追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

暗い部屋にて_2


「……そうですね。壊すのは最終手段にしましょうか」

 力が入りにくい状況ではあるが、素の状態でもどうにか壊せるし、強化をかければ問題無く壊せるだろう。それに多少危険ではあるが魔法を使えば壊せない事も無いと思う。
 しかし我が屋敷を壊す手段は出来れば避けたい。なんらかの方法で扉を開ける方法を探すか、別の脱出路を探す得策だろう。……それに理由がもう一つ。

「内側から閉められるとなると、大分強固な可能性がありますね」

 内側に居る人が閉められるようになっているという事は、隠れるようにしてあるという事。こんな空間に隠れる理由なんて逃げて身を守る以外にはあまり思い浮かばない。
 先程壊せない事は無い、とはいったが、一発で壊す事は難しいだろう。下手に壊せずにいて手が傷付いたり、妙な衝撃を与えたせいで開閉の仕組みそのものが壊れる、なんて事はあっても困る。そんな事があればここに閉じ込められたままになる事だってある。それは御免こうむりたい。

――どうにかしてこのレバーを……くそ、暗くて見え辛いな。

 まずはこのレバーを動かそうとするが、やはりなにかが噛んで動かない。
 噛んでいるモノを取り除きたいが、この部屋は明かりがほとんど無いためよく見えない。光魔法で照らす……と言う手もあるが、光魔法はなにか媒介が無いと光源を一定で保つ、というのは難しい。下手したら「眩しい!」で終わってしまう。

「すまない、クロ殿。私の不注意で……」

 俺がどうにかレバーを動かそうとしていると、近くに居るヴァイオレットさんが申し訳なさそうな声で謝罪をして来た。表情は見えにくいが、沈んだ面持ちだろう。

「いえ、大丈夫ですよ。それよりヴァイオレットさん、暗くて見え辛いんですが、なにか灯す事出来ますか?」
「そうだな、火……は、埃に引火する可能性があるし、光魔法で灯してみよう」
「媒介無しで行けます?」
「掃除道具としてはたきを持っているから、これを使おう」

 ヴァイオレットさんはごそごそと服を手探りでまさぐり、はたきを取り出そうとする。媒介、ようは杖のようなもので魔力に指向性を持たせれば良いから、はたきなら充分か。というか何処に持っていたのだろうか。

「む……あれ……どこに締まっただろうか……確か腰に……」

 ごそ、ごそ、シュル、さす、カサ。
 ……いかん、視界があまり利かない分、音に敏感になっている。身近でヴァイオレットさんが服をまさぐったり、めくったりしているだろう事を想像すると――イカン、変なことを想像するな。

「ああ、そうか。先程クロ殿と位置を入れ替わった時に落としたから、ここに入れたのであった。――んっ、と」

 ……え、今何処から取り出したの? なんだか上部分の――余計な事を考えるな。今は脱出だ。

「クロ殿、照らすぞ」
「はい、どうぞ」
「うむ。――【光初級魔法ライト】」

 ヴァイオレットさんは光魔法の基本魔法を唱えると、はたきを媒介とし、最初は蛍のように淡く光っていき、段々と光が大きく、明るくなっていく。

「この程度だろうか。見えるか、クロ殿?」
「ええと……」

 暗い中での光であったので、目が慣れるのに少し時間がかかる。
 徐々に目も慣れていくと、レバーの部分と稼働域にある隙間がキチンと見えるようになって来た。うん、良い感じである。

「はい、丁度良い感じです、ヴァイオレットさ――んっ!?」

 これで十分だとヴァイオレットさんの方を向き、感謝の言葉を述べようとして、つい素っ頓狂な声をあげてしまう。

「どうした、クロ殿? もう少し近付けた方が良いのだろうか?」

 ヴァイオレットさんは俺の反応に疑問符を浮かべつつ、体勢を変えて俺の方に近付けようとする。なんて心優しい気遣いなんだろう。

――マズい……!

 しかしそんな気遣いも、今の俺にとっては少しマズい状況に拍車をかけていた。
 その理由は態勢にある。この部屋は天井が低い。俺もヴァイオレットさんもしゃがんでもと手をあげられないくらい、低いのである。
 当然それだけ低い以上は、この部屋を移動するには明るい内はまだしゃがんだままの移動でも問題無かったが、暗い今のような状況で確実に移動するためには膝を付け、手を地面においての移動の方が確実であるし、なにより体勢的にも楽だ。ささくれがあるので症状危険ではあるが。
 俺も楽な体勢、つまりは四つん這いの体勢になってレバーを覗き込んでいるのだが……ヴァイオレットさんも同じ体勢で片手にはたきを持って、こちらを向いているのだ。
 要するに……

――見え……!?

 ……要するに、ヴァイオレットさんの豊かな部分が、いつもと違う感じで見えているのである。
 そして春なのに暑いためなのか、部屋の空気の流れが悪いためなのか、はたきを探す際に乱れたのかは分からないが……少々はだけて、なんともイケないものを見ている感じがして――

「クロ殿、何処を見て……っ!?」

 しまった、ヴァイオレットさんに気付かれた。

「ク、クロ殿この状況で何処を見ているんだ!」
「いや、あの! 見ようとして見た訳では無いと言うか、えと、いえ、申し訳ございません!」

 俺は素直に謝った。
 それにヴァイオレットさんが俺の視線に気付き、動揺の表情を見せるが、照らさないと駄目だと思っているのか、胸元を隠さずにいてくれているんだ。俺が言い訳がましく否定するなんて良くない事である。
 素直に謝り、早くこの体勢から脱出しなければ!

