追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
とある学園生女性陣の相談_3(:白)
View.メアリー
クリームヒルトのせ……夫婦間の行いに関しては素直に行けば良いのか、恋に恋する恋愛とどちらが良いのかは「場合と人による」という曖昧な結論にしつつ、クリ先輩の悩みは私達でどうにか励ます事にしました。
解決策……といえるかは分かりませんが、いくつかの案を私達で提示し、不安を取り除くというよりは和らげる方向に持っていったのです。
クリ先輩も私達の励ましに前向きになったのか、自分と夫と向き合っていこうと思ったようです。
「じゃ、次はメアリーちゃんだね。まだ上手く話す内容が纏まっていないのなら、アプリコットちゃんのグレイ君の好意が嬉しいのだけれど気恥ずかしい、という内容の相談になるけど」
「我の悩みを勝手に決めて相談事にしようとするでない」
「ですが、実際悩んでいそうですよね」
「……うん、分かる。途中から相談風惚気になりそう」
「スカイさんやクリ先輩まで……!? ……メアリーさん、相談事があるのなら、言ってくれて構わぬぞ」
「逃げたね」
「やかましい」
そして前向きになった後、当然の流れと言いますか私が相談する流れになります。そもそも私が悩んでいるので開かれた相談会のようなものですし、ここで話さないという選択肢はないでしょう。
……いえ、話さなくても、優しい皆さんならば「深くは追及しない」と仰るかもしれません。
「私の悩みは……」
ですが、その優しさに甘えてしまうのも良く有りません。
クリームヒルトは私を心配し、放っておけない状態だからこのような場を作ったのでしょうし、スカイやアプリコットも……私の様子に疑問に持っていたようですから、私の番になった途端に何処か身構えました。気付かれぬようにはしていますが、私の悩みが深刻だと何処かで思っているみたいです。
他者の悩みを真剣に聞こうとしてくれる皆さんに応えるには、私の悩みをちゃんと――ちゃん、と……
「この間、とある女性に会いまして」
とある女性。口に出す内容では名前を伏せていますが、女性の名はマゼンタ・モ――もとい、マゼンタ・ランドルフ姫。
“とある彼”が私の成れの果てと称した、現国王陛下の妹君であり、国王陛下の二人の殿下の実の母であり――最近愛する夫と子を亡くした、才能溢れる聖女。
私も何度か聖女のようであると評され、その度に気恥ずかしさと相応しくないと言う思いから否定してきました。なにせ私の優しさは清らかなものではありませんから。
けれど彼女は私と違ってまさに聖女のようでした。優しく、献身的で、愛に満ちており、国民が笑って過ごす未来を誰よりも夢を見て、そして――
「壊れていたんです、その女性は」
自分の命を、なによりも軽く見ていたのです。
「……メアリーがそのように言うなど珍しいですね」
「ええ。……分かる以上は誤魔化せない、という事ですよ、スカイ」
「?」
「…………」
より正確に言うと、自己完結した世界に生きていた、という言葉が合うでしょうか。
幸福は絶対で、苦しみは悪で、誰も彼もが救われたいと思っている。その事に疑問を持てずに、あらゆる事を都合よく解釈するのです。
「ですが、その女性は色んな人のために頑張り、間違いなく相手を救っていたんです。ですけどその人、救うのに頑張りすぎて犯罪行為……のようなものに手を出してしまいまして。当然駄目な事なんですが、救いたいという思いは本物だったんです」
そして幸か不幸か、本人の能力が解釈を間違いとして表に出す事無く、運べてしまっていました。実の兄ですらその本質を理解しきれず、夫や子にも気付かれる事なく、四十年以上も。
……私は彼女のように一人居なくなるだけで、小さくとも国が騒がれるような影響力は有りません。彼女のような天賦の才の塊では有りません。ですが彼女は間違いなく……
「ですけど、その犯罪行為を否定しきれない自分が居まして」
あの時のマゼンタさんは、間違いなく私が辿り着いたであろう場所に居たのです。
救う事を是とした。幸福になるべきは、なによりも私自身よりも命の価値が重い皆さんからだ、というあまりにも身勝手な行動を、私も去年のままならばしていたと言えるでしょうから。
「……私も、あのようになっていたのかな、と思うと、最近学園生活に身が入らず、ボーっとしてしまう事があるんです」
それが私の悩みです。誰かのために頑張る事自体は間違いではないと思いますので、そこは変わらずやってはいますが、どうしても行動を移すのに一歩遅れてしまうのです。
「メアリー、間違いなら申し訳ないですが、身を入らない理由はそれとは別……いえ、もう一つなにかがあるんじゃないですか?」
そして私の相談に対して、一番に答えを返したのはスカイでした。
「もう一つ、ですか?」
「ええ、なんと言いますか、それとは別に気がかりがあるから、合わせてボーっとしてしまう、というような気がするんです」
「別の気がかり、ですか」
スカイの言葉は真っ直ぐかつ、口では間違いかもしれないと言いますが、なにか確信を得ているかのような口ぶりでした。
別の気がかりな事といえば、マゼンタさんの件の後始末で王城へ行く事が多くて、生徒会に迷惑をかけているという事とか、最近妙な不整脈があるのに健康には問題が無いので疑問に思っている事とか――
