追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
報告すべき事
「まぁ、なにやらマゼンタさんの気持ちは前向きになったようだけど、違う意味で注意してやってくれ」
「りょうかーい。……念入りに説教するから」
「……説教が効けば良いんだけどな」
「……だね」
教会の礼拝堂にて、神父様が作ったタオルで身体を拭きながら俺はシアンに告げる。
それに対し同じくタオルで髪を拭きながら俺の言葉の意味を理解しているシアンは、説教をするというのに何処となく嬉しそうにしながら返事をした。
「神父様達も、説教は良いが風邪をひかないようにな。ちゃんと拭いて、身体を温めておいてくれ」
「分かってるって」
「説教の前にそこはちゃんとしておくよ。クロも気をつけてな」
そして色々と思う事はあるが、今俺達がすべき事はずぶ濡れになった身体を対処する事だ。
俺やシアン、神父様の身体は割と健康優良児ではあるが、調子は崩さないようにしないと。
「ヴァイス君とマゼンタさんは……」
俺達もそうだが、ヴァイス君もバレないように魔法無しで濡れながらつけていたようだし、「なんだか濡れたい気分だった」というマゼンタさんもずぶ濡れである。説教も大切だが、適切に対処しないと風邪をひいてしまうだろう。
「ほらほら、ヴァイス先輩暴れないでー」
「ええと、僕は自分で拭けますから、子供扱いは……」
「ダーメ、キチンと拭かないと。ほーら、ばんざーい」
「え、な、なんで万歳を?」
「服を脱いで直に拭かないと。へい、ばんざーい!」
「やだ!」
「じゃ、はい、ばんざーい」
「え。……もしかして脱がせて欲しい、ってこと?」
「うん。このままだと風邪をひくから、ほら、拭いて欲しいな?」
「う。……服の上から、拭きます」
「そういう趣味か……うん、拭くフリで上から感触をどうぞ!」
「そういう事じゃないよ! ちゃんと拭くから!」
……まぁ、あっちは大丈夫か。ちょっと心配だけど、マゼンタさんも今まではちょっと違う感じがする。なんというか相手を見ていると言う感じがする。
というかマゼンタさんもやっぱりあの格好だと……うん、見ないようにしておこう。
「じゃ、俺は屋敷に帰るよ。また明日来るからな」
「ああ、またな」
教会組も気にはなるが、それよりも俺自身の事を考えよう。
身体は拭いたが、まだ冷えたままだ。マゼンタさんが魔法でこの空間自体を温かくしてはいるものの、キチンと服を変えたりお風呂に入ったりと芯から温まった方が良いだろう。
それに「ちょっと教会行って来る」とアンバーさんに伝えるだけ伝えて来ただけだ。心配しているかもしれないし、早く帰って無事を報せないと。
……報せる、か。
「そういえばアイボリーは?」
「最初に私が帰ったら“じゃ、そういう事で”と去っていったよ」
「あいつは相変わらずだな」
「まぁね。ただそれとは別のなにかがあった様な……?」
「別のって?」
「私を見るなり、ろくに視線を合わせずに簡単な報告だけ聞いて帰ったんだよね。それもらしいっちゃらしいんだけど」
「……あぁ、それか」
「クロは理由分かるの?」
これはシアン達と合流した時にも思った事だ。あまり言うのも良くないと思い、言わなかったのだが一応言っておくとしよう。
「神父様達は俺と違って下着が無いんだ。特にシアンとマゼンタさんは今マズいから気を付けておけ」
「マズい?」
「濡れるとラインが出るんだよ。シスター服だと特にな」
「ライン」
「ライン」
神父服やブラザー服はそうでもないのだが、シスター服の場合は下着も対策も無しでずぶ濡れだと色々とマズい。そしてこの両名の場合はスリットがマズい感じに拍車をかけている。
神父様は俺の発言で気付き、ヴァイス君は服を拭く段階になって気付いたようではあるのだが……うん、やはりあまり見ない方が良いな。男にとっては目に毒だ。
