追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

生徒会の恋馬鹿男共_2(:朱)


View.ヴァーミリオン


「……落ち着けお前達。ティー殿下が困惑なされているだろう」

 俺達がティーに詰め寄り、メアリーに関しての情報を聞きだそうとしているとシャルに抜刀していない刀と手などで器用に全員の首根っこを引っ張り諫められた。
 グレイ以外は全員が詰め寄ったと思ったのだが……意外にもシャルだけは冷静でいるようだ。
 ちなみにシャルが持っている刀はコーラル母上より「お詫びの品だ」と言い非公式に授かった王国でもトップクラスの業物である。なお、授かったと同時に「その刀で腕を磨き――いずれ私と仕合って貰う」とも言われ困惑していた。多分母上は本気であったと思う。

「なんだよ、シャルも気になるだろうにさ」
「気にはなる。だが、それで相手に迷惑をかけてはならん。離れる事だ」

 シルバに同類だろうと言われたシャルは、保護者が相手の奔放さに苦労をして気疲れする、とでも言いたげな小さく溜息を吐きつつ、俺達に離れるように促した。

「申し訳ございません、ティー殿下。この者達はメアリーに関してになると知性が半分の年齢になるのです」
「はは……仕様が無いですよ。私だってクリームヒルトさんの事になると夢中で周囲が見えなくなりますから」
「そう言って頂けるとありがたいです」

 そう言いつつ改めて俺達に離れるように、首根っこを掴んでいる力を軽く後ろに向ける。……仕方ない、離れるとするか。確かに大人げなかったと言えるだろう。

「それで、ティーくん。メアリー様がイケメンが苦手というのは本当かな? もしそうなら私は私を含む彼らをメアリー様に近付けさせないようにこの身の全てを捧げるが――イタッ!?」
「エクル。お前のメアリーへの敬意は本物だろうが、時折暴走するのはやめろ。ティー殿下もそれでは“冗談です”としか言えなくなるだろう」
「……それもそうだね。失礼、感情が前のめりになっていたようだ」
「アッシュも、メアリーの事になるとお前はすぐシキに馴染めるような行動になっているから気を付けたほうが良いぞ」
「そうですね、私もつい――待ちなさい、その評価は受け付けられませんよ!?」

 ……それにしても、シャルはいつの間にかメアリーの名前を呼ぶ事に躊躇いが無くなってきているな。今まではなんとか呼べる時がある、という程度であったが、最近は普通に呼べている。俺が後始末で忙しい間になにかあったのだろうか。

「アッシュ様。貴方様は素晴らしい統率力を有していますので、シキに馴染める事に遠慮せずとも――シルバ様、なんです?」
「グレイ。あれはそういう意味じゃ無いから、気にしないほうが良いぞ」
「はぁ、そうですか……?」

 あと、シキに馴染めるに関してはグレイの前では言わないほうが良いな。グレイにとっては大切な故郷で、首都の者達を「大人しい方々が多いのですね」と評するくらいだからな。

