追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ジャンル違い(:紺)
View.シアン
「まぁ、カーキーが妄りにマゼンタを誘わなくなったと分かって良かったよ」
「惑わされずに良かった、と?」
「ああ。アイツは無理に誘う事は無いが、めげずに何度も誘うからな。未成年……ではないが、あの子の成長に悪影響だと困るからな」
マーちゃんの正体が王族であるという事よりも、可憐に見える女の子が変に惑わされない事を喜ぶ神父様。例え相手の身分が遥かに上だとしても、相手が今のまま振舞うならばこちらも今までのように振舞う事に疑問を持っていないようである。
そこが神父様らしいと言うか――ようは私が彼の好きな所である。好き。
「あ、話が逸れたなすまない。それで、根深いってなんの事だ?」
おっと、見惚れている場合じゃない。今日はイオちゃん(と今は居ないクロ)に教会についての打ち合わせついでにマーちゃんについての報告をしに来たんだ。打ち合わせは終わってイオちゃんに「どうだ?」という質問をされた訳であるから、キチンとイオちゃん達と……ついでに神父様とも情報共有しないと。
「マーちゃんの信念についてですよ」
私はお茶を飲みつつ、話を始める。
マーちゃんの信念。というよりは、あの“人々を導く、あるいは救済するシスター”として相応しきあの振る舞い。
彼女は日常業務をこなしつつ、この一週間それを崩す事無く人々のために行動をしている。
打算など無い心からの善意。
裏など無い思いを込めた真心。
感謝の言葉貰うか、相手が少しでも幸福を感じてくれたのならそれが見返り。
それでいて相手を堕落させる事なく成長を促す。
そんな、心優しき行動。
「……良い事じゃないか? 俺も――」
「ええ、とても“良い事”です。自分を顧みない所とか、問答無用で助けて私を心配させる何処かの神父様と似ていますよね」
「うぐ」
「冗談です。そんな表情しないでください」
とはいえ、ある意味神父様と似たような行動である事は確かだ。
今説明した内容は神父様にも当てはまっている事である。神父様の場合はモンスター災害における精神的――後天的な強迫観念に近い代物であるが、マーちゃんの場合は先天性。多分根本を理解していない。
彼女は優先順位を、理解出来ていない喜ばしい感情を上位に置いている。そして一般に禁止されているから“駄目なんだろう”と思ってしないだけだ。だから安易に“良いだろう”と思う事で踏み躙る。
「まぁ、だから神父様とは根本が違うと思います」
「えっと、つまり……?」
「そうですね。例えば世の中に阿片が禁止されていなかったら、世界中を阿片で満たして中毒者で溢れかえらせますよ、彼女は」
「……はい?」
「なにせずっと満たされているなら幻覚を見たまま、中毒症状など自覚しないまま幸福なまま死ねるでしょうから」
そして多分、マーちゃん自身は世界を阿片で満たすために、自身の身体を中毒症状の影響が受けない身体に作り替えるだろう。そして多分それが実行できて、思い付いたら実行する。
ただやっていないのは“世界中で禁止されて悪とされている”から。ただそれだけだろう。
「うーん、あの子がそういう子には見えないが……俺には良い子にしか見えなかったぞ」
「そうですね。あの子は“良い子”です。……それに、程度の問題が有っても、行動理念自体は間違ってはいませんからね」
己が快楽のために善行を成して身を犠牲にする。程度は有れど、それをするのは万人に共通したことではあろう。それに相手を幸福にしたいという思いは、神父様と同様に程度こそあれど違いではない。
「というのが、私のこの一週間での感想かな。でも今のあの子は……」
「変わってきている、だろう?」
「お、それを言うという事はイオちゃんもなんとなく分かっているんだね」
「まぁ、な」
私の感想に関して、最後の方に付け加えようとした事をイオちゃんは言い当てた。言い当てられるという事はイオちゃんや……クロも感じ取ってはいるのだろう。
――最近、なにかあったようだしね。
マーちゃんになにがあったのかは分からないけど、今の彼女は自分を見つめ直して行動をしているような気がする。
それがなんの影響かは分からない。
共和国に居た頃の今は居ないという家族の事か。
最近は王城にいたらしいから、血の繋がった娘と息子となにかあったのか。
クロやイオちゃん達となにかあっただろうからそれの影響か。
あるいは単純に、王族でもなんでもなく、共和国での激務とやらから解放されたからなのかもしれない。
――……もしくは王城に居た間に、愛し合ったであろう相手と……まぁ、それは無いか。
どれにしろ、彼女は変わろうとしているように見える。
根本の価値や感情を理解していない、という所は時間をかけて理解していく代物だろう。私は彼女の先輩兼友達として、道が外れないように仲良くしていくとしよう。
「すまないが、マゼンタさんの事をよろしく頼むぞ、神父様、シアン。協力出来る事があれば言ってくれ」
「分かってるよ。けどマゼンタが根深くとも、今まで通りに接するよ」
「そりゃ私もこれからもマーちゃんとは仲良くやっていくよ。なにより可愛いシスター服同盟だしね! 友達として仲良くはやっていけるだろうね!」
「ああ、うむ。まさか彼女まで同じ格好をするとは思っていなかったな……。…………」
ん、なんだろう。イオちゃんや発言はしないけどバーン君が私の方を見て遠い目をしている気がする。何故だろう。
あとイオちゃんはさらに……なにか妙な間があった気がする。なんだろう、何故か読み取れない心情だ。
「それにしても、神父様はマーちゃんはそうは見えないのに、根深いという発言とかは信じるんですね」
イオちゃんの何故か寂しそうな視線は気になるが、今は神父様の先程の発言が気になっていた。
疑う事は知らず、感情に疎い神父様ではあるが、マーちゃんの事は心優しきシスターとしか思っていなかったのに、私の根深い発言はあっさり信じたのがちょっと疑問に思った。
――ふ、ここで“シアンの言葉だからな。信じられるよ”と言って貰えれば……!
そしてもしも回答が私の思った通りの言葉なら、余裕をもって返せる。
クロとイオちゃんの見てて胃もたれがする会話を見て参考にした、回答を想定した質問。これなら私もイオちゃんが揶揄っているように、神父様を揶揄える。そしてそれで狼狽える神父様を見る事が出来る……!
「シアンの言葉だからな。信じられるよ」
よし、想定通り! ここで私は余裕をもった返答を――
「なにせこの世で最も愛おしい女性だ。彼氏として充分に信じられるさ」
「わた、わたたたたたたったた」
「どうしたシアン!?」
いけない。カウンターを決めようと無防備状態に追撃を喰らってもろに受けてしまった。これは私の精神状態はガタガタになるのも無理はない。
「すみません、なんでもないです」
「い、いや、そのようには……」
「落ち着きましたから。これ以上近付くと神父様の服にスリットを入れますよ」
「え!?」
「それは脅しなのか。それとも神父様を可愛くしたいのか、シアン」
やかましいよイオちゃん。どちらかというと可愛い神父様を見て落ち着きたい方かな。
ああ、もうそれにしても、神父様の照れる姿を見たかったのに、これでは台無しだ。イオちゃんの駆け引きを参考にした行動であったが、やはり……
「私とイオちゃんじゃ恋の駆け引きのジャンルが違うみたいだよ……」
「よく分からないが私を巻き込まないでくれ」
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