追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

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 唐突な告白。唐突なエロい宣言。
 先程まで俺と同様にすぐにでもマゼンタさんの前に姿を現そうとしていたシアンと神父様も、急な展開に理解が追い付いていないようであった。

「……と、まぁエロい云々はともかく、本気なの?」
「はい」
「私と先輩が、男女の仲になりたいと?」
「は、はい」

 理解が追い付かない中、突然の告白に対して冷静に対応するマゼンタさん。……というよりはいつもの様子で、と言った方が正しいだろうか。変わらない笑顔で、優しさを感じさせる笑顔で、ヴァイス君の告白の確認をする。

「会って十日程度の私と結婚を前提に付き合いたい、と」
「はい」

 しかし、その箇所が問題と言えば問題だろう。
 出会ってから告白までの日数はあまり関係無いかもしれないが……あまりにも短い親交の時間だ。一目惚れとかもあるし、行動は早いに越した事は無いかもしれない。だが相手を知るにはあまりにも短すぎるから、引っ掛かりを覚えもするだろう。

「まぁ愛に日にちは関係無いよね。何処かの領主君達は出会う前に結婚してたみたいだけどラブラブだし」
「ええ、あのように出会いマイナス日数結婚ラブラブを目指したいです」

 おいそんな表情で見るなそこの神父とシスター。
 確かに俺とヴァイオレットさんは出会う前から結婚していたが……うん、愛の始まりに日数は関係無いな!

「そっかー、私の事慕っていて、好きなんだー。それで付き合って欲しい、かー。クロ君達みたいな仲に私となりたい、かー」

 マゼンタさんはそう言いながらくるくると回る。
 通常であればなにをしているのかと問いたくなる行動だが、不思議とマゼンタさんの場合は“舞う”という表現が似合う動きとなる。

「ヴァイス先輩」

 そしてある所でピタッと止まり、ヴァイス君と真正面から向き合うと。

「……無理しなくて良いよ」

 何故か少し寂しそうな表情で、断りの言葉とは少々違ったニュアンスが含まれる言葉を告げた。

「ヴァイス先輩が私を悪く思っていないのは知っているけど、付き合いたい、結婚したいとまでは思っていないはず」
「…………」
「なのに今告白した理由は……ちょっと分からない。だけど、とても嬉しいよ。」

 マゼンタさんは一歩近づき、ヴァイス君の髪を「良い子良い子」と言うように、笑顔で撫でる。愛おしそうに、言葉通りに嬉しそうに。
 良く想われる事は良い事なのだから、それを受けるのは嬉しい事なのだと言うように。

「そしてごめんね。理由はどうあれ、その告白に私は応える事ができないの」
「……僕じゃ力不足ですか?」
「ううん、役不足かな。君は魅力的な男の子だから、私よりもっと良い子がいるよ。それに私にはあのヒトが――」

 マゼンタさんは撫でる手を止め、同時に言葉も止める。
 まるでその言葉を言おうとした事で、忘れようとしていた事を思い出してしまったかのように。

「ああ、そうか。そうだね。私はそうだったんだ」

 そしてなにかに納得したような表情になると、再び撫で初め、言葉も続ける。

「ヴァイス先輩、知っていたかな。私は愛を知らない乙女ではなくって、夫も子供も居た女なんだよ」
「はい?」
「そんな私でも好きと言ってくれるかな? 言ってくれるのなら告白をしてくれたお礼として気持ち良い事をしよう! 大丈夫、私が色々教えてあげるよ! エロブラザーである先輩の想いに応えてあげる!」

 ……シュバルツさんが聞けば奇声と共に突撃しそうな言葉であるが、傍から聞けば自棄とも言える発言だ。
 けれど「付き合うのは駄目だけど○○○なら良いよ」という発言はヴァイス君の心情を無視した発言でもある。
 本気であれば本気である程。相手を想えば思う程。それで喜ぶ男も居るだろうが、ヴァイス君にとっては悪手だ。

「……そうですか」

 事実ヴァイス君は少し寂しそうな表情になる。
 その発言は自身に価値を知ってもらおうと頑張るヴァイス君にとっては、とても残念な返答で――

「で、では僕は何度でも告白します! その度に気……気持ち、良い事をしてくれるという事ですよね!」

 返答で――ん?

「ぼ、僕はエロブラザーですからね! そのような誘惑をされたら何度でも告白しますよ! カーキーさんを超えるレベルになるよう告白し続けます!」

 カーキー越えはやめてくれ。……いや、違うそうじゃない。ヴァイス君はなにを言っているんだ。
 他の人より白い肌のせいで顔が赤くなっているのが良く分かり、どう考えても照れているのを無理して言っているようにしか思えない。本人的には隠しているつもりなのかもしれないが……隠しきれていない。

「あははは、そっか、何度でも告白しちゃうか。そこまで想ってくれているなんて思わなかったよ。私の予想も外れちゃったみたいだね」
「は、はい。外れです。大外れです!」
「でも私で良いの? いや、私は良いし嬉しいよ? ヴァイス先輩は魅力的だと思うし、私だって気持ち良くなれるんだから、何度でも応える事が出来るよ。けど――」
「マゼンタちゃんが魅力的だからです!」
「お、おお?」

 ヴァイス君は顔を真っ赤にしながら、撫でられていた手を自身の手で持ち、包み込むように情熱的にマゼンタさんの手を握った。

「魅力的な相手でなければこんな事言いません! そんな相手に相手をして貰えるのならば僕は嬉しい! とても! 嬉しいんです!」

 こんなに大きな声を出せたのかと思う程の、雨音をかき消すほどの大声でヴァイス君は叫ぶ。

「なにせマゼンタちゃんと一緒に居ると僕も楽しいですし、シアンお姉ちゃんも楽しそうですし、神父様も楽しく笑ってくれます!」

 単純で語彙の少ない言葉。だけどだからこそ心からの想いなのだと言わんばかりの言葉を使い、告白を続ける。

「短くともマゼンタちゃんは僕達にとってはもう友達で、一緒に住む仲間なんです。――だから」

 そして一転、今度は縋るかのような、祈るような小さな声になったかと思うと。

「……貴女が傷付くと僕は悲しいんです。だから、僕は何度も貴女を求めます。貴女に価値があると思う男が身近に一人はいるのだと証明するために。……だから、無茶はしないでください。居なくならないでください。……だから、自分を大切にして下さい。お願いしますから……!」

 ヴァイス君は濡れている頬が雨なのか別のモノなのか分からない悲しそうな表情で、告白した。
 内容を聞けば滅茶苦茶。要求もとても身勝手なモノ。
 恐らく彼自身もなにを言っているか分かっていない。用意した言葉ではなく、ただ思い付いた言葉を言っているだけの告白だ。

「お願いします、から……!」

 けれど彼が彼女を思っての言葉だという事は伝わって来る。
 ……もしかしたら内向的だった彼が勇気を振り絞って行った、初めての行動かもしれない。

「…………」

 それに対してマゼンタさんは――

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