追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
【23章:学園恋愛劇】 始まりは競合報告
「と言うわけで、私と神父様は結婚するから、結婚式の日取りを取り合おう」
「ちょっと待て」
日も高く昇った昼下がり。我が家に戻るとシアンの結婚を報告された。
正直意味が分からない。いつも通りの午前の仕事を終え、外でお昼を食べようとすれば内密の報告があるとバーントさんに家に戻るよう言われ戻ると、シアンの結婚が決まり、数日中には正式に婚姻すると報告をされた。元より時間の問題とは思っていた訳だが、いくらなんでも急すぎやしないだろうか。
いや、急な結婚であれこれはめでたい事だ。
異性としては身近な存在で一番仲の良い友人であるシアンと、領主生活において最初はわだかまりもあったが数多く助けてもらった友人であるスノーホワイト神父様の結婚だ。俺は心の底から祝わせて貰おう。
「結婚式の日取りを取り合おうとはなんだ、シアン」
祝うのは良いのだが、意味が分からないのは結婚報告の後の言葉である。
今俺と同じように驚愕と困惑の表情であるヴァイオレットさんも聞いたように、取り合うとはなんだ取り合うとは。
「クロ達って結婚式とか開かずに夫婦になったでしょ? で、いつかは正式に結婚式を開きたいって言ってたじゃん?」
「そうだな、私もクロ殿も準備をしていた」
結婚式の準備とは多岐に渡る。
貴族の結婚式は、身分が高い者同士であればあるほど派手になる。
出席する貴族への報告と調整もあるし、迎えるのに相応しいドレス、調度品、料理。それらは貴族の見栄……もとい、格を示すために高位貴族ほどより豪華になっていく。そういった所で力を示せないと、「この貴族には力が無いのではないか?」と思われるからである。貴族の結婚とは、繋がりをもたらす場であり、権威を示す場でもあるのである。
「とはいえ、ほとんどはクロ殿がやっているのだが」
「まぁ、他の貴族を呼んでパーティーとか開きませんから、やる事と言ったら服装作成や料理素材の調達くらいですし。後者は正式な日取りが決まらないと無理ですしね」
しかし俺とヴァイオレットさんの婚姻は俺達が出会う前に決定して、そのまま正式に夫婦になったのが去年の出来事。それに俺達は貴族との繋がりはほとんど無いので、他の貴族を呼んでのパーティーなどしない。
けれど正式にドレスを着ての結婚式、というのはする。どちらかというと結婚報告会や結婚を祝う会、と言った方が正しいかもしれないが、教会を使って誓いの言葉とかをした後、そのまま教会か屋敷でシキの領民と祝いを――ああ、そういう事か。
「その結婚式の日取りを、いつにするかを話し合いたい、という事か?」
「うん。私はドレス……とまではいかなくても、なにかしら普段とは違う装いで結婚式は開いてみたいしね」
「その準備とかが被らないように、シアンが話し合いに来た訳か」
「そゆこと」
意味は分かったが、取り合いはないだろう、取り合いは。
シアンらしい言い回しと言えばらしいが……というか、その話し合いなら神父様も一緒に来ても良いと思うのだが。
「ちなみに神父様は?」
「……今朝挨拶をしたら、嬉しさのあまり一睡も出来なかったらしくてテンションがおかしかったから、全員掛かりで眠らせて、今寝ている所」
「そ、そうか」
おお、シアンが呆れると共に頬を染めている。
そういう風な反応を示してくれた事が照れくさいのだろう。……まぁ、シアンもちょっと眠そうな辺り、神父様とそう変わらない精神状態だったのかもしれないが。
「ともかく、報告がてら色々と話し合いをしにきたわけ。ごめんね、仕事中に」
「いや、構わないさ。私の友であるシアンがめでたい報告をして来たんだ。そちらが謝る必要は――ああ、そういえば言い忘れていた」
