追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

急いだ理由(:朱)


View.ヴァーミリオン


 ローズ姉さんの登場から、皆が部屋を出て行くのにそう時間はかからなかった。
 余計な事は言わず。間違いない正論。突かれたら痛い所であるので言い返せない言葉の数々は、親と兄達を黙らせるのに充分なものであった。
 これがローズ姉さん以外に言われていればなにかしらの反論がありそうだが、そうさせないのはローズ姉さんが出す空気によるものだろう。姉さんが居れば今回の騒動もトラブルがあまり起きずに終息していたかもしれない。

「大丈夫なようでなによりですヴァーミリオン。報告は後日聞きますので、しばらくは大事を取って安静にしているのですよ」
「は、はい。分かりましたローズ姉さん」
「では私は皆を連れて帰りますので。――行きますよ」

 そう言われてバーガンティーとフューシャ以外を連れて行き、外に待機していた護衛と共に帰っていった。相変わらずの統率ぶりであり、あのような雰囲気を出せるように俺も努力を重ねたいものである。

「では兄様。私達も今日は失礼しますね」
「なにかあったら……遠慮せずに……言ってね……」

 学園生であるため公務は無く、ローズ姉さんの魔の手(?)から逃れた二人は、少し困ったような表情で姉さん達を見送った後にそう言ってくる。

「今回は迷惑をかけたな。ありがとう、ティー、フューシャ。……だが、その前に一つ聞いておきたいのだが」
「なんでしょう?」

 俺はそれに対して感謝の言葉を述べ、見送ろうとする……が、去る前に一つ確認をしておかねばならぬ事がある。

「率直に答えてくれ。……俺が若返った時は、どんな様子だったんだ?」

 今回の件で重要な事柄。メアリーに確認する前に、一つ確認しておこうと思う。
 俺の面倒を見ていたのは主にアッシュとシャルの奴ららしい。しかしあの二人は「昔懐かしい意地のはり方を見て途中から面白くなった」などとこちらをニヤニヤ見るばかりで参考にならない。
 ここは弟と妹に素直に答えてもらうとしよう。

「私達に対しては警戒心有り有りで、“そういえばこのような性格だった”と懐かしく感じましたね。……今思うとあの頃の兄様は、私に対して血で恨みがあって警戒心を強くせざるを得なかったんですね」
「うん……私に対しては……“運”もあるから……楽しそうにしている……私を見て……どことなく嬉しそう……だったけど……結局は……」
「はい。どちらにしても“どう接して良いか分からないから警戒心を強くして、仲良くなるよりも失っても良い程度の仲にする”という感じで私達を避けていましたね」
「……だね」

 ……確かにそんな感じだったな、俺は。
 自身の生まれが露見すれば全ては敵であるから、仲良くして情を抱くくらいなら初めから深く接しない方が良い。そういった感じで孤高を気取っていたと思う。……結局はある程度表面上の関係性を取り持った方が利益を生むと考え、本心は明かさずに利用するといった本当の孤高を目指そうとしたのだが。
 しかし今はそうならずにいられるのは、ひとえに――

「そう思うと、メアリーさんには感謝しないと駄目ですね」
「うん……お陰で……兄様も……明るくなったから……」

 そう、メアリーのお陰だな。
 ……弟や妹にまでそう認識されるのは、俺がメアリーと共にあるという証拠であると喜ぶべきなのか、分かりやすく変わりすぎなので反省すべきなのかは複雑だが。……いや、前者であるだろうから堂々としよう。そして愛も叫ぼう。

「だけど……さっきの……メアリー先輩は……うーん……」
「どうしました、フューシャ?」
「メアリー先輩は……ヴァーミリオン兄様を……可愛がってはいたけど……なんだか……違和感が無かった……?」

 違和感?
 先程の戻った状況を見るに、俺はシルバと共にメアリーに懐いていたようではあるのだが、フューシャが疑問視する違和感とはなんだろうか。……もしや子供の俺はメアリーに失礼な事を言ったのではないのだろうか……?

