追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

二重の意味で頭痛い


「頭、痛い」

 病気や心情的な痛みではなく、外傷的に痛い頭を抑える。同時にヌルリと感触を感じ、手を見ると血が付いていた。そこまでの量では無いので傷は浅い方なのだろうが、早めに治療をした方が良さそうだ。

「の、前に。……動けますか、マゼンタさん。動けないのなら額の傷を治しますし、動けるのならもう一発喰らわせますけど」
「酷い事を言うね、クロ君。自分の事より相手を心配する優しさもあるけど……飴と鞭で依存させるのが趣味かな?」
「そのような余裕があるのなら、もう一発喰らわせますよ」
「あはははは、冗談だよ。生憎と喋れはするけど、身体は言う事聞かないなー。……今なら私を自由に出来るよ?」
「そうですか。では自由に貴女の額の出血とかを抑えます」

 なんだかマゼンタさんは「カモン!」的な視線を何故か向けていたが、それを無視して額の出血を見る。先程頭突きをした時に、互いにインパクトの瞬間振動を与えてせいで、互いに額から血が出たが……うん、割れてはいないな。俺と同じように表面の皮膚がちょっと切れただけのようだ。

「処置はしますが、腕は期待しないでください。道具も無いですし、専門でも無いので。痕を無くすために綺麗する方法は知ってはいるのですが……」
「ううん、別に良いよ。……というか、クロ君にとって、現実を見ていない悪である私を治療して良いの? 価値の無い悪を救って良いの? それとも善と思って倒した感じなの?」
「……確かに悪は嫌いですが、悪に対する復讐モノとか嫌いじゃないですし、スッキリします。そういった物語は中途半端に悪を倒したり許すくらいなら、救いようがない悪の方が良いでしょう。ぶっ飛ばせば良い」
「どっちなの」
「全てを同じモノと見なして、思考停止で同じ扱いをするのが嫌だと言っているだけです。……俺は今、善悪関係無しに貴女を治療すべきと思ったから、やっているだけです」
「……そっか。というより、私よりクロ君は自分の治療をしたらどう?」
「頑丈というか、運動能力だけは優れている方だと言える数少ない自慢なので。この程度平気ですよ」

 多分何ヶ所か骨は折れているし、アドレナリンが切れたら痛みは走るだろうが、この程度どうという事ない。それよりも、俺はこの現実を見ていない女性の治療が最優先だ。

「なにより、無事を確認した後、夢魔法を解いて貰わなければ困りますし。早く回復してください。なにか変な事しようとしたら殴ります」
「さっきから思うけど、クロ君やっぱり殴るの好きでしょ。ヴァイオレットちゃんにもそんな感じなの?」
「俺がヴァイオレットさんを殴ったらその拳を切り落としますよ」

 有り得ない冗談を言うマゼンタさんを無視し、簡易的な治療をする。とはいっても、誰でも出来るレベルの治療魔法をし、比較的綺麗な服を裂いて巻く程度だが。
 後は他にも、俺の拳が二回クリーンヒットした部分がある。そこは確か……腹部と右胸か。骨とか内出血とか気にしないと……

「あ、殴った所を見たいの? はい、どうぞ」
「……さっきから思いますが、恥じらったらどうです?」

 俺が何処を気にしているか分かったのか、マゼンタさんは服を消して上半身を裸にした。まぁ動けないから魔法で脱げるのならそうするしか無いだろうし、診る分には楽なんだけど……

「別に良いよ、見ても。クロ君に何発か殴られたから綺麗じゃない部分はあるけど、自由に見て良いし、弄って良いよ。もう一発と言わず、殴りたいのなら殴れば良いよ。クロ君が幸福なら、私はそれが嬉しいから」

 ……このように言えば、なにか裏を読み取ったり、同情を買えるから言っているのではない。
 これは俺もよく知っていて、とても身近にいて……彼女の近くにも居たであろう女性と、同じ心情なのだろう。

「……今更ですが、この傷とかダメージって、貴女の魔法でどうにか出来たりしないんですか?」
「さぁ、どうだろう。魔力がみなぎりすぎて若返った位だから出来るかもしれないけど、少なくとも私は動けないからね。もしも出来るんなら、多分今もどうにかして動けているんじゃない?」
「喋れはするのに、身体を殴ったから身体が動けないんですね」
「? そういう事だね」

 マゼンタさんを治療しつつ、俺はこの空間……紫の空気が揺蕩う空間をどういうモノかの仮説に少し確信を得る。
 要するにこの魔法の主であるマゼンタさんが、どう認識するかが重要なのだろう。“殴られればダメージが入る”から、殴り合いを選択したマゼンタさんにこうしてダメージを入れられたのだろう。
 つまり……