「……さっさと服を変えた方が良いし、お風呂にでも入ったらどうだ? マゼンタさんが仲を深めるためにするとか言っていたし、シアンは神父様と入ると良い。それじゃ、俺はこれで」
そして俺は言いたい事を言って、先程はバレないようにと置いて行った傘をもって礼拝堂を去っていった。
……明日会った時に色々言われそうではあるが、この位は言ってやっても良いだろう。
「し、神父様見ないでください!」
「す、すまない。見て、見て無いから!」
「シアン先輩、駄目だよ! そこで“濡れた身体を貴方の身体で温めてください”というアピールに利用しないと! という訳でヴァイス先輩、あっためて!」
「どういう訳でなの!?」
「し、神父様、温め――あた、ため……!」
「無理をするなシアン! 普通にお風呂で温めれば良いからな!?」
「あ、じゃあ皆で入ろう! 皆冷える前に、皆で入ろうよ!」
「マゼンタちゃんそれは――ち、力強っ!? 三人まとめて引っ張られる……!?」
そして扉を閉めた後、礼拝堂からとても微笑ましい(?)会話が聞こえた。
俺は内心で「スノーとヴァイス君、頑張れよ!」とサムズアップしておき、色々言われるどころか恨み節を言われるなと思いつつ、礼拝堂を後にした。
――まぁ、マゼンタさんも少し変わったようで良かった。
俺は雨の音を聞きつつ、先程までの事を思い出す。
――結局、俺はなにもしなかったな……
俺達がなにかする訳でも無くヴァイス君の言葉によって自己犠牲関連は一旦落ち着いたようである。
一応最後にヴァイス君を性的に襲う……合意……うん、半合意で外でしようとするマゼンタさんを止める事は出来たが、結局俺達はマゼンタさんを三人でつけるだけつけて、なにもせずに終わってしまった。傍から見たら「なにしてたの?」と問われるレベルである。
まぁ俺達がなにもしなかったのは、なにもしなくて良いほどにヴァイス君が頑張ってくれたお陰なので良いとしよう。……なんだかヴァイス君も俺のようにマゼンタさんに狙われる対象になりはしたが、別に良いはずだ、多分。
――スカーレット殿下やヴァーミリオン殿下と話したお陰なんだろうか。
マゼンタさんはヴァイス君の言葉により前向きにはなったようだが、夢魔法を使った時や共和国に居た時に同じ言葉・行動をされたところで先程のように自己犠牲を止められたかどうかは分からない。
共和国の夫と子を亡くし、子である両殿下とコミュニケーション。兄であるレッド国王と、親友というコーラル王妃との会話。。
共和国の激務から解放されての交流はマゼンタさんを変えるキッカケに……
――……いや、ヴァイス君が真っ直ぐマゼンタさんの事を思ってくれたお陰か。
……それもキッカケかもしれないが、一番はヴァイス君の行動のお陰だろう。
苦手だろう性的な方面で繋ぎ止めようとしたりと、不器用ながらも頑張ったヴァイス君。彼が頑張ったお陰でマゼンタさんはあのような笑顔を見せた。
今までの妖艶な笑みとは違う、雨の中に咲く太陽のような笑顔を、見せてくれたのだ。
――メアリーさんの成れの果て、か。
そしてふと、シアンに言ったあの言葉を思い出す。
メアリーさんと同等の才覚。相手を幸福にしたいという欲求。自己犠牲精神。世界を何処か理解しきれていない感覚。
見た目の雰囲気は全く違くとも、メアリーさんとマゼンタさんは似ていた。
そしてメアリーさんの成れの果てと俺が称したのは、今のメアリーさんだとマゼンタさんと同じようにならないと思ったからだ。
今のメアリーさんは殿下達がいる。から、ならないと思った。
そして今のマゼンタさんは――
――おっと、着いたか。
と、色々考えている内に屋敷に着いた。
友人達の事も気になるが、今は自分の事を考えるとしよう。
目下の自分の事で解決すべきは濡れた服の取り換えと、冷えた身体を温める事と、そして――
「おかえり、クロ殿」
……そして、愛している妻に、遅くなった謝罪をしないといけない。
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