追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
意気消沈と青春進展と高揚我慢
結果的に言うと、マゼンタさんの大規模夢魔法は解かれる事になった。
ヴァーミリオン殿下のとある言葉の後、しばらく黙っていたマゼンタさんであったのだが、今までとは違う表情で笑いだし、笑いが収まると起き上がって自ら解くと言い出したのである。
曰く、
『愛している息子にそう言われちゃね。……うん、それに、クロ君に言われたように、現実で頑張ってみようかな』
との事で、そのためにも夢を見せるこの魔法を解くとの事だ。
しかし同時に、
『でも、私は世界の皆に魔法をかけた罪人だからね。罪は償わないと』
とも言っていた。
どうやら幸福にするためとはいえ、魔法を世界の人々にかけて結果的に世界から人を消すという危険を冒そうとした、という認識はあったようだ。それは前から分かっていたのか、認識を改めたのかは分からないが。
ともかく、これから迷惑をかける事を謝罪しつつ、夢魔法を解く前に息子である殿下にも別れを告げようとしたのだが……とある事情で、まだ解かれていない。現在は夢魔法を解く前の待機時間である。
紫の空気が揺蕩う空間に居るとなんとも複雑な気分になるし、なにやら煩悩と戦っている様子のフォーンさんのためにも早めに解いては欲しいのだが、事情が事情だけに、ここはゆっくりと待つべきだろうと判断した。
「……情けない」
そしてこちらは、俺と同じく待機中のやや落ち込んだ様子のヴァイオレットさん。
夢魔法を解く前に、かかりが甘かったであろうヴァイオレットさんの魔法を先に解くという話になり、先に解いたのだが、夢から覚めて事情を把握してからはこうして落ち込んでいる。
「私だけが解決のためになにもせず、ただ眠っていただけなのか……」
落ち込んでいる理由は、自分が眠り、夢を見ていた事に対してだ。
発動時にマゼンタさんに直接かけられた人の方がかかりが甘い、というのは仮説ではある。だが、あの場に居たのに、自分だけが目を覚まさず、気が付けば後は解決するだけだった、という状況がショックだったらしい。
「夢魔法を解く方法に関しても、私は力になれていない……」
「そこは仕様が無いと思うのですが……」
夢魔法を解く手法に関しても、ヴァイオレットさんは力になれていない。下手に関わっても邪魔になると判断し、解除についての内容が聞こえる距離で、俺の横で座っているのである。とはいえ、解除の力になれていないのは俺やフォーンさんも同様ではあるのだが。
「メアリーはキチンと目を覚ましたのに……ふふ、私だけ良い夢を見れたぞ……」
「いや、それは、まぁ……」
あの場に居た中でヴァイオレットさんだけ目を覚まさなかった、と述べた様に、メアリーさんも俺達同様夢魔法から目を覚ましていた。
しかしメアリーさんは俺やフォーンさんのように偶然逃れられた訳でも、ヴァーミリオン殿下のように外部からの後押しがあったから目が覚めた訳でも無く……
「自力で目覚めるメアリーさんが特殊なだけですよ」
そう、なんとメアリーさんは自力で目を覚ましたのである。
俺やフォーンさんのように偶然事前対策が出来た訳でも、外部からの力を借りた訳でもなく。メアリーさんは“マゼンタさんの目を見た瞬間に脳内に保護魔法をかけ。しかし上手く防ぎきれずに気を失い、夢を見たのだが、内部で魔法の構築を読み取って強制的に目覚めた”のである。
……この夢魔法、王族の特殊魔法で、世界に瞬時に広がりを見せ、被呪者の生命活動を保護し、世界を停滞させるような災厄級の魔法であるのに、なんでメアリーさんは短時間で解けているのだろうか。
しかし正規の方法ではなく、強制的に無理に解いたため、解く際に自身の魔力を暴走させたため、精神と身体に反動が来たらしく、「無理をしたからどうにか出来たんです」とメアリーさんは言っていたが……それだとしても凄い。
「しかもメアリーは解除に協力している……」
「それもメアリーさんが凄いだけですよ……」
……先程とある事情と説明したが、その事情とはメアリーさんが関わっている。
メアリーさんはマゼンタさんが解く前に、“つい先程辿り着いた”かのように現れた。そして言った事は、予想外過ぎた言葉であった。
『マゼンタさんはこの夢魔法に関して罪を背負わないように出来ますよ』