「…………。見たいのならば、後で見せるから……」
「え」

 それはどういう意味ですか。と。動揺のあまり、恥ずかしそうにしているヴァイオレットさんに対し言葉で問いかけようとして。

「あいたっ!?」

 つい無意識に身体を起こそうとしてしまったので、当然の如く天井が低いので頭をぶつける。

「クロ殿、大丈――夫っ!?」
「え、あ、ちょ!?」

 そして天井にぶつけた事による前後不覚か。はたまた疲れがとれていない事によりふんばりが利かなかったのか。はたまたその両方か。
 ともかく俺はバランスを崩して――

「わっ――!?」
「危な――!?」

 そのまま、ヴァイオレットさんの方へと倒れ込んでしまった。
 ヴァイオレットさんは俺を支えようとはたきを落としつつ、そのままの体勢で受け止めようとするのだが、体勢のせいか、俺が重いせいなのか、受け止めきれずに倒れてしまう。

「大丈夫ですか、ヴァイオレットさん!?」

 俺はすぐさま大丈夫かと確認をし、明かりが消えた部屋の中でヴァイオレットさんの様子を確認する。くそ、明かりが消えたから様子が見えないし、暗さにも目が慣れていないので、無事かどうかの判別が難しい。

「大丈夫だ、クロ殿。バランスを崩した程度だよ。クロ殿の方こそ大丈夫か?」
「ええ、俺は大丈夫です。打ち身とか、痛い所とかないですか!?」
「心配は無用だ。平気……で……っ!?」

 俺が心配して、平気だと言うヴァイオレットさんではあるが、言葉をつまらせる。なにかに気付いたかのような声色である。

「やはり何処か痛い所が!?」

 もしもそうならば今すぐ扉部分を壊してでも治療しなくては。なんだか上手く力が入らなくて体勢を崩した訳であるが、今すぐ態勢を整え強化魔法をかけて扉をぶっ壊してやる!

「痛くはない。痛くは無いが……」
「無いが、なんです?」
「クロ殿、今は離れてくれ……!」

 離れて欲しいと言うヴァイオレットさんは、痛みを我慢して強がっているような声ではなく、いつもの凛々しき声でも無く。
 消え入りそうな、羞恥に染まっていそうな――声、で――

「その、今の私は……埃っぽくて、汗臭いだろうから……今はあまり……!」

 明かりは無いが、目が暗闇になれ初め、僅かには見える状況における、恥ずかしそうにして顔を逸らしているヴァイオレットさん。
 間近から聞こえる、何処か弱々しい羞恥に染まる声。
 態勢としては、倒れるヴァイオレットさんに俺が覆いかぶさっているような形であり。
 外からの空気の入れ替わりが少ないため、充満するヴァイオレットさんの香りが――

――邪念よ、去れ……!

 五感の内の視覚がほとんど機能していないためか、他の情報が敏感になっている。
 荷物を運んだりしていたり、今日はいつもより気温が高いから俺も汗を掻いていた影響もあるためか、いつもよりヴァイオレットさんの香りを感じる。
 運動後の体温上昇による感じる熱……ヴァイオレットさんの体温を異様に高く、より身近に感じる。
 先程は慌てて感じなかったが、柔らかい感触を頭や体が覚えていて。
 聞こえてくる声が脳に直接響くような甘い声に聞こえる。
 つまりヴァイオレットさんという愛しの存在が、いつもとは違う魅力に溢れていつも以上に意識してしまって、密室の暗闇で二人きりという状況が誰にも邪魔をされないという事でええい違う邪念よ去れと言っているだろう落ち着け俺。
 心臓の音がいつもより早く脈打っているのを感じるが、慌ててはいけない。目が慣れて来て、先程見えた豊かな部分が仰向け状態でも豊かに見えてええい邪念よ去れと言っているだろう! 邪まな感情をいだいている場合か!

――……いだく……く……見たいのならば、後で見せてくれる……

 …………落ち着こう、クールになれ、俺。
 ヴァイオレットさんの体温は熱いくらいであるから、俺がクールになれば良いはずだ。このような状況で、望まぬいやがる形で感情を暴走させてはいけない。

「……クロ殿? なんだか……」

 そう、ゆっくりと考えて、冷静に……冷静に……愛しの存在がこのような状態で目の前にいて、冷静にいられるものか……!
 頭は異様なほど周るのだが、余計な邪念が湧いて来るので冷静なのか混乱しているのか分からない。というか考えは多く湧くのだが、上手くまわらない。

「私の体温が高いからだろうか。クロ殿の体温が……」

 俺の地頭はそこまで良くないのは確かだが、ここまでまとまらないとなるとやはり疲れが残っているのだろうか。
 あるいは俺は魅力的なヴァイオレットさんの前ではいつもこんな調子かもしれないが、俺が疲れているのなら、俺より体力のないヴァイオレットさんはもっと疲れが残って――

「先程体勢を崩した事といい、何処か調子でも――クロ殿!?」

 ――あれ。おかしいな。
 頭にとても柔らかな感触がある。これはまるで先ほど見ていた豊かな部分の埋めているようではないか。
 はは、そんなはずは無い。そんな事より早くこの部屋から抜け出して、自身の体臭を気にする可愛らしいヴァイオレットさんの照れの表情を堪能しないと駄目だ。
 ヴァイオレットさんは普段は凛々しく、イタズラをするような不敵な笑みも素敵だが、予想外の事があるとすぐ照れる表情がとても可愛くて……

「クロ殿! ――クロ殿!」

 ……でもなんだろう。上手く力が入らないし、今はこのぬくもりに甘えたいな。

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