追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
君がそう思うのなら
「んー……なんで効いていないんだろう。あ、もしかして私の近くに居たからなのかな。無意識に領域として避けちゃった?」
夢を見る事無く、起きている俺を見て不思議そうに眺めるマゼンタさん。
少女の様に可愛らしい仕草は、外見だけでなく中身も若返っているように見えるほどあどけなく。それ故にこの状況を作り出している事が恐ろしい。
「んん? クロ君……もしかして最近夢魔族の術に掛かったり、その対策したりした?」
「……ええ、間近で見たり、試行錯誤として何度か掛かりかけたりしましたね」
「なるほどー。後はさっきオールちゃんと一緒に魔法発動の魔力の源流に触れたのがも上手く掛からなかった理由かな」
……つまり、先程見た光景は、俺が上手く術が嵌らなかったから影響を受けて見たのだろうか。内容はあまり覚えていない所もあるが、中途半端に受けたので他の夢と繋がってしまったのかもしれない。
いや、理由はどうでも良い。今は興味深そうに眺めているマゼンタさんだが、すぐに同じ魔法をかけられたら今度は皆と同じように夢を見せられるかもしれない。そして完成してしまえば、もう終わりだ。だからすぐに動かないと駄目である。
「折角なら見て行く? これも良い機会だからね」
しかしマゼンタさんは俺に魔法をかける事無く、これも楽しい事だと言わんばかりに、俺を起こして周囲を見るように促した。
「デートだよ、デート。王族な私が、この幸福な世界でエスコートしてあげる!」
そして何処まで本気なのか分からない――いや、全て本気で俺を引っ張りながら、この紫色の夢のような空間を案内していく。
「凄いでしょ、みーんな幸福な夢を見ているの。罪も消し去りたい過去も無くなって、幸福になっている。――本当に嬉しいな」
子供が出来た作品を自慢するような無邪気な自慢。
同時に母親として、子供が幸福な事に微笑む慈愛。
ここまで来て良かったのだと、心の底からの安堵。
……その横顔は、寂しさもあるが、なによりも嬉しさが遥かに上回っているのだと物語っているように見えた。
「しかし、凄いですねマゼンタさん。王族として相性が良かったとはいえ、ここまで出来るとは」
これは俺の本音である。
王族魔法は、王族が王国に流れる地脈……あの扉の奥にあるような存在との相性が良く、それを利用しての魔法である事は知っている。
つまりランドルフ家は、王国に居るだけで大地からバックアップを受ける事が出来るなものだ。当然“受けている”だけではなく、“引き出している”なので、バーガンティー殿下が先程王族魔法の最難関を失敗したように、上手くいかない事もあるし、失敗すればフィードバックは受けるのだが。
「大変だったけど、皆の幸福のために頑張ったからね」
しかしそれを踏まえてもマゼンタさんのこの魔法は凄いと言わざるを得ない。
この魔法は王国だけでなく、恐らく他国まで回っている。自覚が無いまま、普段の生活からシームレスに夢を見ている事だろう。
それも全てマゼンタさんの才能と血、生まれ。そしてなによりも善意から来る執着があったからこそ成し遂げられている事だ。それを俺は分かってしまっている。
「ですが……寂しくは無いのですか?」
「え、なにが?」
「貴女はこの魔法が完成してしまえば、この世界で独りきりでなくてはなりません。……それが、寂しくは無いのですか」
俺の問いに対し、マゼンタさんは先程までの相反する感情を抱く表情ではなく、先程垣間見えた寂しそうな表情を見せる。
「大丈夫だよ。ほら、皆の幸福そうな表情は見られるでしょう。そして愛する息子や娘、夫や兄が幸福なんだもの。その表情を見られるだけで、私は何百年も完成後の世界に居られるよ」
そう言いながら、マゼンタさんは近くに居た誰かの表情を見る。……確かに、穏やかで、幸福そうな表情だ。その表情を見て、マゼンタさんは我が子の様に見て、慈愛の表情を浮かべる。
……これは、やはり……そうなると俺は……
「あ、そうだ。クロ君が魔法を逃れたのもなにかの縁だし、交じり合う? 今なら誰も見てないし、開放的に外で堂々と出来るよ!」
「……マゼンタさん、何故そうなるんですか」
「ふふ、だって今この世界には起きているのは私とクロ君だけ。男女が二人で、そんな問いをかけるって事はこの世界で独りの私を励ましたいと思ったんでしょ。だから――励ますために、気持ち良い事しましょう?」
なに言って――待て待て脱ぐな脱ぐな、先程の様に服を消して全裸になるな。
惜しげも無く俺に裸を見せて迫って来るんじゃない! 手を握られているから逃げられないじゃないか!
