追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

なにがあろうと言うべき事


 調子を乱され、心情が伝わらない事にもどかしい思いを抱いていたヴァーミリオン殿下。このままでは魔法の解除は出来たとしても、マゼンタさん自身を納得も理解も出来ないものだと思っていた。「解除するのが幸福なら、そうしよう」と言う程度で、受け入れるだけになるのだと。

「マゼンタ母さん」

 が、ふと、殿下の空気が変わった。
 母の名前を呼んだだけなのだが、周囲の空気が締まったように感じる。

「母さん。俺は貴女を嫌ってはいません。ですが、貴女を本当の母と知った時、父上と貴女が憎く、嫌いに思った時は有りました」

 語り出すのは昔の話。先程までとは違い、今まで話した事のない事を吐露しているように思える。

「……そうなんだ」
「はい。血が憎く、自傷行為をしそうになった程度には」
「……それは悲しいかな。ヴァーミリオンが苦しむのは、悲しい」

 マゼンタさんは悲しいと言うが、何処か悲しいと言うのには違和感があった。上手く言えないのだが……愛する息子が苦しんだ事が悲しいと言うよりは、負の感情を抱いた事が良くない、と思っているような感じがする。

「ですが俺が抜け出し、会いに行った時。貴女は普段の有様は素晴らしく、俺に対する愛も感じられた」
「それは勿論、ずっと会ってなかった息子が、内緒で会いに来てくれたんだよ。嬉しいに決まっているでしょう。婚約破棄の話を聞いて気が気じゃ無かったしね。その分愛を注いだけど!」
「ええ、お陰様でもうしばらく会いたくなくなりました」
「なんで!?」
「成人した息子に“おーよしよし”として来る母親とか嫌です」
「反抗期……!」
「違――わなくはないですね」

 ……ん? 今の会話だと……学園生になってから殿下は共和国に行ってマゼンタさんに会いに行ったという事なのだろうか。
 なにか心境の変化は……学園で起きた事を考えると色々あっただろうが、何故急に会おうとしたのだろう。というかやっぱり若返る前からあの調子なんだな。

「でも、なんで急に会いに来たの? 子供の時に会ってから、今まで会ってくれなかったのに……」

 俺が疑問に思っていると、マゼンタさんも不思議そうに聞いて来た。会った時には聞かなかったようである。

「それはそうですよ。血以前に普通に貴女を恨んでいましたから」
「え。な、なんで!? 子供の頃、コーラルちゃんにバレない様に、私を生みの親として話しかけてきた時、優しくしたでしょ!」
「ええ。先程までの会話を聞くと、母さんは優しく諭してくれたのでしょう。なにせ俺の子供ながらに“どうして兄である父上と関係を持った!”や“俺を苦しめて楽しいのか!”と、問い詰めましたが、貴女はとても優しかった」
「でしょ!」
「では母さん。俺の“俺は貴女を母と認めない、俺は正当なランドルフ家の血筋だ!”という叫びに対し、なんと答えましたか?」
「うん、ヴァーミリオンがそう思うのなら、私は尊重するよ、と優しく笑顔で言ったよね」
「はい、それを聞いて俺は二度と会うモノかと幼き心に誓いました」
「なんでなの!!?」

 ヴァーミリオン殿下の告白に、本気で分からなそうな表情をするマゼンタさん。今までとは違い、本気の厚意が上手く行っていなかった事を本気で疑問視しているようである。
 しかしええと、殿下の発言を考えるに、マゼンタさんの言った事は……

「あの、クロ君、今のって……」
「子供ながらに本当の母親に思いをぶつけたら、“お前がそう思うのならそうなんだろ、お前の中ではな”と冷たく言われた感じなんでしょうね」
「ですよね……」

 実際は相手の気持ちを慮る発言だったのだろうが、幼きヴァーミリオン殿下にとっては見放されたと思ったのだろう。それは子供の心に深く刺さったのかもしれない。

「で、でも、どうして急に会いたくなったの?」
「……好きな女の影響ですよ」
「好きな女?」

 好きな女と言うと、当然彼女の事だが……今それを話して良いのだろうか。
 気になるので俺とフォーンさんは少し殿下達から目を逸らすが、すぐに殿下達の方へと視線を戻した。

「ええ、こうして思い返すと、腹立たしい事に、俺は父上の血が流れているのではないかと思うのですよ」
「え、ヴァーミリオン、フューシャちゃんに手を出したの? コーラルちゃんレベルのたわわが好きとか、妹が好きとかそんな感じ? 合わさって最愛になって我慢出来なくなった?」
「そういう意味じゃない黙って話を聞け」

 マゼンタさんの発言に対する殿下が少し怖かった。

「俺の好きな女を見ていると、何故か貴女を思い出したんです。優しくて、自分の事よりも他者の事ばかり考える。そう思うと、俺は貴女に会いたくなったんです」
「……それで、会ってどう思った?」
「ええ、腹立たしいほどにそっくりでしたよ。父上が貴女に心を許し、味方したのも分かる程には。……貴女はその感情を利用したようですがね」

 マゼンタさんは、共和国ではまさしく滅私の人だった様だ。
 夫を愛し、子を愛し、民を愛し。
 誰からも好かれ、誰よりも働き、誰よりも周囲に気を使う。
 国民のために働くため、働き過ぎている、というのを周囲にバレぬように振舞い、寝る間も惜しんで文字通り身を削り誰かのために働いた。……働けば働くほど、良い結果に繋がり、国民が喜ぶ。だから良い事なのだと、疑いもせずに働き続けていた。例え自分がどうなろうと、自分の辛いなんて感情なんてどうでも良いと言うように。

「まさにそのモノでした。このまま行けば貴女のようになってしまう、と思うほどに」
「なる、じゃなくて、なってしまう、ね」
「はい」
「でもおかしい事じゃないでしょう。私は、皆のために頑張って……だから私はこの魔法を思いついて、幸福に……」
「母さん、駄目なんです」

 マゼンタさんは皆が幸福な夢を見られるのならば、それで良いと言っていた。
 息子と娘、愛する相手が幸福ならばずっと頑張れると言った。

「この魔法に、母さんの幸福は何処にもない」
「…………」

 だがそれは同時に、マゼンタさんは独りで誰とも関わらず生きていく事を辛いと思っている事を意味している。
 マゼンタさんは自分の意志などどうでも良いと言ったが、それは正に自分の現実すら分かっていない、分かろうとしていないという事だったのだろう。

「母さんをこの世界で孤独にさせる。俺はその事実があるだけで、なにがあろうとこの魔法を解かなければならないと思い、抗い続けます」
「……私が頑張れば、それで皆が幸福になるのなら、別に良いんだよ」
「駄目です。俺は母さんが辛いのなら、息子として放っておけない」

 殿下はそう言うと、マゼンタさんの手を握った。
 その握り方は優しく包み込むようで、マゼンタさんが若返っている事もあってか、親と子が逆のようにも思える。

「俺は母さんを孤独にさせたくない。そしていつか……いつか、現実を生きる母さんに思い知らせますから」
「……なにを?」

 マゼンタさんは今まで見た事ない、優し気に微笑む殿下ムスコを真っ直ぐ見て、次の言葉を待つ。

「俺が――」

 そして続く言葉は、今までの殿下からのイメージとは違う、なんとも子供じみた、真っ直ぐな言葉であった。
 その飾り気もなにも無い言葉を、俺達の近くに居た彼女は――





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