追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫のとある作戦_1(:菫)


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 何処にでも情報に対して耳聡く、行動が早い輩は居るモノである。

 情報は鮮度が命であり、情報をどう処理し、行動するかが世の中で成功する者としない者の明暗を分けるのだろう。
 事実、流通や新規事業に関わるエクルは、情報網を駆使する事が上手いためあの若さにして成功していると素直に言える。
 エクルは新しい事業を思いつき、馴染ませる、というのが上手いのも確かだ。しかし、情報、評判、これからの展望。なによりもこれらの新しい情報を常に得る事で、望む方向性に持っていく事が出来ているのだろう。
 それほどまでに情報というモノは鮮度が重要であり。情報を得て、それが利益に繋がると判断すれば、何処にでも群がって来るモノである。私がバレンタイン家に居た頃もその手の輩をよく相手したモノだ。

「いかかでしょうか、わたくし共の提供する品々は。どれも素晴らしい物ばかりでしょう!」
「……そうだな」

 今回はそれが、私の前で自然と浮かべられるようになっている張り付いた笑顔を持つ商人であった。
 クロ殿は昨日風邪で倒れたため、安全をとるために(無理矢理に)休んでいる。快復傾向にはあるのだが、変に長引かせても駄目であるので(強制的に)寝ているのだ。そのため後ろにアンバーが控えた状態で、私が独りで領主として対応しているのである。

――今まで来なかったのに、王族との繋がりがあると判断した途端にこれか。

 シキの特異性の噂が広がっていた、というのもあるかもしれないが、こういった輩はあまり来なかったのも事実。様々な情報から、私達と上手く繋がれば王族にも情報が行くと考えているのか、あるいはこの商人が他国の者で、私達の反応から王国の情報を盗み取ろうとしているのかもしれない。

――陞爵などの話から、裕福だと思ったか。

 立派な屋敷、急な陞爵、王族や新進気鋭の貴族の若者たちと親しく、首都からは大きな馬車一台分の褒賞を貰って領地に帰って来た。
 ……充分な交渉材料であり、繋がりを持って、甘い汁を啜りたいと思ったのだろう。こういった輩は今後増えていく事だろう。そう思うと頭が痛い。
 ……だが。

「なにかおススメの品があれば、紹介願えるだろうか」

 だが、この者が短期間で接触を図って来たのは事実。
 しかもシュバルツのような動きやすい単独での接触ではなく、部下を引き連れての多くの商品を携えて来たのだ。そこまで出来るのならば、商人である彼女が優秀な事は確かなのだろう。話を聞く価値は、今後の商人達よりはあるだろう。
 だから私はこうして対応しているし、必要ならば今後の付き合いも考えていくつか買っても良いだろう。

「こちらの宝石など如何でしょう。貴女様の美しき御髪と同じ色の宝石です。旦那様もお褒めになるかと!」

 宝石か。偽物ではなく本物のようではある。
 宝石は綺麗だとは思うし、身に着ける者の威光を示すには良いとは思う。私もよく身に着けてはいた。しかし高い値段を出してまでわざわざ身に着けたくない。……綺麗だとは思う。だが、それ以外は本当に思い浮かばないのである。後は資産として運ぶのに便利だな、と思う事くらいだろうか。
 クロ殿に喜ばれるのなら身に着けたいが、一緒に選ぶか、クロ殿が選んだものを身に着けたい。

「ではこちらは如何でしょうか。貴女様を彩る装飾品の数々! こちらの品揃えは王国でもトップクラスと自負しております!」

 装飾品か。確かに品揃えは素晴らしい。
 クロ殿に喜んで貰えるように、アクセントとしてつけたり、髪留めとして私も身に付ける事はある。だが、進んで買うには……駄目だな、やはり私には記号のようにしか見えない。少しずつ良くはなっていると思うのだが……

「で、ではこちらはどうでしょう。なんとあの所在不明の帝国の巨匠であるウルトラマリン氏が描かれた美しき名画! この屋敷にアクセントを加えるのに相応しき代物かと! 」

 絵画か。相変わらず上手い絵は上手いな、現在シキ在住の帝国を追われたウルトラマリンの絵は。私は好きだ。
 そして絵画は、良しとされる絵の知識はある。……父も同様であり、教会への喜捨による繋がりの確保といった道具に使用したり、応接室に飾るハッタリ用の道具として見ている。……私も同様だったな。
 ちなみにクロ殿の場合は「絵上手っ!」程度しか分からないそうだ。……そちらの方が良いかもしれない。ともかく絵は間に合っている。

「で、では、滋養強壮の薬など如何でしょうか。夫婦仲をより深めるこちらの……」
「ああ、チョコレートか」
「! そう、チョコレートです! こちらに興味がおありでしょうか!」

