追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
褒めて貰って上達す(:淡黄)
View.クリームヒルト
「……ここは他の者達も使う食堂だ。あまり騒ぐでないぞ先輩方」
「あ。アプリコットちゃんだ、やっほー」
「こんばんはであるクリームヒルト先輩。そしてシルバ先輩も。相席は良いだろうか」
「別に良いぞ」
私達がやいのやいのとやっていると、呆れた表情でアプリコットちゃんが私達を注意しながら私の隣の席に着いた。
どうやら遅めの夕食を食べに来たらしく、手元には頼んだであろう夕食を持っている。
「あはは、アプリコットちゃんの夕食とても美味しそう!」
「うお、本当だ。良い香りがするな」
そしてその夕食は見ただけで美味しそうというのが分かるお肉料理であった。
軽くナイフを置いただけで切れるのではないかと思うほど柔らかそうで美味しそうに見える見た目だけでなく、ある程度食べた私達がそれを食べたくなるほどに食欲がそそられるほど良い香りだ。香辛料に詳しくない私でも良い香辛料を使っている事が分かる。多分奮発するという単語が似合うお高めの料理だけど……
「僕はここで働いているけど、そんな料理あったっけ?」
少なくともこの食堂で出て来る代物ではない高級料理な事は確かだ。
肉の元から調理まで香辛料や手間を惜しまず、かつ腕に覚えが無いと食べれない。そんな料理はこの食堂ではまず出ないだろう。そうなるとやはり……
「まぁアプリコットの事だからやっぱり……」
「予想通り、我が厨房を借りて作ったのだよ」
「おお、流石は料理上手のアプリコットちゃん……!」
やはりアプリコットちゃんが作ったようだ。
この食堂は食材を持ち込めばキッチンを借りる事が出来る。それを利用してアプリコットちゃんはよく食材を持ち込み、見る度に見た事が無い種類が増えていく自前の香辛料を使いよく作るのだ。
貴族でありながら自ら作る変わり種と噂になっており、同時にコックにとってはその手際と味の美味しさ、そして教え方の上手さから人気があるという。
「ふふふ、今日は先日手に入れた新たな香辛料を利用しての肉料理である。辛みと素材の味を活かしつつも芳醇な香りの付加を……!」
「また新しい香辛料を買ったのか。前のも使いきれてないのに、グレイにバレたらまた怒られるぞ」
「…………ふふふ、我の好奇心は弟子には止められぬのだ……!」
「震えてるよアプリコットちゃん」
ちなみにグレイ君は人気がある事を誇らしくは思っているのだが、首都に来てからアプリコットちゃんの香辛料や本などの買う量が増えたらしいのでよく怒っている。
怒っているとは言っても怒鳴りはせずに、正論の圧をかける感じである。そしてアプリコットちゃんはよくシュンとなっているのである。あの時だけは師匠と弟子の関係が逆転していて見ていて面白いものだ。
「まぁ、グレイの事はともかく、一口如何かな先輩方。味の感想を聞かせてもらえると嬉しいのだが」
「お、やったね!」
「貰えるのなら遠慮なく。美味しいのは分かるからな」
アプリコットちゃんの厚意に甘えつつ、私とシルバ君はアプリコットちゃんが切った肉の一切れを食べる。
そして口の中に美味しい味が広がる。この味はまさに――
「あはは、美味しいね!」
うん、お肉と香辛料が良い感じに良い味を引き出していて良い感じで良い感じにまとまってとても美味しいというのは分かるけど、私にはどう美味しいかは言葉には表せられない。
私の舌は結構雑なので、違うという事は分かってもどう違うかは良い表せられないのである!