「違和感とはなんです、フューシャ?」
「うん……まるで早く――」

 フューシャがなにか言おうとしたその瞬間。

「ヴァーミリオン君」

 言葉を遮るように、メアリーが部屋に入って来て俺の名を呼んだ。

「ご歓談中申し訳ありませんが、いくつか確認事項があるのでヴェールさんの所へ来ていただけませんか、との事です」
「分かった。ティー、フューシャ。改めてになるが、今日はありがとう。先に帰っていてくれ」

 メアリーの突然の来訪には虚を突かれたが、俺は冷静に対応をしつつティーとフューシャに再び別れの挨拶をした。
 フューシャの言おうとした事は気になるが、今聞くのは憚られるだろう。
 そんな俺の意志をくみ取ったのか、二人は俺達に別れの挨拶だけをして部屋を去っていた。

「それでメアリー。ヴェールさんはどちらの部屋に居るだろうか」

 そして取り残された俺とメアリー。
 先程の事と、最近のメアリーの態度。そして俺の中ではつい先程の出来事である生徒会室での下着の件も有るので話しかけ辛いが、出来るだけ平静を保ちつつメアリーに質問をする。
 メアリーも同様に話し辛いだろうから、ヴェールさんの所在を聞き、少しの会話を望んだ後にヴェールさんの元へ向かおうと考えた。

「私が案内しますよ。付いて来て下さい。……途中で話したい事もあるので」
「え」

 しかしメアリーは最近のように俺を避ける事無く、案内をしながら会話をしてくれるという。
 一体どんな風の吹き回しなのだろうか。

「……駄目ですか?」
「い、いや、構わないぞ」
「そうですか。では行きましょう」

 どんな風の吹き回しであれ、会話を望むというのならこのチャンスを見逃すわけにはいかない。そして有意義に活用して見せる。決して以前の「お母さんとお風呂に入ったんですね」や生徒会下着落下の件のような形にしてはならない……!

「…………」
「…………」

 が、先程のローズ姉さんが来た時のような妙な重苦しさがあって会話が起きない。コツコツと研究機関の廊下を歩く二人分の足音が響くだけである。
 会話をしたいといったのはメアリーなのでメアリーからの言葉を待ってはいるのだが、俺から話した方が良いのだろうか。

「ヴァーミリオン君」

 だが俺が話しかけようとした時に、メアリーが歩きながら俺に話しかけて来た。
 俺は内心で落ち着けと言い聞かせつつ、「なんだろうか」と言葉を返した。

「身体の方は大丈夫でしょうか。なにか違和感などは有りませんか?」
「大丈夫だ。動きや思考に問題はない」
「そうですか。……良かったです、無事戻って」

 メアリーは歩みを止める事無く言ってくる。特に偽りのない、心から安堵したような言葉。
 いつもと変わらない、他者を慮る気持ちに溢れたメアリーの善い性格が現れていると言えよう。
 だがいつもと変わらない言葉ではあるが、いつもとは違う雰囲気を感じた。
 言語化は難しいのだが、ただいつもと違うという事だけは分かる雰囲気、あるいは違和感。

――……そういえばメアリーの様子で、先程クリームヒルトが気になる事を言っていたな。

 その違和感を覚えた時に、ふとクリームヒルトが言っていた事を思い出す。
 メアリーは今回の一件でいつも以上に治そうと躍起になっていたそうだ。原因となった地下空間の扉へと迷わずに行き、解決策を探しに言ったほどであるという。
 それもメアリーらしい即断即決であるとも言えるが、クリームヒルトはその時の事を「なんだかすぐにでも戻さないと駄目だと言っているようだったよ」と言っていた。
 クリームヒルトがその時感じた感想は、俺が感じている違和感と同種のものでは無いか。不思議とそう思えたのである。

「メアリー、今回の事は改めて感謝する。メアリーが居なければ俺は成長をやり直す事になっただろう。そうすれば今と同じようになったかは分からないからな」
「私はトウメイ……解除できる相手を連れて来ただけですから」
「その“だけ”でも充分な働きだ。俺には感謝してもしきれない」
「……そうですか。急いだ甲斐も有るというものです」
「その件なんだが……メアリーは今回の件、やけに急いで解決しようとしていたと聞く。ありがたいが、なにか勘付く事でもあったのだろうか?」

 俺は誰から聞いたかは言わず、いくつかの逃げ道……当たり障りのない回答が出来る逃げ道を用意した質問をする。
 これで違和感の正体は掴めるとは思えないが、別に掴まなくて良いとも思ってはいる。メアリーが俺達のために解決に尽力しようとした。その事実が分かっているだけでも充分なのだから。

「急いだ理由、ですか」

 しかしメアリーは俺の質問に歩みを止めて、回答を考える様な“間”を作る。
 俺はそれに倣って歩みを止め、答えを待つ。

「そうですね。一言で言うのなら――」

 そしてメアリーはこちらを見てから、

「“今の貴方”が好きなのに、姿が変わろうとしていて私も焦っていたのでしょうね」

 と、言ったのであった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品