「どしたのイオちゃん?」
「結婚おめでとう。シアンなら末永く幸せな家庭を築けるだろう」
「……うん、ありがとう」
ヴァイオレットさんとシアンは互いが互いに嬉しそうな、幸せそうな微笑みを浮かべていた。
友人が好きな相手と結婚出来る事を素直に喜び、友人に祝われる関係を築けている事を喜ぶ。そんな何気ないけど大切な事を噛み締めるように、嬉しそうにする二人を見て、俺もつい微笑ましく思ってしまう。
「へい、そっちは祝いの言葉は無いの? 私の事を前に進めない女だと思っていたクロ・ハートフィールド子爵?」
コイツ、俺に微笑ましい気分に浸らせないつもりかコラ。
「おめでとう。何処かのシスター様のように、祝いの言葉と共にドロップキックをすれば良いか?」
「私がしたのは罵倒と共にドロップキックだけど!」
「やかましい、じゃあそっちがお望みか!」
「友の幸せを罵倒するなんて最低クロ!」
「シアンが言うなや!」
確か「裏切者!」とか言いつつ扉を開けた出会い頭にドロップキックを繰り出して来たんだったな。
とはいえあの時は本音も混じっていただろうが、俺の結婚相手が無理かつ急な事もあってシアンなりに気を使った結果なので、ただの罵倒という訳でも無いだろうが。結果的にヴァイオレットさんとも仲良くなっていたしな。……まぁ、もう少し別の選択肢は無かったのかと思わないでもない。
「ともかく、結婚おめでとうシアン。結婚式の日取りは、俺達はグレイとアプリコットが帰れる日程が決まったらするつもりだから、それ次第としか言いようがない」
本当はグレイとアプリコットが学園に行く前にやろうかとも思っていたのだが、色々とバタバタしてやれなかった。なにせ学園に行く前の時期は忙しかったし……何処かの第二王子が、折角作っていたドレスの一部を駄目にしたというのもあるからな。
「あー、確かに私もコットちゃんやレイ君にも見て貰いたいなぁ」
「ならばいっそ同じ日にするか?」
「うーん、それも良いかもね。あ、いっそリムちゃんとかも呼んだらどうイオちゃん?」
「予定が合えば誘う予定だ。他にもメアリーも呼ぶ予定ではあるが……」
「大丈夫? メアちゃんに着いて来た殿下達とかが色々と騒いでクロと揉めたりしない?」
「……そこが心配なんだ」
「だよね」
なにもせずに大人しくしている、という事に関して信用無いなぁ殿下達。
まぁアイツらの普段のメアリーさんへの行動を考えれば当然と言わざるを得ないのだが。
しかし、それにしても……
――グレイとアプリコットは元気かな。
ふと、名前が出た事により、今は首都で頑張っているだろうグレイとアプリコットに思いをはせる。
勉強はついていけているか、友達は出来たか、孤立していないか。良い経験だった、良い思い出だっだと、卒業した後に言えるような学園生活を送れていれば良いのだが。
――クリームヒルトとかも、元気だと良いけど。
他にもクリームヒルトや、以前首都から変える間際が妙な感じだったメアリーさんとヴァーミリオン殿下とかも変な事に巻き込まれていなきゃ良いなと思いつつ。
――存外、シアンみたいに恋愛方面で進んでいるかもしれないな。
珍しく火輪が雲の合間から顔を覗かせた、とある日の昼下がり。
俺は愛する妻と大切な友人が楽しそうに結婚式について語り合うのを微笑ましく見つつ、そんな事を思うのであった。
備考 駄目にされたドレス
カーマインが以前の騒動で、ウェディングベールを首から上だけしかないヴァイオレット(シュイの変身)にかけたため、血と汚れで駄目になった。
ドレスの身体部分は問題無いのだが、せっかくなのでクロがクォリティをあげるために日々製作中。目下の問題はある部分が結婚式の際に合うかどうかだそうである。
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