「それで、私はこれからどうすれば良いのかな?」
「その物言いだと、俺が治した所で、この魔法を解くのは惜しい、と言っているように思えますが」
「おお、分かるなんて流石だね」

 ……やっぱり、マゼンタさんをどうかするには、俺だけじゃ駄目だな。というか分かっていて言っているような気もして来る。

「……はぁ、言ったでしょう。まずは家族を現実で幸福にしたらどうだ、って。ヴァーミリオン殿下とか良いでしょう」
「話す、か。……でも今頃幸福な夢を見て、戻りたくなくなっているかもしれないよ」
「それは無いですよ。なにせ先程殿下の夢を俺は見ませんでしたから」
「?? どういう事」
「さて、どういう事でしょうね。……はい、治療は終わりましたし、後はまぁ、彼に任せましょうか」
「彼?」

 俺はマゼンタさんの治療を終え、診るために屈んでいた身体を立ち上がらせる。
 仰向けのまま俺の発言に疑問を持っているマゼンタさんだが、俺は言葉では返さずにある方向を見て答えを示す。
 俺の視線の先をマゼンタさんも追い、追った先に見たのは――

「……母さん」
「……ヴァーミリオン」

 服装が乱れ、何処となく摩耗しているヴァーミリオン殿下。精神的にも、身体的にも傷付いているように見える。

「……あはははは、ヴァーミリオンにまで魔法をかけるのを失敗するなんてね。私も耄碌したかな……若返ったのは身体だけみたい」

 そしてヴァーミリオン殿下を見て、何処か自傷的な笑いをするマゼンタさん。
 夢を見せられなかった、という事もあるが、今この場を最愛の息子に見られたという事にショックを受けているように思える。

「すまないな、クロ子爵。母さんが迷惑をかけたようだ」

 俺に対し謝罪をする殿下。自分の肉親が行なった事の大きさを認識し、同時に自分も関係しているのだと罪を背負っているように見える。……なんだかんだ優しい殿下なら、後は任せて良いだろう。とはいえ、一応見守りはするが。
 それはそうと、俺は気負わせない様に大丈夫だと言っておくか。

「いいえ、構いませんよ。それなりに楽しい事も出来ましたし」

 母であるマゼンタさんがやった事は認める訳には行かなかったし、どうにかしようと足掻いている内は巫山戯るなと思う事は多々あった。

「楽しい事……か」
「ええ、久しぶりに良い思いをしましたよ」

 出来れば“負ければ世界が夢の世界になる”なんて経験はもう二度としたくないが、空中に浮くマゼンタさんをどうにかしようとしている時や、俺が全力で戦って互角以上の戦いをする、と言うのは振り返るとそれなりに楽しいモノであった。
 もう叶わないだろうが、今度は色々と世界的危機抜きにして殴り合いたいと思ったほどである。……あれ、俺殴るの好きなのかな。

「……そうか、楽しめて、良い思いをしたのならば良かった。母さんは……」
「うん? ……そうだね、楽しかったし、結構気持ち良かったかな。全力を出してもクロ君は互角以上に渡り合ってくるし……うん、とても良かった」
「そう、ですか。それは良かった」

 そう言いながらマゼンタさんは、俺が最後に殴った自身の腹部に手を当てた。あのくらいならば動かせるようである。表情を見ると何処か満足感もあるので……やはりランドルフ家は戦闘民族なのだろうか。

「……クロ子爵」
「なんでしょうか?」

 あれ、なんでヴァーミリオン殿下は俺とマゼンタさんを交互に見るのだろう。
 早くマゼンタさんの所に行って、母と息子で会話をしたほうが良いのではなかろうか。

「……ヴァイオレットは認めるかもしれないが、悲しませてやるなよ」
「あの、なんの話です?」
「俺に言わせないでくれ。母のそういった事を想像するのは辛いんだ。……上だけ脱がすのが好きなのか」
「待て、なにか勘違いしてないかアンタ」
「あれ、そうなのクロ君? さっきは互いに服のままヤッたけど……じゃあ次はこの状態でさっきみたいに激しくヤリあう?」
「……そうか。服が好きだものな、クロ子爵は」
「待てと言っているだろうが! あと俺の服好きは………………そういう意味じゃない!」
「間があったな」
「あったねー」
「くそ、この親子め!」

 ……俺、やっぱり王族と相性が悪いんだろうか。

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