『俺がメアリーと――』
――いけません、今は考えるべきでない言葉を思い出す所でした。
あの言葉は今は関係無いのです。
とある彼と接すると、とある彼の台詞を思い出してしまい、先程考えた不整脈が起こる事など関係無いのです。
ええ、関係有りませんとも。
「例えばそうですね、ヴァーミリオン殿下の事とか――」
「がふっ!」
「メアリーさん!? 急にジョッキのっ取っ手を握り潰したが大丈夫か!?」
いけません、スカイの言葉を聞いた途端何故だか急に手に力が入ってしまい、先程まで麦茶が入っていたジョッキの取っ手を壊してしまいました。手に怪我は……してませんね。破片が刺さらない内に回収しておきましょうか。
「……大丈夫? ヴァーミリオン殿下の名前が出た途端慌てた様に見えたけど――」
「ふっぁ!」
「メアリーさん!? こ、今度は本体部を!?」
いけません。今度はクリ先輩の言葉で、飲み物を入れる本体部分をまずはどかそうと持っていたジョッキを破壊してしまいました。おお、粉々です。手には刺さっていませんが、これは見事な砕けぶりです。
「ヴァーミリオン殿下」
「けふっ!」
「……ヴァーミリオン第三王子」
「こふぅ!」
「あはは、ヴァーミリオン・ランドルフ!」
「がはっ、ぁっ、っ!」
「おお、振動しているね」
「顔が赤いですね」
「……見るからに動揺している」
「先輩方、楽しんではおらぬか!?」
アプリコットを除く皆さんの言葉に、ジョッキを更に粉々に砕き。破片を持った手が震え、頭に何故か熱が溜まります。
おかしいですね。今日の私はおかしいです。最近いつもこんな調子な気がしますが、おかしいです。
しかもおかしくなるタイミング的に、これではまるで私が彼の名に過剰反応しているようではありませんか。そう、ヴァーミリ――
「【強化】!」
「メアリーさん!? 何故身体強化をかけてさらに粉々にするのだ!?」
それは勿論細かい方がゴミの体積が減るからです。その分気を使わないと駄目ですが、小さくまとめたほうが良いですからね!
「すみません、ちょっと熱があるようですし、良い時間ですしこの後呼び出しがあるので、破片を片付けてこれで失礼しますね」
寮の門限も近いですし、この後はシャル君に呼ばれてもいるので早めに切り上げないといけません。ヴァー……何処かの赤髪の少年の事などどうでも良いのです。いえ、良くはないですが、良いのです。なに言ってんでしょう私。
「あはは、露骨に逃げようとしているー。まぁ、でもまた今日も告白されるの?」
「……また? そういえば“メアリー・スーは良くモテる”と聞くけど、そんなに告白されるの?」
「うん、確か週二ペースだよ」
「これでもヴァーミリオン殿下達のお陰で減った方ですよね」
「……年間百名以上……!?」
「ちなみに我達一年の間でも、告白しに行く男子は多いぞ。女子も多いが」
「……魔性の女……!」
ええっと、言葉だけ聞けば間違いではないのですので、否定はし辛いですね。
好意を向けられる事は嬉しいのですが……とはいえ、中には“私に告白する事で本命の子の景気付けを!”的な方も居られるので困ります。告白後に百戦錬磨扱いで「告白するのにアドバイスと勇気を下さい!」と言われても困りますし。
……中には婚約者がいる中で私に告白してくる方も居られるので、そちらよりはマシなのですが。
「告白ではないと思いますよ。ちょっとした用だと思います」
シャル君はいつものような調子だったので、愛の告白という事ではないでしょう。恐らくはクリームヒルトのように私の様子がおかしかったので、心配で話を聞こうとしているのでしょう。
「ですので、スカイ。すみませんが今ほどの相談と別の気がかりに関しては別の機会に相談しますね」
「それは構いませんが……もしかして、この後の用事ってシャルの奴ですか?」
「そうですね」
「……分かりました。ここは後は私達が掃除しておくんで、行って良いですよ」
「え、それは駄目ですよ。私が散らかしたんですから」
「良いから、行って下さい。私は掃除が好きですから、この程度は軽くしておきますから。それよりもシャルの用事を優先させてください」
「は、はぁ、そうですか……?」
確かにスカイは掃除の時は、テンションが上がって性格が変わる事は有りますが……なんでしょう。それとは別のなにかがある様な……?
「では、軽く回収しておきましたんで、こちらお願いしますね」
「はい。ではいってらっしゃい」
「はい。みなさんもまた。今日はありがとうございました」
私は現段階で集めたガラスの破片を錬金魔法で作った袋に入れ、スカイに渡した後に皆さんに別れの挨拶をしてこの場を去りました。
――……後日、皆さんにはお詫びとお礼をしないと駄目ですね。
そう思いつつ、私は食堂を去っていくのでした。
◆
「あの一瞬で、全ての破片を集めて袋に入れましたね。流石と言いますか、なんと言いますか……」
「スカイさん。もしかしてとは思うが、メアリーさんに行かせたのは……」
「……さぁ、何故でしょうね。私はただ、私のように苦い初恋にならなければ良いと思って相談を問い詰めた友達を、約束に遅れないように見送っただけですよ」
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