追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

胡蝶の夢


 夢が見えた。
 とても幸福な、見ていて悲しくなる夢を。



 グレイが見た夢は、微笑ましい夢だった。
 シキでただ楽しく、俺やヴァイオレットさんと過ごし、領民と触れ合い。大好きなアプリコットと一緒に新しい事をしつつ、笑顔の絶えない日常を過ごす夢だ。

 カナリアが見た夢は、変わらない夢だった。
 駄目だと思っていた自分を受け入れてくれたシキで、今までと同じで感情を飾らず表に出せる、俺達と日々を過ごす。それが価値あるモノと理解した夢だ。

 アプリコットが見た夢は、とてもらしい夢だった。
 グレイと一緒に冒険に出て、数多の英雄譚を経験し、偶にシキに戻って俺達に武勇伝を話して笑い合う。そんな、血の繋がらない大切な家族と過ごす夢だ。

 シアンが見た夢は、結ばれた夢だった。
 神父様の行動に小言を言い、神父様に小言を言われ。互いに言い合う内容が、相手のらしさであり、そこが相手にある事が好きなのだと。相思を尊ぶ夢だ。

 スノーホワイトが見た夢は、喪失した夢だった。
 自身の過去の事故が無かった事になり、幸福を感じ。シスターと結ばれ、教会で脅威による喪失の不安が一切無くなった日常を過ごす、相愛しているだけの閉じた夢だ。

 オーキッドとウツブシさんが見た夢は、同じ夢だった。
 悪意による脅威も、好意による恐怖も無く。夫婦でありのまま過ごし、寄り添う事が出来る。生まれ持ったモノが特異ではない、有り得ざる夢だ。

 アイボリーが見た夢は、暇な夢だった。
 医者でありながら、医者として暇な日々が続く。仕事をするのは健康や成長を確認する事くらい。暇であるが、これが望んだ幸福なのだと、穏やかに過ごす夢だ。

 エメラルドが見た夢は、失敗した夢だった。
 万能薬が作れる事は無かった。だが親父と一緒に教わりながら調合し、処方し、一緒に薬草を取りに行き、帰れば母親が居る。家族三人で過ごす、有り得ない夢だった。

 ブラウンが見た夢は、温かな夢だった。
 のどかな日の当たる場所で、好きなお姉ちゃんと一緒に遊び、笑い合う。なんの脅威も無く好きな人と過ごし、疲れたら一緒に眠る事が出来る穏やかな日々を望む夢だった。

 シュバルツさんが見た夢は、願う夢だった。
 自分よりも弟が幸福である事を喜び、弟が人並みの幸福を手に入れると心の底から喜ぶ。それを眺める事が自分の幸福なのだという、姉弟愛に溢れた夢だ。

 ヴァイス君の見た夢は、平穏の夢だった。
 ただ一人の能力もなにも無い男として日々を過ごし。姉や親しき相手が楽しそうにしているのを見ると、こちらも楽しくなる。そんな、日常を望んだ夢だ。

 ルーシュ殿下が見た夢は、浪漫な夢だった。
 共に公務をこなし、旅をし、互いの長所を生かして未知の探検をする。探し出したモノよりも、一緒に見つけた経験を大事にする夢であった。

 ブロンドの見た夢は、望む夢だった。
 外装も無く、火傷も無く、呪いも無く。自由に服を着れて、自由に表情を作れて、自由に動く事を許され、そこに好きな相手が居る。それを渇望した夢だ。

 スカーレット殿下の見た夢は、悲しい夢だった。
 好きな相手が出来て、結ばれて、子が出来て。家族と友人と共に、楽しい日常を過ごす。……そんな一般的な幸福を幸福なのだと、理解出来ないまま理解する事が出来た夢だった。

 バーガンティー殿下の見た夢は、溢れた夢だった。
 好きな相手が好きなように振舞える、感情を躊躇う事無く表に出せる。それを自分が引き出せる事、自分が傍に居る事で出来ている事を喜ぶ、相手を想う感情に溢れた夢だった。

