追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

王妃の休日_4(:珊瑚)


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「――はは、やはり変えたのは恋心が影響している、という事か。良い恋愛をしているようでなによりだ」
「ええ、とても良い恋愛をしていますよ! ……ですが良いのですか。私の相手は一般女性としても、王族としても良くは無い相手ですのに……」
「それを理解した上で愛そうとしているのだろう? であれば私は文句はないし、それに……」
「それに?」
「過去の過ちについて許せない私の事を利用して、“どのような事を言われようと好きな相手と絶対に結ばれてやる!”くらいの気概で良いんだ。後ろめたい事がある権力者の弱味を握っている、というのは実に良いぞ。後ろめたい私は存分に利用されてやる」
「…………。ぷっ、く、くく……そ、それを自分で言いますか……くく……!?」
「姉さん、笑い堪えて……くっ……」
「ヴァーミリオンも笑っているじゃん……!」
「す、すみません、つい。申し訳ありません母上……!」
「構わんさ。しかし……うむ、やはり行く事にするか」
「何処にです?」
「いやな、本当はもっと我が子達と接したいが、お前達にも用事はある。だが休みはまだある。だから羽を伸ばそうと出かける事にしたのだが」
「ほう、どちらに行かれるので?」
「シキだ」
「……はい?」
「我が子達好きな相手や、変わるキッカケにもなったクロ君がいる――シキに行く」







 という訳でそれなりに自慢の珊瑚赤黄色の髪を黒色に魔法で染め。
 青い目も黒くし、冒険者のような衣装に身を包んで変装をし、私はシキという地に向かう馬車に揺られていた。
 それなりに早いスピードで走る馬車は、普段乗っている馬車とは違った趣があるし、こうして仕事の事に捕らわれず窓の外を見るというのは新鮮味がある。

――久方ぶりだな、こうやって王妃としてでもなく、公務でも無い形で何処かへ赴くというのは。

 今回は王妃として振舞うために訪れるのでも無く、公務で僻地に向かて指示を出すのでも無い、いわゆるお忍びの旅路だ。
 それも反抗勢力を調べるための身分を隠しての調査などでも無く、私が行きたいと思ったから目的地を決め、移動手段も時間も自分で決めた休みを、自分のためだけに使う旅路だ。このような旅など……最後にしたのは幼少期以来かもしれない。それ以降はずっとあの馬鹿な親達が行動を制限するか、夫や……親友と一緒に何処かへ行くかだった。
 要するに独りで旅をする、というのは久方ぶりなのである。
 ヴァーミリオンには「護衛を連れた方が」とは言われたが、私は立ち上がって「どうしてもこの身とこの目だけで訪れ、確かめたいのだ」という意志を告げると、ヴァーミリオンは私の強き意志を読み取ってくれたのか、独りで行く事に賛成してくれた。
 その際に何故かヴァーミリオンに目を逸らされたが、私はせっかく親子としての絆が深まったのに離れる事になったのを寂しがっているのだと思い、立ち上がったままより近付いてあげると「その状態で近付かないでください……!」と寂しがっているのがバレて恥ずかしそうに赤くなっていた。
 その表情といい、裸の付き合いでは色んなヴァーミリオンの一面を見る事が出来て満足である。

「なにか良い事があったのかな、美しきお嬢さんフラウ

 私があの時の事を思い出し頬を緩ませていると、それを見た女性が私に話しかけて来た。

「ああ、一昨日に良い事があったんだよ、美しきお嬢さんミズ

 私はこういった相席になった相手との会話も旅の醍醐味だと思いつつ、話しかけられたので外を見ていた視線を女性の方へと向けた。

――これはまた、珍しい相手と相席になったものだ。

 私と一緒に馬車に乗っている唯一のお客である彼女は、ヴァーミリオンより少し年上程度の帝国の言葉を交える言葉を話す黒い髪の美しき女性であった。
 私も外見には自信がある。そして美醜の定義は多岐に渡るとは理解しているが、それでも私が例え彼女と同じ年齢に戻れたとしても、美しさに関しては素直に敗北を認めるほどに彼女は美しかった。
 乗る時はあまり顔が見えず、今もそうだが露出が少なかったが、こうして顔を見るとこれは隠しているのが勿体ないと思うほどだ。むしろ周囲に言い寄られるので敢えて隠していたのか、とすら思える。