『え、どういう事メアリーちゃん?』
『はい。夢なんて目を覚ませばほとんど忘れますし、世界が停滞しているのなら、広がった方法と同様に、気付かない内に解除して、無かった事にすれば良いんです』
『…………はい?』
と、メアリーさんは言いのけたのである。
世界は今停滞している……なんでも世界が夢を見ている状態に近いらしく、上手く解除すれば、世界の人は気付かぬ内に、魔法がかかる前の状態の認識で魔法が解除されるらしい。夢を見ていた、という後遺症は残るが、まさにそれだけになるようである。それをメアリーさんは可能との事で、今はその準備&調査中である
……世界に魔法をかけたマゼンタさんも凄いが、気付いてどうにか出来るメアリーさんは本当になんなんだ。俺と違って転生特典的なモノを貰っていないだろうな。
一応はこの魔法を構成している元の魔力が、メアリーさんが対策を立てていた、俺もかかったあの黒い靄が元らしいので、可能性を見いだせたそうだが……だとしても本当になんなんだ。もうメアリーさんが居ればどうにでもなるんじゃないかと思う程である。
「しかし、クロ殿、クロ殿」
「なんです、内緒の相談事でも」
メアリーさんの凄さはともかく、先程まで落ち込んでいたヴァイオレットさんが顔を近付けて内緒話をしたいという仕草をしたので(可愛い)、俺もならって顔を近付けて小さな声で話す。
「メアリーの様子がおかしいと思うのだが……なにかあったのか?」
そう言いながらヴァイオレットさんはメアリーさんを見たので、俺も追うように見る。
そこに居るのは、この魔法の発動者であるマゼンタさんと、解除をする目途を立てているメアリーさんと――そしてもう一人。
「では、学園の中にある大きな地脈を利用して、解除する段取りをしましょうか」
「うん、それが良いだろうね。私も学園だと力がみなぎったから、ここを起点にした訳だし」
「はい、その際に……」
「メアリー、夢魔法を構成する魔力について気付いた事が――」
「そうですか分かりましたのでちょっと離れてくださいヴァーミリオン君そうですか離れないのなら私が離れます」
「メ、メアリー。何故そんな早口で一歩距離を取る」
「なんでもないと思わないでください」
「メアリー、どうした!?」
ヴァーミリオン殿下が王族魔法を扱えるとして、解除に協力しているのだが……メアリーさんの様子が明らかにおかしい。
表情は真剣そのもので、世界に掛かる魔法を精一杯安全に解こうとしている真面目な表情なのだが……真面目な表情のまま言動がおかしいのである。それは殿下が関わっている時だけおかしいのである。
「……殿下とメアリーの間に、なにかあったのだろうか」
「ええっと……」
あったかと問われれば有りはした。
しかし理由を知っているのは俺とフォーンさんだけであろう。少なからず殿下は無自覚だ。そして……メアリーさんも、ある意味では無自覚なのかもしれない。自分で自分が何故あのような対応をしているのか、分かってないかもしれない。
まぁ、要するに、俺が詳細を言える事では無い。だが、感想だけ言うとしたら……
「青い春、というやつなんでしょうね」
という事である。
「……つまり、そういう事だと?」
「そういう事です」
「……ほほう」
あ、ヴァイオレットさんが納得した後、何所となく「これから楽しいモノを見れそうだ」という悪い表情になっている。まさに悪役令嬢の表情である。
……凛々しくて格好良いな!
「ところで、もう一つ質問なのだが」
「どうしました?」
凛々しくて大好きな不敵な笑みの後、ヴァイオレットさんは違う方向を見る。
その視線の先に居たのは……とある、独りで居る女性。
「……くぅ、……はっぁ、……ぁ! ――ふぅ……!」
正座をしながら、先程よりも顔が赤く、息を……イカン、俺には見ても聞いても毒にしかならん類の奴だ。
「……フォーン会長は、なにをやっているんだ? とても辛そうに見えるのだが、近付けないオーラがあると言うか……一緒に見に行かないか、クロ殿?」
「俺が行くとマズいですし、ヴァイオレットさんが行っても……うん、今のフォーンさんはマズいと思います。見境が無い可能性も有ります」
「見境……?」
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