「ティー、すまない。それで話の続きをして貰えるだろうか」
「は、はい。ええと、お――とある情報筋からなのですが。このような会話が――」







「イケメンってさ。推せるし愛でられるけど近くに居るのはなにか違うよね」
「え……どういう事……クリームちゃん……?」
「あはは、なんというかね。こう……私の近くに居ると、輝きが失われるのじゃないか! みたいな感情が湧いて来るの。偶の栄養補給な感じで接する程度で良いんだよ」
「イケメンは……高級ワインみたいな……感じだった……?」
「フューシャ殿下、あまり彼女の話を鵜呑みにしないでください」
「スカイちゃんは酷い事言うなぁ。やっぱりイケメン幼馴染が傍に居ると慣れるのか……」
「イケメン幼馴染? ……ヴァーミリオン殿下やアッシュは幼馴染と言うほどに幼少期は接して来なかったと思いますよ?」
「おお、見事にシャル君がイケメンから外されている……慣れって怖い」
「……アイツは無駄に整っているとは思いますがおもーけど、イケメンだと言うのゆうんは……私の中のなにかが抵抗を感じるんです……」
「訛りが出る程の……拒絶感……!? シャルさん格好良いと……思うけどな……?」
「失礼。ともかく、別に良いのではないですか? 眉目秀麗な男性の近くに居て、並び立つ事が出来るようにする事が、私達女性としての喜びの一つだと思いますよ。並び立つのに相応しい外見か中身を持っている、という事ですから」
「スカイちゃんは美人さんだし、並び立つ事に抵抗は少ないんだろうけど。やっぱり“私の近くに居るよりもっと相応しい場所があるんじゃ”って思うんだよね」
「クリームちゃんは……充分美人だと思うけど……」
「ですね。自身を過小評価し過ぎです」
「あはは、ありがとーう! あ、メアリーちゃんはどう?」
「……はい、なにがです?」
「あれ、聞いてなかった? イケメンが近くに居る事に関してだよ」
「ああ、すみません。聞いていましたよ。イケメン……イケメン……」
「まぁメアリーちゃんはイケメン侍らせているし……最高のイケメンを想像してみて! やっぱり侍らせてひゃっふぅになる!?」
「最高の……」
「クリームヒルト、あまりメアリーを困らせるモノでは――」
「……そうですね。近くに居られるのは、ちょっと苦手かもしれません」
「え?」
「普段はどうにか出来るんですけど、やはり近くに寄られると……眩しさに、目が眩んでしまいます。……最近だと、ちょっと逃げたくなりますね」
『…………』







「――という会話があったそうで。私はどうなのかと――あれ、皆さん。暗いですよ?」

 ティーは一通り要約した話をすると、生徒会室は沈んだ空気に包まれていた。

「私は自分の外見に誇りを持っている……だが、メアリーが私の想いを受け取らないのが……この顔が原因ならいっそ……いや、落ち着け……そこは私の顔を好きになって貰うように頑張るよう努力すべきなんだ……!」
「もしかして僕がやけに弟のように可愛がられていたのって、顔が良くないから親しみを持つ事が出来ていた……? い、いや、僕だって看板男をやれているんだ、顔に自信を……でも、看板男とか看板娘って、どっちかと言うと愛嬌の話だし……やっぱりそういう事なの……!?」
「この顔はメアリー様があのゲームで二番目に好きと言っていたお顔、つまり好きではあるから整っているし、私だって画面上では格好良いと思っていた……だが、この顔が原因で逃げたいと思うような感情を引き起こすのなら……そうか、眼鏡を外せばどうにかなるのでは……?」
「……顔か。私は表情に乏しいから、仮に整っていても目が眩むほどでは無いだろうが……いや、だからこそつまらないからと逃げたくなるかもしれんな。今度訓練の際にクリームヒルトの奴に笑い方でも教えて貰った方が……」

 アッシュ、シルバ、エクル、シャル。各々がそれぞれの自身の顔について思い悩んでいた。一部変なのも居た気がするが、本人的には大真面目なんだろう。

――顔、か。

 父上と母さんの両方の特徴を引き継いでいる俺ではあるが、事情が事情故に父上似という事になっているこの顔。俺はこの自身の顔が優れていると言える自負はある。
 ……というよりは“そう”でなければならないし、“そう”あろうと心がけている。
 王族として前に立つためというのもあるが、己に自信を持ち、優れているというモノを少しでも増やす事は、好きな相手のためにも必要な事だからだ。俺はこの優れた全てを自覚し、武器としてメアリーと共に歩む事を是としている。
 している、訳だが……

「……逃げたくなる、か」

 周囲が沈んで自問自答している中、ふとある事を思い出して俺はつい心の声を口に出してしまう。口に出てしまうほど、今の俺が悩んでいる事を裏付けてしまう言葉を聞いてしまったからだ。

「おや、やはり兄様も気になるのですか? やはり恋した女性の事は、小さな事でも心に来ますよね」

 この空気をどうしようかと悩みつつ、俺の言葉に気付いたティーが小声で俺に尋ねて来た。……というか本当に効いているんだな、クリームヒルトの発言は。気にしなくてもクリームヒルトは大丈夫だと思うのだが。

