追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
とある夫婦が目覚めてから
朝。
日が差し込み明るくなったのを感じ、俺は瞼を開けた。
――良かった、眠れはして。
最初はかなり早く脈打つ心臓のドキドキのせいでこのままでは眠れないのではないかと思っていたのだが、しばらく経つとヴァイオレットさんの可愛らしい寝息と、後ろからの温かさと安心感を伴う心地良さのお陰で微睡みの中に沈む事が出来た。
「ふぁ……」
とはいえ、ちょっと寝不足気味だ。二度寝をするという贅沢をしたいところだが、今日の仕事をサボる訳にはいかないし、アンバーさんに任せなくてはいけない仕事を朝に告げないと駄目なので、二度寝はまた今度にするとしよう。
「朝のランニングだけはやめておこうかな……と、それより。ヴァイオレットさーん。起きてくださーい」
「んむぅ……」
俺は後ろで未だに俺を抱き枕のようにしながら寝ている、可愛らしい妻に声をかける。
昨日は俺のせいで遅くまで起こしてしまっていたし、ヴァイオレットさんは俺よりは体力も少ないので寝る時間も俺より少し長めなのでまだ眠って貰っていても良いのだが、時刻は朝食の時間に近い。そろそろ起きて貰うとしよう。
「ぅー……おはよう、クロどの……」
「はい、おはようございます。先に着替えてますね」
「ぅん……ぅん……」
ヴァイオレットさんは抱き着くのを止め、意識が曖昧な状態で返事をしつつ、ベッドのサイドに移動し起き上がって座る。
ヴァイオレットさんの寝起きは悪くは無いが、覚醒に少々時間がかかる。あの目を瞑りながら座った状態を五分ほど維持していると段々と目を覚ましていき、目が開くと意識がハッキリと覚醒するのが毎朝の行動である。
ちなみに以前、寝室が同室になってすぐの頃、覚醒するまで座っているヴァイオレットさんをずっと眺めていたら、覚醒して目が合い、数秒の無言の後に顔を赤くして逃げられたりもした。その日はそれ以降可愛らしくそっぽを向かれたので、あまりしないようにすると決めたものである。
――まぁ、ギリギリまで見てるんだけどな!
俺は朝の目覚めは「起きる!」と決めたらすぐに起きる事が出来るのでそれなりに良い方だ。なので今日のように同じ時間に起きる場合だったり、朝の鍛錬から帰ってヴァイオレットさんを起こす際にはバレないギリギリまで眺めたりする事もある。
我ながら悪趣味だとは思うのだが、それもヴァイオレットさんが可愛いのがイケない。普段の凛々しさのギャップが素晴らしくて素晴らしいと思うので素晴らしい。
「では、先行ってますねー」
「うん……すぐに後から行く……」
ああ、本当に素晴らしく可愛い。
そう思いつつ、前日にバーントさんかアンバーさんが用意した着替えに着替え終わり、俺は寝室を出るのであった。
「…………」
「…………」
「…………」
「あの、おはようございます。バーントさん、アンバーさん。部屋を出た瞬間の視線の先に無言で立たれると怖いんですが」
「おはようございます、御主人様。……寝起きの御令室様の声って良いですよね」
「おはようございます。御主人様。……寝起きの御二人様の香って良いですよね」
『それでは失礼いたします。朝食準備は出来ていますので、お待ちしています』
「アンタらそれ言うためだけに待機してたんかい」
中に俺達のどちらかが居る状態で寝室には呼ばれない限り入らないようにしている双子の従者兄妹は、表情を崩さないが何処か羨ましそうにしつつ去っていくのであった。
―ーこの双子もシキに馴染んで来た感があるなぁ。
……まぁ、来た時から馴染んでいた気もするが。
◆
「御令室様、食後の紅茶になります」
「ありがとう、アンバー」
朝食を食べ終わり、優雅な食後のお茶の時間。
先程までの寝起きの妙な行動は実は寝ぼけて見た光景だったのではないかと疑ってしまうバーントさんとアンバーさんの働きを見つつ、食べ終わった後にバーントさんがキッチンに行って淹れてくれた俺は食後の珈琲を啜る。
ちなみに我が屋敷では食事の際は、お客でも居ない限りは基本屋敷に居る全員で食事をとる事にしている。初めは遠慮していたバーントさんとアンバーさんではあるが、俺達のおど――お願いにより、今では一緒に楽しく食事を取っている。
「御主人様、珈琲の味は如何でしょうか」
「? 美味しいですよ」
「いえ、グレイ君と比べて美味しいかを……!」
「あー……まだグレイですかね。とはいえ俺の舌の好みに合わせているからだと思いますが」
「くっ……まだまだ修行不足ですか……!」
「御令室様は私の今日の料理は……」
「アンバーが作った今日の料理も、淹れた紅茶も美味だぞ。ただ、シキの食材に会った調理に関してはアプリコットの方がまだ一枚上手だな」
「くっ……もっと精進せねば……!」