「今まで私は娘と息子と壁があったんだがね。腹を割って話したら思ったより話す事が出来て、一歩普通の家族に近付けたんだよ」
「ほほう、それは良い事だ。家族と言うものは大切だからね。私も最近壁があった弟と歩み寄れたから気持ちは分かるよ」
「君の弟か。それは君に似て美貌で他者を惑わしそうな美しき弟であろうな」
「おや、嬉しい事を言ってくれるね。それを言うなら貴女の子供も美しき子供で人々を魅了するだろう。とはいえ、貴方の子はまだ幼いだろうから、これからという感じかもしれないが」
「いや、私の子は君と同じくらいの子だよ」
「ほう? ……いやはや、これは失礼。てっきり貴女は二十代かと思っていたが、私くらいの子がいるとなると十五で産んだとしても三十二程度か。麗しき美貌の秘訣を教わりたいものだ」
「はは、ありがとう。だが私は四十五でね。流石に衰えがあるから、君の美貌の秘訣を知りたいくらいさ」
「……これは驚いた。森妖精エルフ族という訳でも無いのに、その年齢で若々しきその美しさと色気か。貴女にますます興味が湧いて来た」

 暇つぶしかのように話を始めた女性だったが、私に興味を持って会話に乗り気になって来る。初めは私も私の事を王妃と知って話しかけてきたのではないかと、注意を払ってはいたが、どうやら私の変装が上手く行っているのか気付いているという様子は無かった。

「ああ、自己紹介が遅れたね。私はシュバルツだ」

 そしてこの美しき女性の名は、これは奇縁と言うべきなのか、私の異名と同じ名を持つシュバルツという名であった。
 彼女は移動フリー商人をやっている者らしく、最近は王国を拠点とする事が多いらしい。そして今回シキに行くのは、先程言った弟がシキで修道士見習いをやっているという事と、あの地が彼女に合う空気だからとの事だ。

「シキで修道士ブラザー……か」
「どうかしたのかな、リア君?」
「いや、私の知り合いで今度シキで修道女シスターになる子が居てね。ちょっと気になったんだよ」
「ほう? という事はヴァイスの後輩になるのか……差し支えなければ聞いても良いかい?」
「あー……私なんかより働き者の子で、人当たりの良い子。けどちょっと前のめりと言うか、自分を犠牲にして周囲を助けようとする子でね。色々あってシキに行くんだよ」
「神父様と似たようなタイプか」

 私のつい出てしまった言葉に対する説明に納得をするシュバルツ君。
 ちなみに“リア”と言うのは私の偽名だ。異名の【黒衣のシュバルツ・女騎士ヴァルキュリア】の最後の二文字をとって、リア。単純だが、偽名なんてそんなもので良いだろう。

「という事は、君はその子のための下見かな?」
「下見?」
「あれ、違うのかな。てっきりその子が心配だから、これから行くシキを先に様子見するのかと思ったけど……」

 ……何気ない表情ではあるが、これは私に探りを入れているのだろう。
 ただ私を王妃という事に気付き情報を聞きだそうとしている、という訳ではなく、シュバルツ君の弟がいるシキで私が妙な事をしないのか、という意味での探りであろう。ようは今度来るシスターの事も含め、信用に足る相手か小さな会話から見極めようとしている。……彼女は結構な修羅場を潜ってきているようだ。

「シキに行く理由は色々あるが、領主が気になってね」

 とはいえ、折角の縁を持った相手に隠すほどの事でも無いので素直に話すとしよう。

「クロ君の事かい?」
「知っているのか?」
「まぁ色々とね。彼が気になるのなら私が間を取り持とうか?」

 これは善意で言っている……というのもあるだろうが、クロ君と話させた方が私という存在を見極められるから、と思っているようである。そうさせる程にシュバルツ君はクロ君の事を信用しているようだ。……そうさせるなにかが過去にあったのだろうか。

「とはいえ、気になるという理由次第だけどね」
「というと?」
「仮に異性として気になる、というのなら流石に紹介は出来ないという事さ。彼は愛妻家で、彼の妻も愛夫家だからね。その関係性を私は崩したくないんだよ」

