追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
子供達の恋愛観_2
「んん゛っ。さて、ブラウン。愛と言っても色んなモノがある。どんな意味での愛で、なんでそう思ったか言ってくれるか?」
なんだかこのまま行くと、性的関連の話をする事に躊躇いが無いエメラルドによる保健体育ではないアールがかかった話になりそうだったので、咳払いをした後話を切り替えた。
見た目が大人とはいえ、中身は年齢相応なブラウンによる質問。そして子供の話は大人から見たら突拍子が無い事に見えてもその子なりの理由を持って尋ねている事が多い。偶に聞きたいから聞く、自分でも何故知りたいかよく分からないけど聞くというような時期もあるそうだが、ともかくキチンと話は聞いてやらねばなるまい。
「えっと、僕はフォーンお姉ちゃんが好きなんだけど」
そういえばブラウンはフォーンさんに結構懐いていたな。好きだとも言っていたし、見た目はともかく仲の良い姉弟のようであった。フォーンさんも目の事があっても、何故か効かないブラウンには安心してお姉さん感を出していて微笑ましかったな。
「でも、フォーンお姉ちゃん、とってもきれーだし、色んなひとから色んな言葉を伝えられるだろうし……なら、少しでも僕の気持ちが伝わるように、好き以上だって聞いた、愛を伝えたいと思ったんだけど、愛って言うのがわからなくて……」
「そう来たか……ブラウンは本当にフォーンさんの事が好きなんだな」
「うん! クロお兄ちゃん達みたいに、フォーンお姉ちゃんと夫婦になりたい!」
「はは、そうか。それは頑張らないとな。でも――」
「みぶんさもねんれいさもあるけど、僕はがんばるよ。フォーンお姉ちゃんと、一緒に好きを共有して、愛? を深めたい!」
……ん? これは……どうなんだろう。
男の子にありがちな、年上のお姉さんに好意を抱く類の話であると言うならばそれまでなんだけど……ブラウンからは本気の感情が伝わって来る。
それこそ俺やシアンとかと変わらない、一緒に居たい――夫婦になりたいというような感情が多く含まれているように思える。……それにフォーンさんもブラウンの事を……
「ううむ、愛というのは言葉でするのは難しいのだが……しかし、ブラウンは素直に好きだと言うのだな」
「? だってヴァイオレットお姉ちゃん。好きな相手には好きって言いたいし、もしもそれで喜んでくれるなら嬉しいでしょ? だから伝えたいの」
「うむ、まぁ……そうだな」
そのように言うブラウンは、まさに駆け引きの無い素直な恋愛観を持っていた。年齢と共に複雑になる中、この素直さは眩しく、時に危うくもあるが……グレイと言い、ブラウンと言い。もしかしたらこういった事を素直に言える子供達の方が恋愛強者かもしれない。
少なからず、好きという言葉を伝え忘れて伝えたら泣かれてしまったどこぞの領主や、三年以上同棲して好意に気付かれすらしなかったどこぞのシスターよりは強そうに思える。
「私の感じる幸福は間違いなく愛と呼べる代物だが……具体的に説明するとなると難しいな」
「そうなの?」
「うむ、そもそも愛というものを多くの者、時間を語られているが定義されていない――ああ、いや、答えが無いのが愛だからな。ただ気を付けないと駄目なのが、愛は一方的では駄目だぞ?」
「どういうことなの、ヴァイオレットお姉ちゃん?」
「お互いに愛し合うから、互いに嬉しいという事だ。片方だけが愛していても、それは相手が迷惑……困っちゃうことがあるんだ。気を付けないと駄目だぞ、ブラウン? 愛するためには、まずは相手に愛されないように頑張らないとな?」
「うーん、むずかしいけど……つまりヴァイオレットお姉ちゃんとクロお兄ちゃんは、愛し合って互いにしあわせだってことだね!」
「よし、それが分かっていれば上出来だ!」
上出来じゃ無いよ。俺の妻はなにを教えているんだ。お陰で他の子供達に「愛されていて良かったねー」みたいな微笑ましい目で見られているぞ。エメラルドは余所でやれとでも言わんばかりの表情だが。
「クロ殿はどう思う?」
「大体ヴァイオレットさんと同じですよ。愛してますし、愛されて幸せです」
「よし、私もだ」
でもまぁ事実だし否定する要素は一つも無いのだが。
「後は……俺の好きな作品の受け売りなんですが、恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前では無力になる、というフレーズが好きですね」
「三竦み、というやつデスネ。なにが優れているという訳ではナイ、という感じデショウカ」
「まぁそんな感じだろうな」
色んな愛の形があるのは前世でも今世でも嫌と言うほど味わっているが、愛に関して印象に残っている言葉はそれだろうか。お陰で現実なんて関係ねぇとばかりに現実の理を凌駕しても、愛なんだな、と思うようになったからな。理解も納得もしてないけど。
