追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫のとある作戦_3(:菫)


View.ヴァイオレット


「シアン、すまないが食糧庫にある小麦粉を取って来ておいてくれるか。今は必要ないんだが、後々必要なるからな」
「はい、畏まりました神父様! とりあえず私と同じ体重くらい持ってきておきます!」
「そんなに要らないからな――ああ、ヴァイオレット。お玉八分目ほどだから、もうちょっと少なめに」
「う、うむ、承知した」

 私は今、教会のキッチンを借りてとある料理を作っていた。
 クロ殿を私色に染めるために、シアン達と色々悩み、相談し、様々な案の一つとしてまずは神父様に教わりながら作っているのである。
 神父様の料理の腕前はアプリコットが居ない今のシキでは最も上手く、教え方も上手い。彼の教えに沿えば美味しい料理が作れる事だろう。
 ちなみにシアンは料理が苦手なので器具を運んだりの力仕事担当。あとは神父様が料理を作る所を眺めたいそうなので、後ろに控えている……

「(スイ君、一応見ていてね)」
「(う、うん。でもヴァイオレットさんが神父様になにかするとは思えませんけど……)」
「(違うの。神父様、距離感おかしい時あるから、それが無いように見張っていて欲しいの)」
「(そっちなんだ……分かりますけど……)」

 とは言うが、シアンは私が神父様と並んで料理を作るのにやきもきしているようにも見える。シアンであればあまり出来ない事を私がやっているのだから当然と言えば当然かもしれないが。
 ちなみにヴァイスは見学兼手伝いである。
 それはともかく……

「傾けて……円形に広げて……表面が乾いたらひっくり返す――あっ」
「厚さが均一じゃ無かったみたいだな」
「むぅ、難しい」

 今作っている料理の生地を作っているのだが、あまり上手くいかない。これと似たホットケーキは上手く作れるようになったのだが、まだまだ修行不足のようだ。
 ええと、この料理の名前は……

「ミルクレープ、だったか。神父様はこのような料理まで知っていて、作れるのだな……流石だ」

 そう、ミルクレープ。私は今まで聞いた事も無かった料理……デザートである。
 旬のイチゴを使った、何層にも生地を重ねたデザートである。神父様にこの料理の特徴を聞いた時はまさにクロ殿の好きそうな料理であると思ったし、恐らく食べた事無い代物だ。ふふふ、これを見て、食べた時にクロ殿が喜んで貰えると思ったモノである。

「ああ、いや。これを教わったのはエクルからで、俺も一度しか作った事無いんだ」
「そうなのか?」

 どうやら話を聞くと、以前エクルがシキに来ていた時に、「迷惑をかけたお詫びを」と言って謝罪に回っていたそうだ。神父様は「別にきにしなくて良い」と言ったのだが、エクルは引き下がってはくれず、「ならばなにか料理レシピを教えて欲しい」と言い、いくつかのレシピを教わったらしい。その内の一つがこのミルクレープのようである。

「しかしエクルに教わったとなると、もしこの料理が日本NIHONの料理なら、クロ殿は前世で食べた事があるかもしれないな……」
「ん? ……あ、もしかしてクロが食べた事が無い料理が良かったか? すまない、聞いておけばよかったな」
「ああ、いや、こちらこそすまない。この料理がクロ殿に喜んで貰えると思ったから教わっているんだ。そこは重要では無いよ。大切なのはクロ殿が喜ぶかどうかだからな」

 そしてこのミルクレープはクロ殿が喜んでくれる事請け合いである。
 それに知っているのならば知っているで、違った楽しみ方もあるからな。クロ殿の前世で食べたモノよりも美味しく作れるかは不安だがそこは頑張るとしよう。……ふふ、喜んでくれると良いな。

「…………」
「どうした、神父様?」
「あ、いや、なんでもない。とりあえず薄く延ばすコツだが、中央に落として一定方向に回すように――こう、だ」
「おお、凄いな」

 私の事を不思議そうに見ていた神父様であったが、私が問いかけると焼くコツを見せてくれる。
 ……凄いな。一度しか作った事が無いと言うが、これが理想の生地であると分かる作り方である。流石だ。

「ええと、温度はこの位で、生地を……」

 私は神父様の見本を頭の中で繰り返しつつ、イメージ通りにやってみる。

「剥がして……ひっくり返して……焼いて……取り出し……平らに伸ばす……よしっ!」

 そして教わった通りにすると、上手く生地が完成した。うむ、やはりイメージしたモノがキチンと上手くいく、というのは気持ちが良いな。

「おおー」
「流石はヴァイオレット。要領が良いな」
「神父様の教えと見本が良いお陰だよ。……ふふ、これで一歩先に進んだぞ……!」

 料理の性質からしてこれを後何十枚と作らないと駄目なので、まだ最初の一歩なのだが、それでもやはり上手くいくというのは気持ちが良い。

「よし、この調子でドンドンと――どうした、神父様、ヴァイス」
「いや、なんでもない」
「はい、なんでもありませんよ」
「? そうか。ともかくこの調子で作っていこう!」
『おー!』
「神父様、持って来ましたよ――あ、なんだか知らないけど私も、おー!」







