追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

王妃の休日_8(:珊瑚)


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 火照る互いの身体。
 滲み出た汗は皮膚を艶っぽく湿らせ。
 部屋には交じり合う私達の体臭が充満する。

「……ふぅ――はぁっ」
「……はぁ――んっ」

 漏れ出る互いの熱を帯びた吐息。
 互いに邪魔な服は脱ぎ捨てているため、相手の状態が良く分かる。
 パチ、パチ、パチ。と。そんな小気味の良い音が耳に入る。

――気持ち良い。

 私はクロ君を満足させるために我が身を差し出す申し出をした。
 しかし今の私はクロ君だけではなく、自分にも身体の充足感が満たされていた。
 この特別な気持ち良さを味合うのは私も十数年振りであり、懐かしき感触が心地良く、私に生を実感させてくれる。
 心の底から味わう満足感。まさかクロ君のお陰でこの感情を思い出すとは思わなかった。
 ああ、本当に――

「なんで俺……私は王妃様とサウナに入っているのでしょうね……」

 やはりサウナは良いモノだ。
 この熱さと心地良さは戦闘とは違う恵みをこの身体にもたらしてくれる。

「何故もなにも、私はクロ君と一対一で話しをしたい。そしてクロ君は領主としてこのサウナが上手く機能するかを試す必要がある。だから私と一緒にサウナに入っているんじゃないか」
「いや、まぁそうなんですけど……」

 クロ君はどうやらこの温泉施設の隣……というよりは温泉施設に繋がる形でこのサウナ部屋を作る計画を立てていたようだ。
 そしてシュバルツ君がクロ君にサウナ用の特殊火術石を納め、今日この日に実験をする事にした。本当は独りでは危ないので安全策として準備が整い次第、誰かを呼んでくるつもりだった。
 そこで私は、私もクロ君とは話がしたかったし、丁度良い機会だと思いそのもう一人の誰かに立候補し、こうして共にサウナに入っている訳である。ちなみにクロ君は色々と渋ったのだが、私が色々と言いくるめて入っている。

「その……王妃様。私のようなその……異性である男とこのような格好で一緒に入るのは、やはり如何なものかと……」
「その件に関してはもう話が付いただろう。サウナに入るのに通常の服という訳にはいくまいし、裸では無いのだから良いだろう」
「ええと、確かに裸ではありませんが……」
「ならばサウナのこの湯着かタオルか裸で入るというマナーに従うべきだ。大体服でサウナは危険だろう」
「…………そう、ですね」

 ちなみに私とクロ君はサウナ湯着――バスタオルのような材質の布の服を身に纏っている。ハッキリ言うならばこのような格好で、家族以外の異性の者と入るなど王妃の立場ではまず有り得ないが、今は問題無い事だ。

「それに私はクロ君が脱げというならば、この湯着も脱ぐぞ」
「言いませんよ!? お、御身を大事になさってください!」
「安心しろクロ君。我が身は聖槍の加護により老化が少し遅くなっている。鍛錬も欠かさないから身体は綺麗だ」
「その情報で私はなにを安心すれば良いのです!?」
「そうか……若く美しいヴァイオレット君の綺麗な身体に見慣れているから、私では不満か……」
「え!? ええと……王妃様もお綺麗だと思います。男として見惚れるお身体と思いますが……!」
「ああ。身体は整えているし、この胸は戦闘ふだんでは邪魔だとは思うが、張りと大きさは自慢だ。ヴァイオレット君にも負けんぞ。触らせろと言うのなら触らせても良いぞ!」
「言いませんし、お願いしますから御身を大事になさってください……!」

 クロ君はそう言いながら、自慢と言いながら胸をはった私の代物に一瞬目が行ってすぐに目を逸らした。
 うむ、健康的かつ紳士的でよろしい。本音を言えば自慢とは言うが、好きでもない異性や様々な雑言を言う同性などに見られるだけで不快ではあったのだが、まぁそれはそれだ。

「というか、国王陛下以外の異性に触らせるのは良く無いでしょう。冗談でもそのような事は――」
「冗談ではない。クロ君が望めば私は脱ぐし触らせるし満たしもしよう」
「はい? ……え、満たす?」
「先程言っただろう、この身体を自由にして良いと。……つまり、そういう事だ。正直言うのならこの湯着でサウナに入り、汗ばんだのもクロ君を誘惑――コホン、興奮させるためだったりする」
「さっきの俺への理路整然とした色々な説得や、働き詰めで癒されたいから王妃として懐かしきサウナを味合わせて欲しいという願望は嘘だったんですか!? というか言い直した意味ありませんよね!?」
「サウナに入りたい願望も本音ではあるが、クロ君へのお返しには私の持てるものを大いに使いたい。そして英雄色を好むと言うからな。私の身体を見せ興奮するなら私なりに応えようとした!」
「そちらの方面ではしなくて結構ですよ!」
「なるほど、ヴァイオレット君で満足しているという事か」
「はい、とても満足です! ……あ、今のは誰にも言わないでください」

