追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

挿話:純白の困惑-午後-(:純白)


挿話 純白の困惑


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「……クロさん。心配してくれる優しき女性達に、不埒な想いを抱く僕はどうすれば良いですか」
「お、おぉ……うん、大変みたいだねヴァイス君……」

 掃除中にマゼンタちゃんにぶつかりそうになり、鮮やかな身のこなしにより受け止められ、頭を小ぶりで綺麗な胸に押し付けられて「よしよし」され。
 前向きになろうとしていた意気は消沈し、困惑だけが積み重なり。
 色んな感情がグルグル回って思考が落ち着かなくなっていた。
 今はクロさんをアイボリーさんの診療所で見つけ、誰も居ない診療所の一室を借りて相談してはいるが、正直言うとまともに相談できているか怪しかったりする。多分訳も分からない状況説明になっているだろし、言葉も感情的で支離滅裂だと思う。

「マゼンタちゃんは悩んでいないとなんとか誤魔化せましたけど、お昼ご飯でもまた色々と思ってしまいますし、シアンお姉ちゃんを見ても今までとは違う劣情が沸き上がりますし……御二方のスリットが、太腿が……あああああ、罪深い僕はどうすればいいんです。このままじゃ僕は……僕は……!」
「ま、まずは落ち着こうか。ね? ゆっくり深呼吸。はい、一緒に」

 クロさんに促され、合わせるように深呼吸をする。
 吸って……吐いて……吸って……よし、ゆっくり呼吸をすると診療所特有の香りを感じ、少し落ち着いた。そして同時に情けないという感情も沸いて来る。

「ヴァイス君も男だからね。綺麗な女性に目が行ってしまう事は仕様がない事だ。むしろ平然として慣れてしまっている他がおかしいからね」

 そして落ち着いた事を見てクロさんが僕を励ましてくれる。
 やはりクロさんは優しい御方だ。こんな悩みでも馬鹿にする事なく、忙しいだろうにキチンと聞いてくれている。それだけでも僕は本当にありがたい。

「……クロさんも慣れたんですか?」
「うん? 正直目のやり場に困る事はあるけれど、なんか気にした方が負けだと思うようになってきて……とはいえ、俺がヴァイス君の頃だったら多分似たような悩みを抱えるよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。あんな綺麗で健康的だったりする女性に近寄られたらドキドキするだろうね」

 意外だ。僕はクロさんが結婚してからの、ヴァイオレットさん一筋な所しか見ていなかったから、そういった所はあまり想像できない。

「……という事は、やはり慣れになるんですかね」
「そうなるかもしれないね」
「でも僕、シアンお姉ちゃんのスリットは見えそうにならない限り大丈夫なんですが、同世代の女の子の裸を見慣れる事は無いと思うんですが」
「あぁ、うん、そこは……そうだね」

 といういか見慣れたらマズいと思う。小ぶりで綺麗で上向きで――考えるな、僕。

「でも、マゼンタちゃんは僕を男として見ていないのかなぁ。だから躊躇い無く裸を見せるんでしょうね……」
「ん、どういう事?」
「ほら、小さな子に見せる感じで。異性として自分が見られると思っていないから、躊躇いが無いのかな、って思いまして」

 僕だって性を理解していないような女の子相手の前なら着替えたり、お風呂だって問題無いと思う。なにせそういう風には見られていないのだから、意識する方がおかしいというものだ。
 極端に言うと犬猫に見せるような感じで、意識をされていないからああやって見せる事に躊躇いが無いのだと思う。

「それは違うよヴァイス君。彼女は単純に善意しかないんだよ」

 しかしそう思い、クロさんに伝えた言葉はすぐに否定をされた。

「善意、ですか?」
「そ、善意。マゼンタさんは単純に “良い事を躊躇う理由”を正しく理解していないんだと思う」

 クロさん曰く、マゼンタちゃんは“他者を幸福にしたい”だけだそうだ。
 それは彼女にとっての目的の最上位に位置付けており、過去にはそのために自身の身を犠牲にしてでも成し得ようとしていた。
 だから“僕が見たい”と言う事に直結する“自分の身体を差し出す”事に躊躇いが無い。相手が見たいという欲求を満たす事で喜ぶのだから、自分も嬉しく思う。つまり自分の他者を幸福にしたいという欲求が満たされる。故に躊躇わない。

「……じゃあもしかして……僕に対して男性として価値を見出しておらず、意識もしていないのではなくて……」
「うん、むしろ少なからず好意を抱いているからこそ見せているんだと思うよ。善意をもって、ね」
「……おかしいです。それではまるで――まるで……」

 具体的な言葉は出て来ない。けれどそれはおかしいという感情だけは僕の中にある。
 神父様が自分の苦労を顧みず誰かのために働くような。
 公私の内の“公”に注力し過ぎているような。
 それでいて“私”に重きを置いているような。
 自身の犠牲を躊躇わず、自身の欲求に忠実な。
 彼女の在り方は、ひどく“曖昧”だ。

『ヴァイス先輩は存分に甘えて良いんだよー。……ふふ、よしよし。……あの子も生きていればまだこうして、今まで出来なかった事を出来ていたかもしれないのに……』

 先程僕を抱きしめて「よしよし」された時に小さく消え入るような声で呟き。僕と同じくらいの外見でありながら母親の様な母性を感じた時のように。あの子は自分の事を正しく理解していない。

「…………」
「ヴァイス君?」

 なんだろう、腹が立って来た。
 何故かは分からないが腹が立つ。ムカムカする。
 普段はこういった感情は抑えていた……シキに来るまでの僕はこういった感情を向けられて来た側なので、表に出す事が苦手で抑えていた。意識しないようにしていた。

「クロさん。僕、これからなにをするか目的が決まりました」
「え、今の会話で?」
「はい。僕は――」

 けどなんだろう。先程まで僕は彼女に対し様々な劣情を抱くという、修道士にあるまじき感情を抱いていたのに、今は違った意味であるまじき感情を抱いている。
 なにせあの子はあんなに可愛い子なのに、自分の価値を理解していない。
 そして自分の欲求に忠実すぎる身勝手さもある。
 別にずっと清らかにいろとか、汚く生きろとか言うつもりはない。清濁併せてこそのヒトであると僕は思っている。

――まぁ、つまりなんと言うか。

 あの子が羞恥を覚える様な。
 あの子が躊躇いが生まれるような。
 魅力的な女性だと思って貰えるような。
 “自分の価値を理解していない彼女”に、自分の価値を理解して御身を大切にしてくれるような。
 “自分の中の世界で完結せずに、外に目を向けてくれるよう”に――

「僕はあの子に女の子として悦びを教えてあげます!」
「うん、その意気は買うけど、その言い方はちょっとやめようか」

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