追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

賢者の?(:白)


View.メアリー


 マズい状況です。
 今日は居ないと聞いて安心していた中、何故か生徒会室に来たヴァーミリオン君。
 不思議現象によって服の下が心許ない状況の私。
 そんな二人しかいない生徒会室。

――落ち着くのです。気をつけつつ普段通り振舞えば、問題ありません……!

 私とて他者、それも異性にこの状況を見られるのは恥ずかしいです。特にヴァーミリオン君には見せたくありません。その程度の羞恥心は有しています。

――今の状況を気付かれたくありません……!

 そして同時に、今の私の状況をヴァーミリオン君に知られたくありません。
 これがエクルさんやスカイならば状況を説明し、服を着るまで後ろを向いて貰うかなにかをして貰えば良いのでしょうが、彼にはそれを言いたくありません。理由はともあれ、今の服装を私がしている、という事実を知られたくないのです。

「変な事を言ってごめんなさい、ヴァーミリオン君。取り乱しました」

 なので私は平静を装い、どうにかしてこの状況を乗り切る事にしました。
 上はまず見えないですし、下もキチンとガードをすれば見える事はまずありません。いつも通りに振舞い対応すれば、この状況は乗り越えられるはずなのです。

「い、いや、それは構わないが……なにかあったのか?」
「なにかあった、と言えばありましたね。ハートフィールド家について気になる事が」
「ハートフィールド家……クリではなく、クロ子爵の方だろうか」
「ええ。そこでアプリコットが政略――何故入ろうとするんですやはりスケベなのですか」
「!? ……俺は話を聞こうと近付こうとしただけだが」

 いえ、分かっています。私の状況に気付いていないからこそ普段通りに近付こうとしているのは分かってはいるんですが、どうしても警戒をするんです。本当は気付いているのではないかと思う程に。

「……メアリー、どうした。最近俺に対する接し方もそうだが、今日は一段と様子が変だぞ?」

 ええ、そうでしょうね。最近はただでさえヴァーミリオン君に近付かれると、胸が痛くないのに窮屈さを感じ、それを不思議と悪くないと思う不思議な感覚に陥ると言うのに、服装による緊張のせいでよりひどく感じるのです。このような私を見られれば軽蔑されるのではないかという思いが強いのです。
 ……彼にはいつも通りの私、あるいは良いと言えるような私の側面を見て貰いたい。だからこの状況を知られたく無いですし、最近の私は彼と接するといつも通りを振舞えないので、駄目な事と分かりつつもつい逃げてしまうのです。

「大丈夫ですよ。先程アプリコットが財政難による政略結婚で望まぬ相手と結婚するかもしれない、という事を聞いて、混乱していたようです」
「なに?」
「噂レベルだったのですが、先程グレイ君の反応を見るに事実に近いようです。その事を整理していたら、先程の言葉を言ってしまったのです。ごめんなさい」
「そういった理由ならば謝罪は不要ではあるが……妙だな。母さんからの手紙だと、そのような事は触れられていなかったのだが……」

 母さん……そう呼ぶとなると、シキでシスターをやっているという実の母親であるマゼンタさんの事でしょう。
 何処か私の行く末を彷彿とさせた、若返り私達より若い姿になったマゼンタさん。彼女は共和国では私なんかとは比べ物にならない程に皆さんのために頑張り、自分を犠牲にしていました。そして、愛していたであろう夫と子を喪う事によりなにかが失い暴走をしました。
 実子であるヴァーミリオン君達とは長年わだかまりがあったのですが、最近は手紙のやり取りをするほどには打ち解けていたようですね。喜ばしい事で――

『あははは、愛する息子よ、コーラルちゃんと裸の付き合いをしたんだってね! ならば私達も負けじとしよう!』
『ええい抱き着くな脱がせようとするな今日は母さんの出発の日だろうが、さっさと準備しろ!』
『別れる前に息子成分を補充させて!』
『だから脱がせようとするな!』

 ……いけません。王城に行った際に、偶然見てしまったアレは思い出さないようにしましょう。
 アレは十数年分の親子愛が暴走した結果であり、距離感を掴めない不器用な愛なのです。

