追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

根深い所にあるナニカ(:紺)


View.シアン


 妙にそわそわして落ち着かないスイ君を、私とマーちゃんがどうにかして励ましていた。しかし元気を良くしようと私が近づいたり、マーちゃんが正面に回り込んで顔を覗き込んだり、仲良く三人で肩を組んでも一向に様子は変わらない。むしろ視線を逸らされるばかりだ。

「おっと風が……うーん、このままだと雨降りそうだねー」
「マーちゃんそういうの分かるんだ」
「カンだけどねー。あれ、どうしたのヴァイス先輩?」
「? ほんとだ、スイ君どうしたの?」
「……なんでも……ないです……」

 そしてふとした風が吹くと、スイ君は今度は視線を逸らすどころか身体ごと明後日の方向を向けていた。……今日は体調が悪いのだろうか。スイ君は日差しが苦手であり、今日は空は一面雲模様なので大丈夫かと思ったけど、本当は体調が悪くてそれを隠しているのかもしれない。
 シキの案内はこれくらいにして、一度教会に戻った方が良いかもしれない。

「……マゼンタ様?」

 戻るか戻らまいかと悩んでいたある時、マーちゃんの名を呼ぶ男性の声が聞こえた。
 娘が毒を進んで摂取するという奇行に走っても、頭は痛めて説教する事はあっても怒る所を滅多に見ない、穏やかで落ち着きのある声の持ち主。
 植物の声を聴いているのではないかと思う程に薬草探しが上手く、調合技術も優れている私の知る中で一番の薬師と言っても過言ではない彼は……

「あ、グリーンさん。こんにちは」

 そう、グリーン・キャット、私が呼ぶ渾名はリーンさん。
 そんな彼が、薬草が多く入った籠を背負いながら、なにか信じられないモノを見るかのような目でこちらを……マーちゃんの方を見ていた。

「グリーン? ……あ、お久しぶりですね、先生。お元気そうでなによりです」
「……ええ、お久しぶりです。クロ君に話は聞いていましたが、本当に貴女なのですね」

 そしてマーちゃんが挨拶を返すと、リーンさんはなにかを認めたかのような表情になり、いつもの柔和な表情となった。
 ……この感じを見るに、多分クロからマーちゃんについて私以上に詳しく聞いているようだ。クロが“一緒に住む訳でも無い相手に話している”、という事はそれなりの理由があっての事なのだろう。

「ええと、お二人は知り合いなんですか?」

 両者の反応を見て、そして熱が引いたのか、いつものような調子のスイ君が不思議そうな表情で聞いた。
 あまり触れない方が良いかもしれないけど……私も気になるし、聞いてしまった以上は私も聞く側になるとしよう。そしてなにか言い辛そうであったらそれとなくフォローするとしよう。

「うーん、簡単に言うと、私の恥ずかしい所を全部見せた仲?」
「えぇ!?」

 どういう事なのだろう。

「……じょ、冗談ですよね? ね、グリーンさん?」
「あながち間違いとも言えませんね」
「ええ!?」

 冗談を滅多に言わないグリーンさんですら認めた。本当にどういう仲なのだろうか。
 ……昨日少しだけクロとの接触を見た限り、異性にもグイグイ行くタイプなようなので昔の……若返る前とやらに関係を持ったりしたのだろうか。

「想像しているような感じではありませんよ。彼女の……体調が優れない際に、私が医者として彼女の身体を診察した、というだけです」
「そ、そうなんだ……あ、そうなんですね。……シスター・マゼンタ。あまり揶揄わないでください」
「あははは、ごめんね」

 ああ、なるほど。リーンさんは誤魔化したようだが、多分自分の子扱いではない自分の子の、上か下かのどちらかの出産の際に助産師として立ち会ったのだろう。
 リーンさんはどうも昔は貴族だったような品のある物腰の時がある。そして面倒事を押し付けられるタイプの性格だ。秘匿事項であっただろう最初と二回目のマーちゃんの出産を押し付けられて、そのまま今のように薬師に……といった所か。
 ……まぁ、詳細は知らずとも良いし、変に勘繰るのはこれ以上止めよう。リーンさんは私の中で腕と人の好い薬師。これで充分だ。