「そうだな。……だが、そういう事では無いんだ」
「と、仰いますと?」
「……最近、メアリーに避けられているんだ」
「はい?」

 ここ最近、母さんと母上騒動以降の話である。
 騒動が騒動であるので、後始末と公務を行い続けローズ姉さんに「学生の本分は勉強です」という、意訳すると「いい加減休みなさい」と言われた俺ではある。
 それでも学園に戻ってはローズ姉さんに怒られない大丈夫な範囲で学園生と王子の仕事を両立していた。そしてその最中に騒動の渦中居て、夢魔法の件も有るメアリーとも話す機会は何度もあったのだが……

「要件を済ますと、すぐに逃げられる」
「ええと……兄様の体調に気を使い、負担をかけぬよう最小限に抑えているのでは?」
「違う。違うんだ……明確に、避けられているんだ……」

 俺は自分の事に関しては自信を持ち、行動している。だが、そんな俺でも自信を失うほどにメアリーに明確に避けられている。
 騒動の件について話しても「そうですか」で終わり、要件が済むと「では」と言って去っていく。
 雑談をしようとしても「すみません、今忙しくて」と、普段ならばそういった場合でも笑顔で接するメアリーが無表情で顔を逸らして去っていく。
 ……というより、話してもあまり顔を合わせて貰えない。

「なんだ、俺が気づかぬ内にメアリーの気に障る事でもしてしまったのか……いや、これは乙女ゲームのシナリオとやらなのか……!?」
「おお、ヴァーミリオン兄様が普段ならしない心配をされている……!」

 ともかく、明らかにメアリーに避けられて、逃げられている。
 このままではローズ姉さんに言われたように、そもそも付き合うという前提が成り立つかどうかも怪しくなってくる。なにせ間違いなく、今の俺には嫌われているのだから。

「皆さん、紅茶を飲まれて落ち着かれてはどうですか?」

 俺達が沈んでいる中、沈んでいる理由はよく分かっていないが、空気を明るくさせようと全員分の紅茶を淹れたグレイが、笑顔で紅茶を俺達に差し出してくる。
 このような時に紅茶を飲む余裕など、という皆の表情であったのだが、それぞれの好みに合わせたであろう紅茶は沈んだ状態でも飲みたくなる様な良い香りを漂わせていた。相変わらずの紅茶の腕前と言うべきか。

「飲めば沈んだ気持ちも落ち着くかもしれません、沈んでいては良いアイデアも浮かびませんよ?」
「気軽言うね……グレイだって、アプリコットの奴に似たような事を言われたら落ち込む理由も分かるさ」
「私めは自身の顔は皆さん程優れているとは言えませんので、同じ事を仰っても心配はあまりしていませんが……ですが、私めは大丈夫です」
「本当に?」

 学園生どころか王国内でも顔達が整っていると言えるグレイの言葉に、シルバが訝し気な目で見る。……他の者なら嫌味であろうが、グレイだと本気で行っていると言えるので強くは言えないと言った様子である。
 しかし、大丈夫というのはどういう事だろうか。強がりで行っている様子では無いが……やはり、理解していないだけなのだろうか。

「アプリコット様は偉大な御方で、あらゆる価値を作ってくださる御方ですが……それ以外にも私めが好きな些細なモノを覚えてくださり、小さな傷でも心配をして下さる。そして同じ好きなモノを見て、好きな事をして一緒に喜んでくださるお優しき御方なのです。……私めはそんなアプリコット様のなにもかもが愛おしく、愛しいあの御方と恋をしたい。ならば私めがそんなお優しき御方に出来る事は、喜んで貰える事。大きな嫌いがあるのなら、もっと大きな好きで埋め尽くす。大きな嫌いが小さな事になり、気にならなくなるようにする事なのです。そう思いますから、私めは大丈夫だと――皆さん、どうかされましたか?」

 ……グレイのあまりにも真っ直ぐな言葉に、俺達は氷魔法でも喰らったかのようにフリーズしていた。
 これは、なんというか。直接俺達に向けられた感情という訳でも無いにも関わらず、聞いているこっちが恥ずかしくなる様な言葉を聞いて思う事があるとしたら。

――アプリコットの奴も色々と大変そうだ。

 などという、事であった。

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