「それよりも別の意味の心配が増えていたからな。年下の父親的な意味で……いや、それはともかく、クロ子爵が財政難という事は無いのではないか? 彼は資金管理に関してはアッシュも一目置くぞ?」
「…………」
「メアリー?」
「…………あ。すみません。ボーっとしていました」

 ヴァーミリオン君とマゼンタさんは見た目的には同年代にも見えますから、親子と言うより仲の良い男女のように見え。
 あの光景を思い出すと普段は悪くないと思う胸の締め付けが、悪いと思う程に痛く感じますから思い出さないようにしなくては。
 ……今の私は本当におかしいですね。親子についてなにか変な事を考えている気がします。

「ごめんなさい、ヴァーミリオン君。体調が悪いようなので私は今日は帰りますね」
「メアリー、待て。俺もついて――」
「フォーン会長に用事があるのでしょう? であればそちらの用事を優先してください。――では」

 私は机の上に置いてあった鞄を持ち、止められないように避けつつ素早く生徒会室を出ていきます。
 ヴァーミリオン君はなにか言おうとしていましたが、今の私は特に見せたくない表情をしている気がしますので、振り返る事無くそのまま生徒会室を後にしました。

――なにやっているんでしょう、私。

 相手の話をボーとして聞いていない。
 確証を得ていない話を第三者に言いふらす。
 挙句にはこうして話を聞かずに去ると言う失礼な行為。
 ……どれもこれも、後で謝罪をしないと駄目な事柄ばかりです。
 ヴァーミリオン君は私を心配しているのも分かりますし、彼は悪くないのに理不尽な言動もしました。
 いくら私が最近彼を前にすると気持ちの整理がつかないからと言って、これはあまりもな態度です。
 今日はもう無理ですが、後日改めて――

――あれ?

 私はふと、止まらずに早足で歩いていた足を止めました。
 なにか重要な事を忘れている気がしたからです。

――そういえば何故私は先程いつもより混乱してたんでしたっけ。

 最初は気付かれないように振舞おうとして、途中で別の事に気を取られて夢中で去っていきましたが……最初彼が生徒会室に来た時、なにを気付かれないようにしようとしたのでしょう。
 そして、その気付かれないようにしたい事を気付かれる要素の物を、忘れている気がします。
 具体的に言うと見られたら確実に困る物で。
 その困る物は今はとある机の下にあって、その机は普段彼が使う机であり、私はまだ回収しきれておらず、私は心許ない服装のままここまで来て――

「あ。……ぁぁぁぁあああああ!」

 ダッシュです。
 スカートがなびかないようにしない範囲での、全力ダッシュです。

「ヴァーミリオン君!」

 そしてすぐさま辿り着いた生徒会室です。
 ご丁寧に私が出た後に扉を閉めていたらしいので、勢いよく扉を開けつつ名前を呼びます。

「!? メアリー!?」

 ヴァーミリオン君の居る場所は――位置的に見えませんが、いつもの机の近くです!

「動かないでください! 動いたら最近作った賢者の石で殴ります!」
「賢者の石って、錬金魔法の最終目標前の代物では無かったか!? そんなものを殴るのに使うと言うのか!?」
「良いんですよ、師匠だって賢者の石を量産してシュイとインを生み出したんですし、今更です!」
「そうなのか!?」
「最近じゃ料理に目覚めて賢者の石マカロンとか作ってるくらいなんですから!」
「流石に嘘だろうそれは!」
「ええい、ともかく動かないでください! 机の下に忘れ物をしたのです!」
「机の下? 一体なにを忘れ――」
「見ないでください! 私が――」

 拾います。と言葉を続けようとした所で。
 勢いよく迫った影響なのかは分かりませんが、壊れて本来の機能は果たさなくなっても、今拾おうとしている物と違って服の内側に留まっていたとある物が、服の内側からスルリと落ちました。

「…………」
「…………」

 そしてヴァーミリオン君はなにが落ちたのかを認識し、フリーズし、無言になり、気まずい雰囲気が流れ、無言の空気が流れ、申し訳ない表情をしたと思うと、私に告げます。

「……賢者の石とは、殴られれば一時的に愚者になれるだろうか」

 なんでも良いですから、なかった事にして下さい。私はその言葉を聞いて思うのでした。

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