追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

危険な場所


 偶然を装い出会う事で、つけている相手がしようとしているだろう事を表立って制止したいが、そこはグッと抑えて隠れたまま動かずにいた。
 仮にここで俺が今接触しても今度は俺にバレないようにやられるだけだろう。なにせ行動を実行しようとする前に止めても、何故止められたかを理解出来ないだろうから。……行動する直前に止めないと、その行動が駄目だと理解出来ない類の人だと思うから。

――ていうかアイツら去っていったな……本当に偶然だったのか……

 そして待機していると、何故か現れたシキの領民達(一部違う)はつけている相手と会話をするような仕草をした後そのまま去っていった。
 様子からして偶然のようだが、偶然なら偶然でそちらの方が複雑な気持ちだ。だって夜の雨の森の中に居る理由がなんかおかしいし。

「……クロがつけているのはマゼンタか」

 そして追う相手が再び独りになった所で、神父様は俺達が今つけている相手の名前を言う。
 この闇夜と雨に目が慣れてなにか見えたのか、単純に声や姿が見えたのか。どれにしろ今回は間違いではなく、確信を持って言っているようである。

「シュバルツがヴァイスの前で美を誇示する事は無いからな……ヴァイスではないなら、マゼンタだな」

 ああ、そこで気付いたのね。元々二択に近い状況ではあったが、そこで確信を得られるとは。俺は違和感なくあの行動と言葉を見ていたあたり、シュバルツさんの普段に馴染み過ぎていたようである。……むしろ「服は脱いでいないんだな。なら良し」と思っていた辺り、思考として危険ではなかろうか。
 ともかく俺は神父様の問いに対し頷く事で肯定の意を示した。そしてシアンの方を見るが、やはりとも思わずにただ佇んでいる辺り、最初から確信にも似た予想は立てていたようである。

「だがマゼンタはなにをしようと――」
「この先」
「シアン?」

 そして小声のまま神父様がマゼンタさんがなにをしようとしているのかを問おうとした所、シアンが言葉を遮った。

「この先、ハクちゃんが生まれて、シュネ君が表に出て来た所だよね、クロ」

 そして遊びの無い言葉に神父様はなにかに気付いたような表情になり。

「そうだな」

 俺は簡潔に、シアンの確認に対して頷いたのであった。
 場所というよりはその場所で起きた事を言う辺り、シアンの言いたい事は伝わって来た。
 そこは以前帝国の一部が王国にダメージを与えるのに利用しようと考えた、シキの中でもトップクラスの危険な場所。
 王国最高位の魔法使いと言っても過言ではないヴェールさんが、研究と調査のために来る理由として充分なほどの特殊な門がある。
 今ではそのヴェールさんや、なにをやらせても解決策を出してくれるメアリーさんの知識のお陰で以前のように利用される事は無くなってはいるのだが……

「ならすぐに止めないと……!」

 神父様が慌てて止めようとするように、その場所でマゼンタさんがなにかしようとするのならば止める必要がある、と思う程にはまだ危険である。
 マゼンタさんは今は色々制限があるとはいえ、元の優秀さで言えば文字通り天レベルだ。そしてその優秀さと性格を知っていればいるほどなにを仕出かすか分からないと思うだろう。なにかしようとしているのならば、近付く前に止めるべきだ。

「待ってください神父様。まだその場所に辿り着いた訳でも無いのです。今行くのは時期尚早というものですよ」
「だがシアン。この先には危ない場所があると言う注意をしないと駄目だろう」

 ……とはいえ、神父様の場合はその辺りを知らないというのもあるが、知っていても「危険な場所だからすぐにとめないと!」という、危険な場所から遠ざけるための行動だろうが。

「不要です。マーちゃんは行くとすれば分かっていて行くでしょうし、偶然行ったとしても危険性は理解出来る子です。……だから、まだ早いのです」
「シアン……?」

 シアンは相変わらず、正体を知った上でマゼンタさんの事を“子”と評しながら、神父様にまだ見守る様にと伝えた。
 その表情は信じたいという願いと、マゼンタさんの本質を理解した上での可能性を考慮に入れなければならない、友達を信じ切れない自己嫌悪が混じった表情であった。その表情は、神父様も飛び出そうとした身体を落ち着かせているほどの表情でもあった。

――ここで自己嫌悪が来る辺り、シアンは……

 ……いや、その事を考えるべきではない。今考えるのはマゼンタさんがなにかをしようとしている事だ。
 勘違いなら良い。徒労で済むのならその徒労を俺はありがたく思う。

――……俺も彼女の変化を信じたい。

 今日読んだある手紙と、先程感じた彼女の■■な事。その二つは彼女を信じたいと思うと同時に、不安になる事でもあった。
 領民となった彼女の今日の行動はただの雨の夜の散歩であるという事を、俺は自分を安心させるために証明したいのである。安心出来れば、彼女をただのシスターとして歓迎できるのだろうから。

「ハッハー! そこのお嬢さん、こんな雨の中歩くと体が冷えるだろうから俺の家で一緒に温まろうとしなくて良いですなんでもありませんそれでは俺はこれで失礼しますぜハッハー!」

 そしてアイツはなにがしたいんだ。ナンパするのにアイツはなんで雨の中、夜の森にいるんだよ。
 ……まぁマゼンタさんのあの性格的にカーキーの誘いに乗りそうなので、マゼンタさんにカーキーの事を伝えておいたお陰で、抑止力になっているようなのでなによりである。

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