追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
紺と雪白と純白、遭難す_5(:紺)
View.シアン
頭がボーっとする。
上手く思考が働かない。
これは体が冷えて熱が出たからではない。
先程までのように服を着ていない事による羞恥によるものでもない。
単純に、好きなヒトの事を改めて好きなのだと認識してしまったからだ。
そして認識してしまったが故に、どうすれば良いのかが分からなくなっている。
まるで乙女のようだ、と私は恥じる。
なにに対して恥じるのかは分からないが、普段は気にしないように、性に合わないと言いながら振舞って、同年代の色恋事に対して色々言っておきながら。
今の私は好きなヒトの近くに居ると、どうすれば良いか分からなくなる。
などという、純情で乙女のようになってしまっている自分が、ともかく恥ずかしいのである。
第三者であったり、物語の世界でこのような感情を抱く相手が居るならば、なにをやってんだか、と思うような心情を抱き、行動出来ていない私が恥ずかしいのである。
「ヴァイス、魔力は大丈夫か? 辛いようなら俺が代わりに……」
「神父様は魔力を回復させて、【創造魔法】用に取っておいてください。……ふふ」
「どうした、ヴァイス?」
「あ、すみません。不謹慎かもしれないですけど、こういう経験をするなんて思ってもみなかったんで」
「はは、そうだな。山小屋で暖をとりながら語り合う……確かに無い経験だ」
なんていう会話を、スノー君とスイ君はしている。
全員の服が乾いた後に、魔力を込めながら火術石で山小屋の温度をあげているスイ君は年齢相応に笑い。
あまり遠くに居ると寒いだろうと、三人で身を近付けているため距離の近い愛しのスノー君が、同意して同じく少年のように無邪気に笑う姿に、私の頭はよりボーっとしてしまう。
「こうなったのが食事した後で良かったですね。そうでなければ神父様やシアンお姉ちゃんのために、なにか取りに行く所でした」
「もしそうだったら俺が取りに行こうとしていただろうな……そして、」
『雷雨の中外に出るなと、シアン(お姉ちゃん)に怒られる』
「……はは、だろうな」
「……ふふ、ですね」
スノー君とスイ君が、もしもの話をして、同じ意見を同時に言った事にさらに笑い合う。
私では出せないスノー君の笑顔。同性同士の、クロやアイ君などと話している時とは違う、弟のように可愛がっている子が相手だからこそ浮かべる表情。
……多分、昔は家族と接する時に、こんな風に笑ったんだろうな、と思わせる。今の私の立場では作る事の出来ない仕草。
「シアン、大丈夫か? もしかして寒かったりするのか?」
ふと、スノー君は私を見てそう尋ねて来る。
ヒトの機微に疎い彼がそう聞くのは、今までのように“こういう状況ならば、こうではないか”と状況から可能性が高い事を言っているのではなく、私が黙っている事を心配しての事なのだろう。
「もし寒いならヴァイスにもっと近づくと良い。なんなら火術石の真正面に陣取っても良いぞ」
スノー君は私にそう提案し、自分が火術石から距離を取って近付くように促した。
自分が寒くなっても、誰かが温かいのならばそれで良い。そちらの方が自分も嬉しい、という、スノー君にとっての当たり前の親切心。例え私の立場がクロやレイ君などでも同じことを言っただろうし、行動しただろう。
ああ、本当に。私はその親切心が――
「……神父様。そちらではなく、もう少しこちらへ」
「ええと……この辺りか?」
「はい。そしてそのまま胡坐状態になってください」
「え? ええと、こう、か?」
私に言われるがまま、素直に従うスノー君。
相変わらず他者を疑う事をあまりしない御方である。
「はい。では、失礼しますね」
「え。――え」
そしてその親切心を利用した私は、スノー君の前に立って、そのまま胡坐で座るスノー君の足のスペースに、自身のお尻を収めたのであった。
うん、ピッタリフィット。良い感じに収まったモノである。
「シ、シアンさん、これは一体なんなのでしょうか……?」
そして私の行動に、何故か珍しい敬語で私に尋ねるスノー君。……この位置だと、スノー君の声が近くて良い感じだ。相変わらずヒトの好さが滲み出て来る声で素晴らしい。戦闘状態になると一気に低くなるお声も良いけど、この声も私は好きである。
「なにって、温まるための体勢ですよ。私も温かくなりますし、神父様も私の体温で温かいでしょう?」
「ええと、だがこれはだな、駄目だと思うんだが……!?」
私のいつもとは違う行動に、慌てる声を出すスノー君。
体勢的に見えないが、恐らくスノー君の表情はどうすれば良いかとなっている所だろう。よく分からないままこうして行動している私の頭でも、ある意味予想できた反応である。可愛い。
「別に駄目ではないでしょう」
「い、いや! 成人を超えた男女がこのように密着するのは――」
「私達は付き合っていますし、クリア神も認めてくださいますよ。……それとも、嫌ですか?」
「嫌じゃない。……あ、いや、そうではなくって……!」
……これはちょっと予想外だった。まさか嫌じゃないと即答するとは。
正直本気で嫌がられたらどうしようかと思っていたけど、このような反応をされるとは。しかもあの自分の感情にも疎いスノー君が即答するという事に大いに意味があり、見事にカウンターとして機能している。……スノー君、恐るべし……!