「ふむ、つまり……愛であり恋である私達はなににも負けない、という事だろうか」
「そういう事ですね。ですが俺が負けるのはヴァイオレットさんでしょうか」
「そうなると私はクロ殿に負けるか……うむ、確かに」
「おい馬鹿領主夫婦。イチャつくなら余所でやれ余所で。ヴァイスがただでさえ胸焼けしてここに居るのに、さらに胸焼けするぞ」
「ううん、僕はクロお兄ちゃんが幸せそうにしているのを見ると、嬉しいけど」
「お前はお前で倒錯しているな」
はっ、イカン。外であるのにヴァイオレットさんとの世界に入る所であった。
ただでさえ最近は気を使ってくれていたバーントさんとアンバーさんにも「もう少し周囲を見てください」と注意される程なんだ。注意しなくては。
……だがここで「これこそが愛だ」とか言ったらどうなるのだろうか。……エメラルドが呆れて帰りそうだな、うん。
「まったく、この夫婦は……あ、ところで、ヴァイス。気になっていたんだが」
「どうしたの、エメラルドちゃん」
「お前、シアンの事が好きなんだろう?」
エメラルドの言葉に、ブラウンとヴァイス君を除くメンバーがビクッとなる。エメラルドはそういった事をズケズケと聞くタイプではあるが、あまり触れてはならない事をズバッと言うので、止めようとしたのだが。
「うん、好きだよ。僕の初恋だね」
しかしヴァイス君は特に気にする事無くあっさりと認め、コップに入っている水を一口飲んだ。
「あ、シアンお姉ちゃんと神父様には言わないでね。気付いていないだろうから。それでギクシャクされても困るし……こっちは気にしなくても絶対に気にするタイプだから、二人共」
「言わんから安心しろ」
……意外だ。ヴァイス君はそれこそ少年の初恋を奪うお姉さんみたいな感じでシアンを好きになったが、もう既に好きな人が居るから……みたいな複雑な心情を抱いていると思ったんだが。
「でも急にどうしたの?」
「いや、この領主に憧れているお前は、こんな夫婦みたいにあのシスターと一緒になりたいと思わないのか、と思ってな。なんというかお前は……ブラウンのように、どうしてもという感じが見えなかったからな」
「そうだねー。シアンお姉ちゃんは美人だし、性格も優しくて格好良いし、憧れるし付き合えたら良いとは思うけど……その僕の好きなシアンお姉ちゃんは、神父様を好きなシアンお姉ちゃんだから」
「ああ、つまり“神父を好いているシアン”を好いているから、その幸福を見ている事こそが自分の好きの完結であり、初恋の答えというやつか」
「うん、神父様を羨ましいとも、妬ましいとも思ったけど、僕は神父様も好きだからね。大切な二人を幸せを願う事こそが、初恋の供養になるんだよ」
「倒錯しているな」
「好きなヒトを不幸にしたくない、ヒトと関わる事を恐れている不器用なだけの男子だよ」
……あれ、ヴァイス君、かなり立派な恋愛観と言うか、大人びた視点で初恋してない?
俺は初恋がある意味ヴァイオレットさんで、成就したからとやかく言えないけれど、俺だったら多分言えないし考えられない思考に至っているよヴァイス君。いや、ここは敬意を表してヴァイスさんと呼ばせて貰おう。
「そういうエメラルドちゃんはどうなの? スカーレット殿下と良い感じだ、って聞くけど」
「さてな。好意を抱いてはいるが、恋愛的なモノかは分からん。性交渉を持とうとは今の所思わん」
「別に性交渉が無くても良いのでは無いデスカ?」
「どうだろうな。私の中でのブラウンの問いに対しての愛は、結局はそこに帰結すると考えているからな。欲を満たし合う事こそが愛。そして三大欲求に数えられるモノの中で、相手が居る事が前提なのは性欲だ。ならば結局は恋だの綺麗事を言っても、最終的には――と思ってしまうんだ」
うーん……ただ「一緒に居たい!」というグレイ、日常を共に過ごす事を願うシアンなどと比べると、難しく考えているな、エメラルドの奴。
ある意味年齢相応な考えかもしれないといえばしれないが……でも、以前の地下空間での戦いの後のエメラルドは、そういった理屈は抜きにスカーレット殿下と上手くやれていたんだと思ったんだが……やっぱり複雑な部分になるんだな。
ここはエメラルドの考え自体は否定せずに、キチンと向き合って話し合うべきかもしれない。
「――そうだ、ブラウン。良い事考えついたぞ。お前とフォ……会長が上手く結ばれる方法だ」
「なんなの、エメラルドお姉ちゃん?」
「そう、相手の好きを確認した後、既成事実さえ作ってしまえば、後はこっちに引きずりおろして身分差など関係無しに――」
「やめんか、エメラルド」
まぁそれはそれとして。
ある意味では最も手っ取り早い愛の紡ぎ方に関しては否定せねばならないな。
……というか、こういう事を素直に提案できたり、ヴァイスさんの事とか考えるとやっぱり大人組より、子供組の方が、恋愛的な面で――いや、考えないようにしよう。
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