を言わせようとするな。というかその発言を貴女は受けたいのか」
「《裸なのに清廉潔白だ、聖女だ、と言われて拝まれるよりは良いな。対等に見られている感じがしてな》」
「いや、不特定にそう言った対象で見られるのは嫌ではあるまいか?」
「《あくまでもそれよりは、というだけ、との話だ。他には強制するものでもない》」
「そういうものであるのか……?」
「《そういうものであるのだよ》」
「というかこの、脳内に言葉が響く感じは慣れませんね……」
トウメイ様は姿を消している際、トウメイ様が意識して話しかけると相手の頭の中に声が聞こえてくる。耳で聞いている、というよりはなんだか分かる、という感じだ。
ただこの話し方は相手がトウメイ様の存在を認識していなければならず、今のように“姿を消してはいるがそこに居るのは分かる”という状態でなければ取れない手法らしい。なので姿が分からない状態で相手に近付き、話した所で相手には通じないそうだ。
アプリコット様はこれもどういう理屈かと悩んではおられたが……
「《という訳で、領主の元へレッツゴー!》」
「はい、ゴーです!」
まぁ、私に理屈は分からないが、トウメイ様は悪い御方ではないし、話すと楽しいので見えない理屈より今を楽しむとしよう。差し当たって父上達に会いに行くとしよう
つい先日首都であったばかりではあるが、やはり会うのは楽しみである! アプリコット様やスカイ様も一緒に――
「ハッハー、相変わらず美しい黒髪だなアプリコットにスカイ! 二人共見ない間にまた成長し、一段と美しくなったな! どうだい、今夜俺と一緒に夜の褥で温もりを感じ合わないか!」
「相変わらずであるなカーキーさん」
「お久しぶりですカーキーさん。いつもの調子でなんだか安心しました」
「俺と夜を過ごせばもっと安心感を得られるぜスカイ!」
「お誘いは嬉しいですが、遠慮いたします」
早速行こうとすると、何処からともなく現れたカーキー様がアプリコット様達をお布団に誘っていた。
相変わらずの派手な服と調子で、見ていると不思議と安心感を抱く。抱く、が……。
…………。
「カーキー様」
「おお、グレイ! 相変わらず綺麗な子よ、グレイが良ければ今夜――」
「お会いできたのは嬉しいですが、アプリコット様をお誘いなさるのはおやめください」
「――んん?」
「グレイ?」
私はカーキー様を見ていると何故か胸の奥が不思議な感覚がした。そしてその感覚に従い行動をすると、何故かカーキー様の前に立ちそんな事を言ってしまった。
「その、アプリコット様は素晴らしい女性なので、夜のお布団で一緒に居ると安心感はあると思いますが……出来れば、そのような誘いをしないで下さると、助かります」
……おかしい。以前からカーキー様はアプリコット様を誘う事は目にして来たのに、今回は何故か不思議な感覚が走り、口を出してしまった。生き生きとしているカーキー様の行動をやめて欲しいと強制するのは良くないはずなのに、何故かそうしなければならないと思ってしまったのである。
「おお、そう言われてしまっては仕様がない。であれば俺は今後一切アプリコットは誘わないぜハッハー!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、勿論だぜ。良かったなアプリコット!」
「……自分で誘わない事を良かったというのはどうかと思うぞ、カーキーさん」
「んん? 違うぜ、俺が誘いをしないと思わせるほど、好きでいてくれる相手がいて良かったなという話だぜ! ヒューヒューハッハー!」
「ひゅーひゅー。良かったですねアプリコット」
「スカイさんも乗るでない!」
よし、どうやらカーキー様を怒らせる事無く、私の意見が通ったようだ。
カーキー様はしないと誓った事はもうされない御方であるし、これで一安心である。そう思うと胸の不思議な感覚がなくなり、スッキリした。
「《ふふふ……ナイス恋力!》」
「くっ、トウメイさんが笑顔でサムズアップしている気がする……!」
「トウメイ? そういえば、三人以外になんだかもう一人麗しいお嬢さんも居た気がしたからここに来たんだが……なにか知らないか?」
あ、本当に声は聞こえていないようだ。
疑っていた訳では無いが、こうして私達だけに聞こえているとなると、やっぱり認識の差が大切なのだと分かる。
「おかしい、身長百七十程度の赤みがかった金色に近い髪に透明に近い瞳と、白く美しい肌で清涼感のある麗しきお嬢さんが居た気がするのに、今は気配すら……俺はどうかしちまったのか!?」
「むしろなんか怖いぞカーキーさん」
「何故髪の色や瞳の色まで……?」
「《なんか凄いな、彼。私の麗しさまで分かるとは》」
なにせカーキー様が女性を見失うなど本来有り得ざる事なのだから説得力が大分ある。男性も好きなカーキー様であるが、女性は特に好きであるから、声を逃すなど本来有り得ないのである。だからこそ私達は消えていると認識を一切出来ないのだと理解した。
「だが俺は過去を王族以外は振り返らない男! アプリコットは誘わないが、スカイはどうだい!!」
「ですからお断りしますと先程仰いましたが」
「おお、そうだったぜ。だが俺は何度でも諦めない男だぜハッハー!」
流石はカーキー様。諦めずに望み続ける事でいつか夢は必ず叶うと信じている夢に生きる御方だ。このチャレンジ精神は是非見習いたい。よし、まずは見習ってアプリコット様に好きだと勢いよく言ってみせますハッハー! ……この笑い方はやめよう。
「そして俺はこの気持ちのまま行動を――」
「おいコラお客様に迷惑かけんじゃねぇこの色情魔」
「アウチ!」
あ、父上だ。
カーキー様の後ろ襟を掴み、猫のようにカーキー様をぶら下げている。流石の腕力だ。
「すみません、スカイ。うちの馬鹿が迷惑をかけたようで」
「い、いえ。大丈夫ですよ。彼の前向きさは見習いたいですから。前向きさは」
「前向きさだけなんですね。気持ちは分かりますが……あ、グレイとアプリコット、おかえり」
「ただいま帰りました!」
「うむ、魔女の帰還である。ただいま」
父上が呆れつつ、そして私達を見て何処か嬉しそうにおかえりと言ってくれる。
やはりこの落ち着いた声と表情を見ると安心感がある。
「それにカーキーさんは無理矢理はしませんから、ある意味安心な男性ではありますし」
「そうは言いますが、お見合い前の女性を惑わす様な――」
父上は浮かせていたカーキー様を適当な所に降ろしつつ、スカイ様と会話をしようとした所で、何故か言葉を詰まらせ、ある所を見て止まった。
私はその視線の先を見るが、そこに居るのは……なにかが居ると感じる場所である。
「……貴女が件のトウメイさんですか。その、美しいとは思いますが、あまり晒されると色々と困りますので……」
「《え》」
「え?」
そして父上の言葉に、その場に居る皆さんが虚を突かれたような声をあげたのであった。
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