バーントさんとアンバーさんはどうやら料理に関してはアプリコットと神父様、お茶や珈琲に関してはグレイを超えるように日々努力をしている。俺達からすれば十分ではあるのだが、二人は「上を目指したいからハッキリと評価して欲しい」という事なので求められたら一応評価はしている。……とはいえ、俺はヴァイオレットさん程の繊細な舌では無いので、評価としては曖昧な所は有るけどな。
ともかく食後の会話を楽しみつつ(?)、朝のゆっくりとした時間が流れて行く――って、そうだ。アレを伝えないと。
「アンバーさん、すみませんが貴女にとても大切な仕事を任せたいのですが」
ふと、昨日夜にある依頼を受け、伝える事が出来ずにいた事を思い出しアンバーさんに話しかける。
「――はい。なんなりとお申し付けください、御主人様」
そしてアンバーさんはやはり今朝の光景は幻だったのではないかと思うような切り替えを行い、俺の言葉を待つ。……本当、仕事に対しては真摯で優秀なんだよな、この二人は。
「実はですね」
「はい」
まぁそれはともかく、とても大切な仕事を告げるとしよう。俺には絶対にする事が出来ない、とても重要な仕事を彼女に頼むのだ。
「コーラル王妃の身体を採寸して来てくれません?」
「……はい?」
そして俺の告げた仕事の内容に、アンバーさんは理解が出来ない様に固まった。……うん、そうなるよな。
「ああ、もしかしてクロ殿の裁縫の腕を聞き、コーラル王妃がなにか依頼したのだろか」
「ええ、それに最近サイズを測っていなかったらしいので。これを機に測ろうと思ったそうなのですが、独りでは測り辛いので誰か採寸に協力出来ないかと昨日頼まれまして」
「なるほど、だからアンバーか。……頑張ってくれ、アンバー。重要な仕事だぞ」
「はははははは、はい……!」
おお、普段は大抵の仕事をそつなくこなし、気が付けば色んな事をやっている優秀なアンバーさんではあるが、内容が内容だけに緊張しているようだ。
そして内容的に兄であるバーントさんには出来ないと理解しているので、独りでするプレッシャーに身を震わせているようだ。
「すぅ……失礼致しました。不肖アンバー、必ずやこの大役をこなしてみせます」
しかしアンバーさんはすぐ落ち着きを取り戻し、覚悟の決まった表情をした。
流石はプロの従者だ……と言いたいが、アレは多分近くに居るヴァイオレットさんの香りを吸い込んで落ち着いたな。……まぁヴァイオレットさんに迷惑はかけていないので良しとしよう。
「では早速宿屋に行って頂けますか? コーラル王妃ことリアさんがお待ちですので」
「片付けは私がしておくから、行ってこい妹よ。重要な任務だ、無事こなしてきてくれ」
「私も行く事が出来れば良いのだが……」
「いえ、御令室様はお仕事があります。私は私の仕事をこなしてみせます!」
「ああ、期待しているぞ」
俺がサイズ記入用の用紙を渡し、皆が励ましの言葉を告げつつアンバーさんを見送った。
相手が相手なので少々思う所はあるが、アンバーさんは優秀であるし仕事中は平静を装うのが上手いので心配はしていない。それにコーラル王妃もちょっとの粗相でなにかする御方でも無いしな。……それに最近娘候補とかとシキで色々やって楽しそうだしな、王妃様は。
「では、私も片づけを致しますので。カップは飲み終わった後に机に置いておかれれば、後は私が片付けますので」
そしてアンバーさんを見送ったバーントさんも、食事の時間が終わったので仕事モードに入り、キッチンへと向かって行った。相変わらず仕事になると見本のような執事ぶりである。
「私達も飲んだら今日の仕事をするとしようか」
「そうですね」
さて、バーントさんとアンバーさんだけに仕事をさせて、俺達がなにもしないという訳にもいかない。
今日の仕事は外でシキを見て回ったり、市参事会の方と打ち合わせを宿屋で行ったり、その他資料に目を通したりなどである。
以前と比べると何処かの第二王子の嫌がらせと言うか、俺を思っての傍迷惑な行動が無くなったので仕事は少なくなったのだが、それでも仕事が無い訳では無い。今日も領主として頑張らないとな!
「あ、ですがその前に」
「?」
しかしそれはそれとして、市参事会と打ち合わせまではヴァイオレットさんとは別々に仕事をする。
なので仕事を始める前に一つ補給をしておくとしよう。
「んっ――」
「――――」
そう思ってヴァイオレットさんに近付いた後。顔を互いに近付け、先程まで飲んでいた珈琲の味とは違う紅茶の味を紅茶を飲まずに味わいつつ。
「――ふぅ。珈琲の味が少しするな。それと」
「少し甘い、ですか?」
「うむ、そうだな。……それでは」
「ええ、今日も頑張りましょうか」
そして俺は味わいながらも愛しの妻を感じ、今日も家族のために頑張ろうと思うのであった。
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