 違う意味で妙に興奮して立ち上がっていたクロ君は、満足という心からの本音であろう事を言いはなった後、何故か急に自分の言葉に冷静になったかのように落ち着き、サウナの熱とは違う形で頬を赤くしストン、と座った。
 ……やはりクロ君は生きた年齢よりは子供のように見えるな。同じ年齢の男性というよりは、やはり二十歳の青年として見た方が良いかもしれない。

「というか、何故そちらの方面に行こうとするんです。先程の説得のように、戦闘とか資金や融通の方面で充分でしょう。俺――私になんで身体を許そうとされるのです」
「なにを言う、私はクロ君にとっては敗北の王妃。そして戦争で敗北した高貴な女を前にした男の欲望など、そちらの方面だろう」

 メアリー君のマナー云々を置いておいても、そのくらいは理解している。

「それはまぁ……否定は致しませんが。シュバルツさんに私は愛妻家と聞かれたのですよね? であればそちらの方面で誘惑はしないでくださると助かります。私は妻を愛しているのです」
「愛妻家だと私も周囲も思っていた男が、性欲と誘惑に負けたという身近な例があるのだが」
「え」
「初めての妊娠と、双子という事で私もバタバタしていてな。妊娠中と産後に相手をしきれなかった訳だ。そして遠出の際に“ああなった”訳である。……やはり愛はあっても性欲とはどうしようもない時があるのだな、と思う訳である」
「物凄く返答に困るのですが」
「あの時の夫は私とタイプが違う相手だから興奮したとすれば、同じ男であるクロ君も愛妻家故に妻を大事にするから、私に愛する妻に出来ない事をさせればクロ君も私への鬱憤が晴れるだろう。だから私は覚悟を持って愛ではない欲を受け止めようとした訳だ!」
「ええー……」

 私が改めて立ち上がり言うと、クロ君は反応にとても困っていた。
 同時に立ち上がった事により座ったクロ君の目線の高さに丁度私の身体が目に入ったので、改めて目線を逸らして私の顔を向く。

「コーラル王妃が女性として魅力的なのは重々承知しておりますが、私の情欲は愛があるから大きく、そして長く満たされます。そして今の所愛する女性は我が妻のみですので、申し訳ございませんがその申し出はお言葉だけ頂戴いたします」

 そしてクロ君も立ち上がり、困ったような表情から青年らしい真っ直ぐな表情で私にそう言いのけた。
 ……クロ君は私の発言に困りはしたが、言いたい事は言わねばならぬとすぐに切り替えたようだ。そして言葉には嘘偽りはなく、一時的な欲求が満たされても満たされた後は大きく長く紡いでいこうとする愛は失われるのだと、強い意志で告げていた。

――これは、クロ君には不要な代物であったか。

 場合によってはヴァイオレット君にバレぬようにいくつか信用の出来る美しく若き女性を紹介……とも思ったが、クロ君には迷惑でしかない行動という事か。
 ……こう言って貰える男性と夫婦のヴァイオレット君が羨ましいと思ったら、それは私にとって先程までとは違う意味での不貞になるだろうか。

「では、他になにを望む」
「なにを望むとは?」
「あの時は言えなかった事があるだろう。周囲の目や夫……国王の御前が故に言えなかった個人的な望みだ。いわゆる私の身体を自由にして良いという類だ」
「身体を自由に云々説明で良いのか問い質したいですが、私は充分に融通を利かせて貰っていますよ」
「遠慮する事は無い。クロ君達の厚意により私はまだ王妃という立場だからな。個人資産や便宜を図る程度は出来る」
「申し出だけで充分ですし、王妃という立場でこの国を支えて下されば、私としては――」
「他で言うと――カーマインの事などだ」
「――――」

 私の言葉に、クロ君は先程までとは違う表情へと変わる。

「……カーマインがシキでしでかした事、学園祭でのクロ君が行動を起こした理由も私は知って、受け止めた。許される事ではない。許して良い事ではないと、目を逸らしていたがキチンと理解した。……それを前提にして、私はクロ君に聞きたい」

 クロ君の表情は、不快とも真剣ともとれるような、あるいはどちらでもないような感情を伴う表情であり。
 その表情を見て私は、“クリームヒルト君の兄なのだな”と何故か今納得した。

「クロ君は――カーマインをどうしたい?」

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