「という訳で、氷術石庫れいぞうこで一時間冷やしたミルクレープだ。まずは神父様とシアンが食べてくれ。ヴァイスにはこちらのおかずを用意した」
「おー、美味しそう!」
「ああ、上手に出来ているな」
「僕の分まで……ありがとうございます」

 生地を作り、クリームやイチゴを塗って重ねるという作業を繰り返し、冷やす事一時間。見た目や香りからも美味しいと言うのが伝わって来るミルクレープが完成した。そして味の確認をと、三つ作った内の一つを切り分け、シアン達に分けて置いた。なお、ヴァイスは甘いモノが苦手らしいので、砂糖を抜いた生地を利用してサーモンと生ハムを巻いたモノを差し出した。

「上手く行っているとは思うのだが……どうだ?」

 ミルクレープを食べるシアン達を見つつ、恐る恐ると感想を聞く私である。
 神父様指導の元で作ったので、間違いは無いはずだが……やはり料理を食べて貰う、というのは緊張するものである。

「うん、美味しいよ、さっすがイオちゃん!」
「ああ、クリームが満遍なく丁寧に塗ってあるから、ムラが無く美味しい。きめ細やかな気配りが出来るヴァイオレットらしくて良いと思うぞ」
「生地も厚みに差が無く、丁寧に作られてますからスッと入ります。美味しいです!」
「そうか、良かった」

 私は感想を聞いて内心で「よしっ」と拳を強く握った。
 シアン達は気になる所があれば素直に指摘するので、美味しいと言うのはお世辞ではないという事だ。やはりこうして美味しいと言って貰えるのは嬉しい。

「……うーん、美味しいだけじゃなくって、私も神父様やスイ君みたいな細かな所まで評価したほうが良いのかな……というか、そこに気付くのが料理の上手さの差異というやつなのかな……?」
「はは、シアンの素直さこそ重要だと思うぞ。変に評価を気取るより、美味しいという一言が大切だ」
「はい、シアンお姉ちゃんの感想は良い励みになりますからね」
「そ、そう? ……そこはかとなく単純生物とか言ってません?」
「言ってないぞ」

 ふふ、これならクロ殿にも喜んで貰える事だろう。
 体調が快復した所にこれをプレゼントし、食べて貰う。私が作ったとなれば驚いてくれるだろうか。最近は首都であったり、バーントやアンバーの美味しい料理だったりで私の料理はあまり作って食べて貰ってなかったから、美味しいと言って貰えるかは少し不安だが……

――それでも、美味しいと言って貰えたら嬉しい。

 当然喜んで貰い、美味しいと言って貰えるのが理想だ。
 クロ殿は大抵の事ならば喜んでくれる、なにかしてあげるという行為にし甲斐がある愛しの存在だ。
 だが、折角ならば心の底から、自然と出るような形で喜んで貰い、渡したという行為が良い思い出として残ってくれたら嬉しいモノである。
 その暁には――

「ふふ、私色に染めて……」

 私の作ったモノで良い思い出となり、思い出が増えれば増える程クロ殿は私色に染まっていく。そうする事で私だけクロ殿色に染まるのではなく、互いに染まり合うのである。

「ふ、ふふふ……染めてやる……!」

 ああ、なんと楽しみな事か。今日は染めるための一歩を踏み出した日なのである!

「(……ところで、シアンお姉ちゃん)」
「(どしたの小声で?)」
「(別にこんな事しなくても、クロさんってヴァイオレットさんの色に……)」
「(スイ君、それ以上を言うのは野暮ってもんだよ。それに……)」
「(それに?)」
「(色に染めたい、とは言うけどね。本当はそういう事では無いんだよ)」
「(じゃあどういう事なの?)」

 本当に楽しみだ。
 それにクロ殿が甘いモノを食べて、子供のように笑う姿を見たい。嬉しそうにする表情を見たい。

――喜んで貰えたら、嬉しいな。

 なにせクロ殿が喜ぶ姿を見ると、自然と私も嬉しくなる。
 クロ殿が喜ぶ姿を見るために、私はいくらでも頑張れるのだ。
 そう思いつつ、クロ殿のためのミルクレープを大事に眺めるのであった。

「(……単純に、好きな相手に喜んで貰いたい。って思っているだけの、それだけの行動なんだよ)」
「(……そっか)」

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