 ……ええ、とてもよく知っているとも。なにせあの夫婦は……

「生憎と私は夫を愛しているからね、それはないよ」
「ほう、ではなにが気になるのかな」

 あの夫婦の関係性はともかく、私が彼を気になる理由。
 それはスカーレットの事や以前の一件もあるが、なによりも――

「彼はね、とても強いんだ」
「ん?」

 そう、彼はとても強いという事である。
 精神的なものではなく、肉体的戦闘能力という意味での強さ。
 なにせ聞く所によると、肉体が全盛期に戻った私の親友と殴り合って互角に渡り合ったというのだ。
 あの私が聖槍を持ってようやく渡り合えた親友と、殴り合いで互角だ。なんと言う事だろう。

「彼の戦闘能力は目を見張るものがある。それを思うと――」
「……思うと?」
「私は彼と戦ってみたいんだよ……!」
「そ、そうなのか」

 私は強き者と戦うのが大好きだ。最近は王妃としての仕事などで一線から退いていたが、最近戦った若き力達のお陰でその熱が再燃した。
 そしてそんな中聞いたクロ君の戦闘能力。そんな強さの情報を知って黙っていられようか。いや、いられない。

「ふ、ふふふふふふふ。ああ、この想いを早くぶつけたい。早く戦いたいぞクロ君……!」
「……なんというか、クロ君もまた目を付けられちゃったんだね……」

 ああ、早く戦いたい。戦いたいぞクロ君。
 色々話し合った後は、存分に戦い合おうじゃないか……!

――とはいえ。

 ……しかし、それもこれからシキに行って、改めて許されたらの話ではあるが、な。




おまけ シキに行く事を伝えた後の親子の会話


「……母上」
「なんだヴァーミリオン。やはり今までの分甘えたいのか? ほらおいで」
「いきません。……最近の母さんみたいなことを言わないでください」
「ぐふっ!」
「え、な、何故ダメージを!?」
「多分なんか若返ってた今の状態の母さんと同じと言われて、ショックを受けたんだよ」
「ふ、ふふ……大丈夫さ。それでなんだいヴァーミリオン……!」
「え、ええと……シキに行かれるのは構いませんが、クロ子爵達にこのような事は提案しないでくださいね?」
「このような事?」
「母上はクロ子爵の事を嫌っていました」
「そうだな」
「なので今までのようになる事無く、これからは仲良くなるために、今この状況のような裸の付き合いを提案はしないでくださいね」
「なにを言うヴァーミリオン。成人した男性相手にする訳ないだろう」
「え」
「私は王族に嫁いだ王妃である以前に、夫も子も持つ母であり女だ。夫であるレッド以外の異性に、裸体を晒すものでは無ければ触らせるものでもない。一緒にお風呂に入る訳がなかろう」
「まぁそれに御母様は綺麗ですし、男の人は興奮するでしょうねー」
「ああ。成人した男性が見れば情欲の対象にされる、という可能性もあるだろう」
「え」
「自信を持っていますね御母様」
「流石に若い者達と比べれば劣るだろうが、私とて外見や体には自信を持っているからな。スカーレットも……うむ、良い肉体だな」
「ふふふ、私のロイヤル肉体は世の男性を魅了するのです……! ……まぁクロ君には通じませんでしたが」
「そうなのか。成人した男性であれば垂涎ものであると思うのだがな」
「その自信はあったんですけどねー。ふふふ、ですが私達であれば大抵の男性は堕とせますね!」
「はは、私達相手であれば大抵の男は興奮するだろうな。迫れば男性は抑えきれないだろう」
「え」
「だが堕としてどうする?」
「そりゃ私だって多少は異性の身体には興味ありますし……等価交換?」
「見せるから見せて、か。確かに良い等価交換だが、自分の身は大切にな」
「ははは、そう簡単に見せませんよ」
「そうだな。異性の身体に興味を持つのは――どうした、ヴァーミリオン。複雑そうな表情をして」
「……いえ、なんでも、ないです」
「なんでもないという事は無いだろう。何故か“納得いかない”という複雑そうな表情だ。――ああ、そうか。スカーレット」
「なんです御母様?」
「先程から私達が話して近付いてヴァーミリオンが少し離れてしまったからな、寂しいのだろう。両側を固めて親子で一緒に並んで入ろう!」
「了解でーす!」
「なんでもないですから、やめてください!」

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