「ほ、ほら、もしも恥ずかしいのなら、スイ君も一緒に座れば良いんですよ。ほら、スイ君、私の前に座って!」
いけない、予想外の反応に戸惑ったが、一旦心を落ち着かせなければ。
ただでさえ後ろに愛しのスノー君が居るという落ち着けない状況だが、ここにスイ君が混ざれば落ち着くはずだ。私の前に火術石を持つスイ君が座る。
三人で座って固まれば、身を寄せ合って温め合う光景になるし、私もスノー君も緊張は緩和され落ち着くはずだ。
「えー……僕にその状況に混ざれと言うんですか……? 温かいかもしれませんが、流石に嫌ですよ……」
そして一人称が僕になっているスイ君に、本気で嫌な顔をされた。……こういった表情するんだ、スイ君。
「えっと……僕、物置で寝ていましょうか。火術石は渡しますんで……」
「それは良くないぞ、ヴァイス。火術石無しだと流石に寒いからな。風邪をひかないように、この部屋で皆で温まろう。寝るのなら俺が代わりに火術石の当番になるからな!」
「はぁ、そうですか……」
あ、なんかスイ君が「これで本気で言っているのだものな……」という表情をスノー君に向け、私に若干の同情を向けている。
「それに、さっきも会話を楽しむと言っただろう? もっとこんな時にしか話せない事を話そう」
それにしてもこの状況、結構凄い感じだなー……
恥ずかしさとか、スノー君の熱を感じるとか色々思う所はあるけれど、なんと言うか包まれている安心感が強い。スノー君は私より身長が二十センチ以上高いから、良い感じになっているな……
「えっと……ではお聞きしても良いですか?」
「お、なんだ。どんどん言ってくれ!」
「神父様とシアンお姉ちゃんって、何故互いを好きになったんですか?」
「っ!?」
包まれている安心感、そして――ん、今なにか聞かれた様な……ああ、スノー君を好きになった理由か。えっと……
「やっぱり、特別な出来事があって、それがキッカケで気になり始めたとかですか?」
「え、えっと、それはだな。俺の場合は――」
「別に、私の場合特別な出来事は無いよ」
『え?』
そう、私の場合スノー君を好きになった理由なんて、気が付いたら放っておけなくなって、日常の中で掛け替えの無いヒトになっていた。それだけだ。
「私の場合、相手の鈍さはともかく、ありふれた恋の話だと思うよ」
誰かが誰かに恋をする瞬間は、特別な必要は無い。
今ある食材で献立をどうしようかと悩んでいる姿が気になり始めた、とか。
偶然同じ場所で働くようになって話すようになったから、とか。
いつも話している相手が普段とは違う一面を見た、とか。
恋を始まりが特別な必要である必要は無い。
そして私も、特別でも無いありふれた出来事があっただけのはずだ。
「やさぐれていた私にも優しくしてくれたり」
例えば、変わらぬ優しさがあるという事が、一度失った事のある私にはどんなに大切かと理解するようになったり。
「帰ってきたら笑顔で“おかえり”と言ってくれる事に安堵を覚えたり」
例えば、言ってくれない、帰っても誰も出迎えてくれないという事に寂しさを覚えてしまったり。
「結構子供っぽくて、勝負で負けるのを嫌っていたり」
例えば、勝負で一番になった時、本気で嬉しがる彼に見惚れたり。
「……気が付いたら、そんな彼を目で追うようになって。ある時ふと、好きなんだと思っただけ。そんな積み重ねだよ」
小さな、だけど私にとっては掛け替えのない積み重ねが、彼を見惚れる要因となっただけ。
ただそれだけのお話である。
「だから……今度は……もっと……」
「シアンお姉ちゃん?」
……あれ、なんだろう。話していたら急に眠気が……