畜生綺麗な裸体でボディラインも良いな! 時が許せば貴女に似合う服とか縫ってあげたくなるぞコンチクショウ!
「……待ってください。俺は、貴女と馴れ合う気は有りません」
「え?」
色んな女性の服が似合うだろうマゼンタさんの身体はともかく、俺は彼女と仲良くする気は無い。
「俺はこの世界を認めません」
俺は握られた手を払いつつ、少し距離を取ってマゼンタさんに静かに言う。
「間違いなくこの魔法は凄いモノです。俺はその一端を先程見ました。……本当に凄い魔法だ。皆が皆、望む幸福な夢を見ていた」
マゼンタさんは再び服と槍を出現させつつ、俺の言葉を黙って聞いていた。
その表情は、先程までと違いなんとも取れない表情である。
「ですが……幸福ではあっても、俺はこの光景を認めたくない。現実として成り立たせたくない」
「うん、それで?」
俺の言葉に、意外にも相槌を打って話を促してくるマゼンタさん。その声は優しいようにも、冷たいようにも聞こえる。
「現実は苦痛が多い事も知っていますし、俺の意見は俺が現実で幸福だからこそ言える言葉なのでしょう」
「うん」
「ですが――これは結局は偽者です」
「……うん」
そう、これは夢である。
夢を見て自分の意志で叶えた夢ではなく、ただ自分がそう認識しているだけの、自己だけの夢。
自分の世界で都合の良い部分だけを切り取った――想定内の事しか起きない、自己完結夢だ。
「こんなモノ、麻薬かなにかで現実を忘れている事と変わり有りません。ですから――」
「…………」
「俺は俺の幸福のために、貴女と貴女の魔法を否定します」
これでマゼンタさんは俺を敵として見做すだろう。
何故ならこの意見は善意によってこの魔法を組み上げ、実行に移したマゼンタさんの意見とは真逆の意見であり、邪魔をする意見だ。
俺を排除したい、邪魔だと思い、世界に仇なす“敵”であると宣言したようなモノだ。
今度は俺に夢を見せるのではなく、排除しようとして来るかもしれない。
――だが、それで良い。
俺に敵対しようとしているのならそれでいい。
少しでもこの魔法から意識を割かせ、俺に注意を向けるだけで良い。
――この魔法は完成しきっていない。
先程夢を見た時――繋がった時に感じたが、この魔法は未完成だ。
ただでさえ膨大な対象と範囲を持った精密な魔法だ。未完成の内に俺に注意を向けさせ、精密な魔法に綻びが見えれば解除のチャンスがある。
俺がすべきことは、相手の感情を揺さぶりつつ、俺に魔法を使わせる事だ。
「うん、それが君の考えならそれで良いと思うよ」
しかしマゼンタさんは笑顔で、心から俺の意見を褒め称えた。
「私はその意見を尊重するし、とても素晴らしいと思う。その言葉を聞けて本当に良かった」
嘘でもなんでもない。心の底から俺の考えは素晴らしいモノだと思い、素晴しい考えを持つ俺と話せている事を喜ばしく思っている。自分とは違う意見を聞く事が出来て心の底から楽しんでいる。
「私は君みたいに素晴らしい理想を、世界として完成させたいの」
……ああ、こんな事なら怒ってくれた方が遥かにマシであった。
皆の幸福の邪魔をしているだけだと吐き捨ててくれた方が良かった。
何故なら、彼女の世界はあまりにも――
「だからその心情を、君が、君だけの世界で、君の理想を持って完成させて、君の世界で誇って夢を見て欲しいな」
あまりにも、彼女の世界は閉じている。
嘲りは無い。侮蔑も皆無。欺きのような裏もない真っ直ぐな善意。
本当に、悍ましい。
「…………はぁ」
……しかし、悍ましいからと言って、行動を止める訳にはいかない。
夢を見ていた方が幸福な人も居るだと言う人も居て、それなのに自分一人の意志だけで止めようとするのは偽善だと言う人も居るだろう。
だが、俺の大好きな、大切な家族も友人も、この魔法にかかっている。
なら俺は止めるという選択肢は最初からない。
「まったく」
しかしそれにしても、俺は思う事がある。
今日一日で多くの事がありすぎだ。
国王へ謁見したと思ったら騎士団で戦闘をし。
戦闘をしたら殿下達の痴話戦闘に巻き込まれ。
オール嬢により見たくない現実を見せられて。
気が付けばコーラル王妃の策略に巻き込まれ。
大切な家族や領地が危機的状況になっていた。
「本当に――」
そんなこれから大変な事があると言うのに、さらには今起きている事態だ。
正直言うのなら、さっきまで座っていたフカフカのベッドで明日を気にせず眠ってしまいたい。
だからそのためにも――
「面倒な後始末だ」
――目の前の後始末を、さっさと終わらせるとしよう。
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