「しかしマゼンタさ……んは、お元気そうでなによりだ。以前と変わらず太陽のように明るい」
「ありがとう、先生。そして……あの時は貴方が居てくれたお陰で私とあの子は処置後も問題無く過ごす事が出来ました。改めて感謝いたします。そして私のせいで貴方は……」
「いえ、構いませんよ。元々あの生活は私に合わなかったのですから、良いキッカケになりましたよ。……それに軍医として現場に出る羽目になった私を助けてくださったことも有りますし、そのお礼をしただけですよ」
「ふふ、そんな事もありましたね」
「軍医?」
「ああ、彼女が妊――体調が優れない際に私は彼女と数週間同じ屋敷に一緒に居たのだけど、その時に療養の地でモンスター襲来があってね。屋敷からは遠かったんだけど人手不足という事で軍部の方々に協力し、軍医として私も出る羽目になったんだよ」
「それで先生は出た先で足を怪我をしてね。さらに襲われる! という時に私はモンスターを倒して、先生の治療をしたんだ」
「驚きましたよ、あの時は貴女はあの状態で私の代わりに軍医として治療をしましたし、モンスターも討伐するんですから……しかも色々隠して周囲に貴女とバレないようにしたら、最後までバレませんでしたし」
「あははは、若気の至りだね!」

 ……ん? それってつまりお腹に生まれるかもしれないという子供がいる状態で、軍部が駆け付ける程のモンスター被害の地へ駆け付けた挙句、モンスター討伐して被害者の治療に尽力したという事? ……なにやってんのマーちゃん。

「へぇ、グリーンさん達にそんな過去が……あれ? でもマゼンタちゃんの年齢は……あれ?」

 そしてスイ君は私とは違った意味で理解できなさそうな表情で悩んでいた。

「ですが貴女がシスター、ですか」
「うん、そうだよ。これからよろしくね先生!」
「はい。これからも娘共々よろしくお願いします。……ですがマゼンタさん。その格好は……」
「あ、これ? どう、可愛いでしょこのシスター服! シアン先輩とダブルで可愛い、だよ!」
「……貴女が楽しそうでなによりです」

 ん、なんだろう。リーンさんがマーちゃんと私を交互に見て複雑そうな表情をした後、スイ君と目が合って言葉を交わさずになにか通じ合って頷き合っていた。……なんだというのだろう、なんかスイ君が神父様と気持ちを共有している時みたいだ。
 やっぱり男同士だと分かる事があるというやつなのだろうか。ちょっと羨ましい。

「あ、シアン君。ちょっと良いかな」
「はい?」

 マーちゃんとリーンさん一言二言話し、服に対してなんとも言えない反応をされた事に対しマーちゃんがスイ君に「ヴァイス先輩は可愛いと思うよね?」と服をヒラヒラさせて感想を聞いてスイ君が再び顔を赤くしている中、リーンさんは私に小さな声で声をかけて来た。

「マゼンタ様の事をよろしくね。彼女はとても変わっているけど、悪い御方では無いから」
「はい」

 それは分かっている。
 悪い子ではない。善意を持って、善行を成そうとしている子だという子は、昨日と今日とでよく分かる。

「けど、悪くはないけど、だからと言って……」
「分かっていますよ。仰りたい事は、よく分かりますから」
「そうかい?」
「ええ。これでも相手の機微には敏感なので」
「……そうだね。君はそういう子だ。……彼女の“モノ”は根深いからね。以前会った時と比べると変わってはいるようだけど……本当に、よろしくね」

 だけど善意で善行を成そうとしたからと言って、結果が善行になるとは限らない。善意の有難迷惑なんてよくある話だ。
 そして多分彼女の場合は間違いなく善行を成し得ているんだけど……リーンさんの言うように、多分根深い所にナニカがある。
 ……けれど。

「ですが、大丈夫ですよ。あの子は……マーちゃんは――――――」

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