そういえば私、朝から準備をしたり、文字を教えたり、無駄に強い悪霊の相手とかで魔力がすっからかんで……火術石の魔力もスイ君に頼んだんだっけ。
そんな中、私は今スノー君に少しでも積極的に行こうと言うか、好きな相手に少しでも触れ合いたく思って、座って、包まれて……
「次こそは、最高の告白を……」
……駄目だ、上手く考えられなくなって来た。自分でもなにを言っているのかよく分かっていない。
これじゃまるでクロが風邪を引いた夜にやったような事に……
「スノー君に、最高の彼女だって、胸を張れるように……そして、嫌われるのが嫌だと心から思って貰えるように……」
「……シアン、ゆっくり休めば良いぞ。今日は色々あったからな」
「そう……ですね……」
優しい声が近くで聞こえる。
先程まで何処か遠慮しがちだった、触るのを怖がっていた身体が、より抱きしめられるように感じた。
……なんだか、とても心地良い。
「……私はお父さんとか、お母さんとか、知らないし、よく分かりませんが……なんだか、これが……」
これはまるで家族のぬくもりではないのかと思いつつ。
今まで感じた事の無いぬくもりに包まれながら、私は意識をゆっくりと沈めて――
「スノー君」
「どうした、シア――ンッ!?」
意識を沈める前に、私は顔を振り向き、油断したスノー君の唇に、私の唇を軽く触れさせた。
「ふふ、おやすみのチューです。付き合ったら、こういうのをやりたくて……」
そして私は、今度こそ意識をゆっくりと沈めたのであった。
今までにない、心地の良い眠りであった。
◆
「ヴァイス」
「僕はなにも見てませんし、僕になにか言わせるのはやめてくださいね」
「そこをどうにか、なにか言ってくれ」
「……今度は、神父様からやってあげたらどうでしょうか」
「そうした方が、良いのだろうか。……そうだな」
「あと、やるのなら僕の前以外でやってくださいね。というか照れでお二人のイチャつきに巻き込まないでくださいね」
「……出来る限り頑張ろう」
「……出来る限り頑張らないと駄目なんですね」
◆
「ぁぁぁぁぁああああ……」
「……シアン、どうした? この間の除霊の件から様子が変だぞ?」
「クロ……」
頭がボーっとする。
上手く思考が働かない。
これは体が冷えて熱が出たからではない。
先日の山小屋の時ように服を着ていない事による羞恥によるものでもない。
単純に、好きなヒトの前でやった事を嫌でも思い出してしまっているからだ。
そして思い出してしまったが故に、数日経った今でもどうすれば良いのかが分からなくなっている。
まるで乙女のようだ、と私は恥じる。
なにに対して恥じるのかは分からないが、普段は気にしないように、性に合わないと言いながら振舞って、同年代の色恋事に対して色々言っておきながら。
今の私は、付き合っている彼に対してどうすれば良いか分からなくなる。
などという、純情で乙女のようになってしまっている自分が、ともかく恥ずかしいのである。
第三者であったり、物語の世界でこのような感情を抱く相手が居るならば、なにをやってんだか、と思うような心情を抱き、過去は過去だと処理出来ていない私が恥ずかしいのである。
「よし、クロ、殴り合おう。この乙女の如き劣情は、拳で解消するに限るから」
「なんの話だ」
「ついでに言うと、クロと似たような過ちをした私が許せない。こんな風にまではなるまいと思っていたのに……!」
「なんの話だ」
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