「隠し味に……こう、なにかを使って、なにかをしているというのは分かるけど、なにをしているのかは分からない。前食べたのと味が違うのは分かるのだけど、結局は美味しいという言葉に帰結する……!」
「クリームヒルト。必死に褒めようとしているのかもしれないが、アプリコットのやつ笑うのを凄く堪えているぞ」
私より先に料理の感想を具体的に既に言っていたシルバ君が、私を見て少し呆れたような表情をしつつ指摘してきた。
確かにアプリコットちゃんは私の言葉を聞いて、珍しく笑いを抑えようと頑張っているようだ。
「あはは、料理人を褒めて笑いを生み出す……これこそ評価者のあるべき姿だよ」
「絶対に違う。というかアプリコットもそんなに笑う事無いだろう?」
「い、いや、すまぬな。褒め方がクロさんと全く同じであったから、つい笑ってしまったのだ」
「黒兄と?」
「う、うむ、我がクロさんの所で働き始めた最初の方に、隠し味を入れて料理したら同じ言葉で褒めていてな。“俺は舌が結構雑だから、こんな風にしか言い表せられない”とな」
それは……黒兄らしいと言えば黒兄らしい。
黒兄は私が初めて作った焦げ付いた炒飯ですら美味しいと言って褒めてくれたからね。
「クロさん自身は意識しておらぬだろうが、ああいった素直な褒め言葉があるから、ヴァイオレットさんも料理が上手くなったのであろうな……」
「ヴァイオレットも?」
「我もそうだが、素直に美味しいと言って貰えるのと、味を変えた事を分かってくれると自然と作りたくなり、上手くなりたいというものだ。クリームヒルトさんが今言ったようにな。ああ、シルバ先輩の褒め方も嬉しいぞ?」
「そこのフォローは別に良いけど……そういうものなんだね」
「そういうものである」
そういえば前にヴァイオレットちゃんが料理の料理を食べた時、似たような事を言っていたっけ。
美味しいと言ってくれて喜んでもらえる上に、毎回褒めて貰える。その上味付けの違いも分かってくれるし、それを意識して行っている感じがしないから不思議とまた作りたくなる、と。
……アプリコットちゃんもそうらしいし、黒兄って結構天然のタラシなのだろうか。まぁ私は褒めてもらったけど上手くなる事は無かったけどね!
「しかしアプリコットちゃんって料理上手で気配り上手、掃除も出来て女子力高めだよね……」
「女子力?」
「炊事洗濯掃除の家事全般スキルとかの事を言うらしいよ。女の子の力だって。ちなみに私は低い」
「堂々と言うなよ」
「だがそれは……女子力ではなく生活力ではあるまいか?」
「あはは、まぁそうとも言うね。ともかく生活力が高いアプリコットちゃんは良いお嫁さんになるだろうね。グレイ君が羨ましい」
「っ!?」
「それにグレイも生活力が高いし、良い夫になるだろう。アプリコットとグレイは家庭的な夫婦になりそうだな」
「お、お主ら、何故我とグレイが夫婦になる前提で話しておるのだ!」
「あ、シルバ君、ブロッコリーいらないなら頂戴。どうせ嫌いでしょ?」
「嫌いだけど、避けるのは良くないからあげない」
「ケチー。あ、それとさっきのお詫びのミートボール。はい二個」
「サンキュー」
「聞くのだ先輩方!」
アプリコットちゃんは騒ぐけど、今更な事を語るつもりは私達には無い。黒兄とヴァイオレットちゃんの仲にいつなってもおかしくないというのが生徒会全員の総意なのである。
結婚式の時には是非呼んでもらいたいものである。そしてブーケトスを私が取る! なんか取りたい! ……あれ、この世界ブーケトスってあるのだろうか。……まぁ多分あるだろう。なくても黒兄なら提案してくれそうだ。
「そういえばアプリコットちゃんとグレイ君の結婚式で思い出したんだけど」
「そのような単語は一度も出ておらぬぞ!?」
「アプリコット、騒ぐのは良くないぞ」
「ぐ……それもそうであるな」
アプリコットちゃんはシルバ君に言われて身を乗り出さんばかりに立ち上がっていた体勢から、大人しく座り直した。普段の格好良い言葉を言う時は周囲を気にしないのだけど、こういう時は素直に従うアプリコットちゃんである。
「で、なにを思い出したんだ、クリームヒルト」
「うん、さっきのスカイちゃんの話。話題が逸れたままだったな、って」
「あー、そうだったな」
「スカイ先輩の話? なんの話であろうか」
私が一応他言無用の事を伝えつつ、先程のスカイちゃんの婚約とかの話をする。
「……なるほど、困惑を招きし儚き栄光、か」
「政略結婚はそう言うのか」
「あはは、帝国語と東にある国の言葉が混じってたね。ともかく、アプリコットちゃんはどう思う?」
私が夕食の最後の一口を食べつつ、何処か複雑そうな感情が表情に見えるアプリコットちゃんに尋ねる。
するとアプリコットちゃんは眼帯を抑えた後、大事にしている山茶水仙花に手をやってから私の問いに答えた。
「我か……まぁ、あまり良い思いはしないな。昔を思い出す」
「昔?」
「うむ、我の昔の婚約者をな」
へぇ、婚約者。アプリコットちゃんには昔婚約者が――え、居たの!?
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