追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
目前の女神よりも気がかりな(:淡黄)
View.クリームヒルト
◆
――曰く、かの乙女はその身一つで清廉潔白さを示した。
指を一つ振るえば海は裂け天が割れ。
一言告げれば呪いを撒き散らす“魔”が存在した。
人々は“魔”に対し祈る事しか出来なかった。
脆弱な人々が故の思考放棄ではない。
“魔”を正しいと理解してしまったからだ。
何故ならその“魔”は人々の罪であり。
そして罰であったのだ。
善意に対し欺瞞で返し。
堕落に対し辯解を述べ。
悪意に対し繁栄を齎した。
この世全ての悪が人々に“魔”として現れた。
全ては人々の因果応報。
滅ぶべき自業自得。
自縄自縛であるが故に人々は祈りを捧げただ滅びを待つしかなかったのだ。
“――ですが、アナタは間違っているのです。”
だが乙女は“魔”に立ち向かった。
人々が滅びを受け入れる中乙女は十字の装飾以外を身に着けず。
崇高な御方は人々の前へと立ったのだ。
“魔”の怒りは正しい。
“魔”の嘆きは正しい。
それでもアナタの行為は許されるものでは無いと乙女は言う。
“ワタシはアナタに証明する”
――かくして乙女は“魔”を打ち払う。
欺瞞も堕落も辯解も悪意も乙女には無く。
その身一つで乙女は罪なき透明を示したのだ。
これが我が至高なる御方【女神:クリア】の始まりである。
◆
「――という感じですね」
「えぇ……確かに私、魔を打ち払った事はあるし、それなりに慕われてはいたけどさ。今そんな風になってるの……?」
クリアと名乗った女性に対し、クリア教に語り継がれている神話と崇め奉られている女神の名前を言うとクリアという名の全裸女性は困惑した表情となった。
最初は「クリアという名は知っていますが……」というメアリーちゃんに対し、「おお、語りづかれているなんて流石私!」とノリノリだったのだが、その女性が居たのは数千年前という事と、今の話語り始めた途端神妙な表情になり、今はご覧の通りである。
「慕われているというか、我が王国……数千万以上の民が居る国教になるレベルです。王族のランドルフ家に至っては“ランドルフ家は、女神の加護ぞあり”とお話にあるくらいですよ」
「知らない、なにそれ……」
なんだか王族であるランドルフ家の根幹を揺るがす発言をあっさりと言っているが……大丈夫なのだろうか。
私は宗教に関し割と奔放な日本の感性が強いけど、この事実が公表されればランドルフ家って……うん、考えるのはやめよう。
「だがしかし女神か……そのように語られる心当たりは……うん、あるにはある」
「あるんかい」
「うん、ある。けど、女神か……女神……ふ、悪くはあるまいて!」
この女神(仮)、自己肯定能力が高いと言うか、結構良い性格しているね。
「え、というかなんだ。もしかして私の信徒って、私に倣って全員全裸だったりするのか? それは人々というより野生動物っぽいが」
「あはは、それを信仰される対象が言うんだね!」
「大昔はそういった方々も居たと聞きましたが、今は“教会関係者が下着を着用しない”、という教えですよ。ただの信徒は違いますが」
「ほう、派手な装飾は好まず、その身を外から隠す枚数を減らす事で私をリスペクトしている、という所か」
女神(仮)は楽しそうにそのようになった事を予想しつつ、まだ見ぬ外に対して楽しそうにしていた。
……しかし、全員全裸か。その場合は黒兄が服が無いと嘆きそうである。
――というか、本当に女神なのかな……?
