追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

とある学園生女性陣の相談_4(:白)


View.メアリー


「あ、シャル君、お待たせしてしまいましたか?」

 妙な熱と思考鈍化が起こるのを、食堂からシャル君との約束の場所に行くまでの外の空気の冷たさでにどうにか振り払い、私はシャル君の待つ人気の少ない中庭に来ていました。
 約束の時間まではまだ時間があるのですが、どうやらシャル君は私より早く来ていたようです。貴族用の黒い制服に身を包み、目を瞑りながら待つ姿はそれだけで絵になる様な――シャル君の周囲だけが絵として切り取られているような静謐さがあります。

「いや、大丈夫だ。来てくれてありがとう、メアリー」

 シャル君は閉じていた目を開き、私が来る事を確認すると、最近躊躇われずに言われるようになった名前を呼びながら感謝をしてくれます。
 感謝を言う表情は以前と比べると柔らかいという表現が似合う表情ですが……何処かいつもより騎士然とした雰囲気を漂わせています。覚悟が決まり、行動に移そうとしているかのような……?

「御用とはなんでしょうか?」

 今回呼び出したのは私がここ数日調子がおかしいのを見抜いて、シャル君なりに励ましてくれるために呼び出した。と思っていたのですが、その様子に私は倣って姿勢を正します。

「メアリー」

 そしてただ一言。
 私の名前を呼んだだけの、単純な一言で、私はここに来た理由を勘違いしていた事に気付かされます。
 シャル君が名前を呼んだだけで、世界がこの空間だけ置いて行かれた様な静けさに包まれたように
 橄欖石ペリドットのように綺麗で、鋭くも優しい目が私を見据えます。
 巨木かの様な存在感と優しさは、彼の成長を表しているかのようであり。
 友達としてではなく、男性として、異性と思わせる様な――

「シャル君。貴方は……」
「察しの通り、俺はメアリーに愛の告白をするために、呼び出した」

 一人称を騎士としての「私」ではなく、独りの男性としての「俺」に変えつつ、隠す事無く愛の告白をすると伝えます。

――避けられません、ね。

 仲の良い男性、生徒会の同年代の皆さんに自意識過剰ではない好意を寄せられ、好きだと言う言葉は今まで何度も告げられてきました。
 その度に私は「私と付き合う事は相手のためにならない」と、意識的にしても無意識的にしても流し、避けて来ました。
 それと同時にこのような場面――告白を受ける様な場面も何処か無意識で避けて来て、ハッキリとした告白を彼らから受けた事は有りませんでした。
 クロさんにも以前言われましたが、色々言い訳している事が逃げであるのは分かりつつも、この学園生活が変わってしまう事が怖かったのです。……私は臆病であり、相手の好意を受ける事は出来ても、受け入れる事は、まだ……

――ですが、向き合わなければなりません。

 しかしこの状況になった以上は誤魔化す事は出来ません。
 今の私に逃げると言う選択肢は無く、あったとしても選ぶ事は臆病ではなく屑でしょう。屑である事を是とするほど、私は腐ってはいません。

「シャル君」

 だから私は先程の彼同様、名前を呼び真っ直ぐ見据えます。
 真正面から彼の言葉を受け、受け入れるかどうかではなく受け止める。その上で私の感情を伝える事が、彼の勇気に対する最大の姿勢でしょうから。

「……ふ、流石はメアリーだ。……だからこそ俺が告白したいと思うのだろうな」

 私の姿勢を見て、シャル君が一瞬雰囲気を和らげますが、すぐに気を引き締めた表情になり、私に告白の言葉を――

「だからメアリー。俺の愛の告白を断れ」
「……はい?」

 ……今、なんと?

「よし、では行くぞ。メアリー、俺は――」
「タイムです」

 私は逃げではなく一時中断の選択肢を取りました。
 これなら屑とまではいかないはずです。多分。

「認める。なんだ」

 自分で止めておきながら思うのもなんですが、認めてくれるんですね。

「はい。愛の告白をしに来た、というのを前もって言うのもおかしな話ですが、断れってなんでしょう」
「……?」
「え、なんでそこで“何故そのような分かりきった疑問を?”という表情になるんです」

 まるで私がおかしいかのように私を見ないでください。
 ……え、私がおかしい……という事は無いです……よね? 私が世間知らずなだけじゃ無いですよね?

「簡単な話だ。メアリーは優しい女性だ。全く知らない異性であれ気がかりであろうに、それなりに交友がある相手からの告白となり、断るとなれば心を痛めるだろう?」
「え、ええ、確かに気にするでしょうが……」
「だから前もって断って良いと言った。それだけだ」
「それだけだ、じゃ無いですよ」

 はい、聞いてもやっぱり意味が分かりません。私はおかしく無いです。無いはずです。いえ、それだとシャル君がおかしい事になりますね。ではやっぱり私がおかしいのですね。……あれ、混乱して来ました。

「ええと……断られるのが分かっているのに、私に告白をする……という事ですよね」
「そうなる。これが俺にとっての最後の戦う前から敗北を自覚する勝負といえよう」
「そんな風に言われても困るんですが。……何故、告白を?」
「すまない、メアリー。俺の気持ちに区切りをつけるためには告白をしないという選択肢はない。そして同時に出来る限りメアリーを傷付けたくない。だから先に言う事で断りやすくした」
「いえ、シャル君が優しい? のは分かったのですが、何故断られると……」

 告白をして気持ちに整理を付けるのは、なんとなくですが分かる事は分かります。
 ですが希望を一切捨てて告白をするのは分かりません。今までの方々のように、景気付けの告白という訳でも無いでしょうし……

「決まっている。メアリーは他に好きな男が居るのに受け入れる様な女性では無いからだ」
「他に好きな……男性?」
「そうだ。……情けない話だな。段々と好きになっていくメアリーを見て行くたびに、どうしても勝てないと悟ってしまう。俺は腑抜けで――」
「ま、待ってください! 好きな男性ってなんですか!?」
「ん?」

 シャル君の言う好きな男性とは、友達のような意味ではなく、異性として好きな相手の事でしょう。それこそ先程のクリームヒルトやクリ先輩のような、相手を想い、嫌われるのを怖がって、好きになって欲しいと思うような、私がまだ知らない恋愛の事で――

「気付いていなくともメアリーは恋をしているんだ。一生分の恋を捧げる、唯一の存在を相手にな」
「私が、ですか?」
「ああ。自然と目で追い、気になってしまうような相手がずっと前からな」

 しかしシャル君は私は恋をしているのだと言います。
 当たり前のように、以前から分かっていた事をのように。

「皮肉な話だよ。俺が恋した女性は別の誰かに恋をしていて、その恋を喪うとメアリーは自身の価値を見出さなくなってしまう。だから俺は想いを伝えたい。自身の気持ちのためにも、メアリーのためにも」
「私のためにも……?」
「そうだ」

 そして自傷するように、不安がる様に言葉を続け、私に近付いて来て前で止まると、騎士が忠誠を誓うかのように傅きます。

「メアリーが――俺の好きな女性が、自分に価値を見出せて、好きになったのは間違いではなかったと思えるように」

 そして私を見上げる形で真っ直ぐ見て、今まで見た事の無い子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、彼は手を差し出しながら告白の言葉を紡ぐのです。

「世界の全てよりも貴女が欲しい。貴女を愛しています。――どうか、俺と付き合っては頂けませんか」

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