 チョコレート。クロ殿やグレイが大好きな菓子類である。
 ただ、チョコレートは菓子類ではなく、別の意味の側面を持つ事が多い。滋養強壮……というよりは、媚薬としてである。
 話に聞く所によると、貴族のパーティーでチョコレートを渡す事は夜の誘いを意味し、一夜の関係を築くキッカケにもなっているという話だ。……まったくもって不品行甚だしい。

「すまないが、そういった類は必要ない。夫も私も健康であるし、体調維持には腕の良い薬師が居るモノでな」
「左様ですか……」

 それはともかく、チョコレートを買えばクロ殿は喜ぶだろうが、買えば私達夫婦が「夜の不満を持っている!」的な解釈をされ、今後そういう商品が増えるだろう。……そういう商品を見るのは悪くは無いかもしれないが、今は必要ない。チョコレートはシュバルツからだけで充分だ。

――私には必要なのかもしれないが……気遣っては貰っているが、ついて行くのに……

 ……いけない、余計な事は考えるな。

「で、では――」

 女性であれば興味を示すだろうと思っていた品々に対し、私が興味を示さない事を悟らせないようにしつつも焦る商人。
 その後紹介するのは茶葉や珈琲豆といった類や、それらを淹れるための器具類など。そちらはアンバーに確認させ、良いものだと言うのでいくつか購入した。

「……ふむ、こんな所だろうか」

 一通りの商品を見終え、私は確認を取る。
 数々の商品を見て、興味が引く引かないはともかく、良い品質のモノは多かった。これなら彼女とは今後とも付き合うのも良いかもしれない。

「あ、ありがとうございます、今後とも御贔屓にお願いします」

 ……ただ、彼女が今後も来たい、と思えばだが。思ったような商品が売れず、あちらに利益があると思えればいいのだが。あとシキに来るたびに精神的疲労をしなければ良いのだが。

「あ、最後にこちらはどうでしょうか。装飾品の類は関心を引けるものをご用意出来ませんでしたが、こちらをご覧ください」
「む? ……ああ、下着ランジェリーか」
「はい、今ならばゆっくりと見られるかと」

 最後に思い出したかのように、後ろに控える部下達に物を持ってこさせ、私の前に広げる女性物の下着の数々。この場に女性しかいない事を利用し、相応しき話術で進めて来るのかもしれない。
 ……私がチョコレートに少し反応し、とある心配事を見抜かれて勧めて来た、という事は無いと願いたい。

「何故これを最後に?」
「貴女様の着る服はどれも素晴らしきモノです」

 当然だ。クロ殿が私のために仕立ててくれたのだからな!

「ならば服には厳しいかと思い、出すのを躊躇いましたが……やはり、見て貰いたいと思いまして。下着こちらに合う服もご用意しておりますが、如何でしょう? サイズもすぐに調整できますが」
「調整は腕の良い者がしてくれるので不要ではあるが……」
「ほう? 腕の良い職人をお抱えで?」

 お抱えというか、夫と言うか。ある意味最も身近にお抱えしている。

「私の服は基本その者が作るか、調整をする。むしろ手の入っていないモノを身に着けてはいない……身に着けて……」
「……御令室様?」
「どうされましたか。なにかお気付きになられた事でも?」

 ……そうだ。よく考えれば私の身に着けているモノは、基本何処かにクロ殿の手が入っている。
 服も下着も、シャツも靴下も。入っていないのは靴くらいでは無いだろうか。
 それはつまり……うむ。

「すまない、いくつか取り出していない物があると思うのだが、その中に私が望む物があるかを確認して欲しい」
「おお、それはなんでしょうか!」
「実は――」





備考1 ヴァイオレットの物に対する価値観(シキに来る前)
宝石: 種類と宝石言葉を結び付けて覚え、種類によって良い所と一般的に評価される箇所を褒めるだけの代物。
絵画:絵のタッチとモチーフから歴史と美術的価値を検索して称賛するだけの代物
装飾品:世間一般の認知、パーティーにおける相手を見極める算段の一つ。
食事(一人の時):栄養補給。
食事(会食):甘味、塩味、酸味、苦味は分かり、評価できる。旨味は分からない。


備考2 備考1をどことなく感じ取った幼少期ヴァーミリオンの感想
(つまらない女だ)


備考3 備考1をどことなく感じ取った結婚初期のクロの感想
(……上手くやっていけるかな。とりあえずグレイが淹れた紅茶以外を美味しいと言わせるところから頑張ろう)


備考4 備考1をどことなく感じ取った結婚一ヶ月以降のクロの感想
(ククク、食事の美味しさを覚えたな……この調子で食べてもっと健康的な体型になれ……!)


備考5 ウルトラマリン
シキ在住の絵描き。色々あって帝国を追われた。
彼の描く絵の出来の内訳は、以下の通り。

7割:なにが書いているかよく分からない絵。一定のファンが居る。
0.5割:誰もが認める名画。
2.5割:シアンや神父が浄化しなければならないレベルの謎の怨念が籠った絵。(追われた理由)

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