クリアと名乗りはしたモノの、本当にクリア教で崇められているクリア神かどうかは疑問である。
自分の事をクリアという名だと思っているだけの精神が愉快な人かもしれないし。ただクリアという名前なだけの女性かもしれない。
あるいは本物だとしても……
「とはいえ、私がクリアと名乗るのは問題がありそうだ」
そう、本物だとしても彼女が名乗るのは問題があるだろう。
クリア神は、最終的には【世が正しく流転し始めたのを見届けた後、その身を旅立たせた】的な感じで何処かへ居なくなり、世界と同化し今も我らを見守っている、みたいな感じであった。
「私を知っている者が生きているのならともかく、今復活したと言っても認められなさそうだ」
今になって現代に現れたとしても、まず認めない輩は出て来るし、不敬と称され処刑対象になる可能性だってある。
なにせ彼女は認識的には神話の中の人物といっても過言ではない。神話際限のような大いなる力を示した所で「あのクリア神がそんな事をするはずがない!」的な輩は絶対出て来る。なにせ彼女を知っている生き証人は何処にもいないのだから。
「そうなると別の名を名乗った方が良いようだ」
「その方が良いですが、その……」
メアリーちゃんは何処かソワソワした様子で女神(仮)……クリア神……彼女になにか言いたそうにしていた。……あ、忘れてた。若返りを解決しないといけないんだった。
「ん? ああ、若返りを解決したいんだったか。じゃあ行こうか」
「あはは、行くって言ってもその格好で?」
解決するためには、まずこの服を着ると弾け飛ぶから常時全裸でいるという彼女をどうにかして外に連れて行かないといけない。
解決するためとはいえ、このまま外に行けばいくら慕われているメアリーちゃんとはいえ足止めを喰らうだろう。
「ああ、その件に関しては大丈夫だ」
「言っておくけど美しさの前には皆平伏すさ! 的なのは無しでお願いね」
「しないぞ。……まぁ私は扉の中でずっとある存在を封印していた訳なのだが。いくら私とはいえ単純な生身でずっと生き永らえられた訳でも無い。……ようは私は正確には生きていないんだよ」
「?」
確かに長年封印されていたというのなら生身で無理なのは分かるけど、先程触った限りでは彼女の体温は感じた。こうして会話しているだけでも生きた身体のようには感じてはいるけれど……なにか仕掛けがあるのだろうか。
「いわゆる魔力体、という感じだ」
「……肉体から魂を取り出した状態という事でしょうか?」
「そんな感じだ」
ええと……幽霊みたいな感じか。ますます教会関係者に浄化されそうである。
「そして私は打ち消す事に長けているわけだ。集中すれば重力を消して宙に浮く事も出来る。さらには、」
「話の通りなら名の通り透明になる事が得意、という事なので透明化も可能、でしょうか?」
「そうなるな。――ほら」
「おお、浮いて……なんか身体が薄くなった!」
「ははは、良い反応だ」
ますます幽霊のように感じる。
ふわふわ浮けて、透明にも慣れて、精神体……うん、幽霊だ彼女!
「だけど完全には消えませんね……相変わらずの全裸浮遊痴女です」
「うん、半透明全裸浮遊痴女で、逆に興奮する類の奴だね」
「君達、国教の女神と分かってもその態度なのか……ともかく、君達は私の存在を知覚した状態であるから若干見えてるようだけど、周囲には見えないから安心したまえ」
「あはは、つまり私達には全裸浮遊痴女が見えてハラハラしている中、周囲には本当に見えていないかというプレイだね」
「君、面白いね」
おお、女神に面白い女認定されたよやったね! 言い方によってはキレる前のようなセリフだけど、彼女は特に気にしていないようなので素直に認定を受けるとしよう。
けど、本当に見えていないのか不安にはなる。というか私達には見えるのだし、メアリーちゃんも躊躇いを――
「では早速行きましょう」
……メアリーちゃんは躊躇いを見せる事無く、すぐにこの地下空間を出ようと促した。私達を先導するように入口へと歩いて行く。
相変わらず居ても立っても居られないという様子で、他の人には本当に見えないのかという心配よりも、早く解決をしたくて仕様が無いと言った様子である。
「……うーん、彼女、メアリーちゃんだっけ? 若返りの対象をそんなにも早く治したいのか?」
「あはは、そうみたいだね」
「これはもしや……恋の予感か? やっふぅ!」
「あはは、だと良いねー」
それにしてもこの女神、かなり俗物的だよね。
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