 フューシャ殿下の見た夢は、幸運な夢だった。
 友人と出会い、日々を過ごし。振り返ると楽しかったのだと心の底から言える、好きな皆と出会えた事自体を幸運と思う事が出来る。ただ触れ合う事の出来る夢だった。

 ローズ殿下が見た夢は、安寧の夢だった。
 大切な弟と妹が皆好きな相手と結ばれ、周囲もそれを祝福し、親も幸福に過ごす。言うべき事は多くとも、家族が幸福なら自分も嬉しいと心から思う、優しい夢だ。

 コーラル王妃の見た夢は、善性を感じた夢だった。
 七人の子供になんのわがたまりも無く平等に接する事が出来て。奔放さに振り回されつつも、振り回されるのも悪く無いと、愛する夫と笑い合う日々を過ごす夢だ。

 レッド国王の見た夢は、間違えない夢だった。
 親としても、国王としても子供達に接し、向き合う事が出来て。奔放さに振り回されつつも、昔の自分達に似てしまったと、愛する妻と笑い合う日々を過ごす夢だ。

 アッシュの見た夢は、共に過ごす夢だった。
 好きな相手と結ばれ、好きな相手と目的を共有し、同じ道を隣で一緒に歩く事が出来る事を幸福に思う。彼女が居る限り、道は陽だまりで温かいのだと希望に満ちた夢だ。

 シャトルーズの見た夢は、守る夢だった。
 好きな相手が選んだ道が、温かな場所であるように、好きな相手のが笑う事が出来るように。その助けを出来れば自身もなによりも喜ぶ、不器用な夢だ。

 シルバの見た夢は、無い夢だった。
 呪いも無く、暴走の不安も無く、傷付ける心配も無い。対等な一人の男として、頼り頼られる、好きな相手の横に居る事が出来る。そんな、価値の無い夢だ。

 朝雲淡黄の見た夢は、認められた夢だった。
 足を故障せず腐らずに陸上を続け。何処かで出会った年下の、病気を克服した才能のある大切な女の子と一緒に料理を食べて味の感想を言い合う、二人が日常に認められた夢だ。

 スカイさんの見た夢は、目を逸らしてはならない夢だった。
 この光景を俺は叶える事は出来ない。可能であろうとも、実行は出来ないし、しても今では意味が無い。……これは、目を逸らしてはならない幸福な夢だ。

 一色ビャクの見た夢は、認めてはならない夢だった。
 こんな光景を望むはずがない。望んではいけない。幸福な光景であろうとも、こんな光景で過ごす一色白は、もう一色白という存在ではない。

 クリームヒルトの見た夢は、家族の夢だった。
 父と母と普通に過ごし、笑い、苦労し、好きな相手を紹介する。……見ていると、不思議と涙が出て来る、手に入らなかった夢だ。

 ――ヴァイオレットさんが見た夢は、幸福な夢だった。
 捨てられた過去は無く。失敗した過去も無く。
 心の底から好きだと言える夫と、血は繋がっていないが大切な可愛い息子。
 そんな家族と賑やかに笑顔で過ごす、偶に不可思議な事をする領民に振り回される夢。

「……幸せそうだな」

 ……これがずっと続くだろうという、欠落した幸福な夢。







「…………」

 そして俺は目を覚ました。
 なにか、夢を見ていた気がする。

 いや、あるいは元々覚めていた事に気付いただけなのかもしれないが、ともかく今ある状況を認識した。
 どうやら今の俺は大地を背にして空を見上げているようだ。
 先程まで学園内であったから天井が見えるはずだとか、空の色が揺蕩う煙のような魔力のせいで紫に見えるとか、そんな小さな事が気になりはしたモノの、とかく俺は体を起こす。

「頭、痛い」

 頭に軽い頭痛を覚えつつ、今置かれている状況を把握しようとする。
 時間は先程の謎の魔法の発動からそう時間は経っていないはずだ。不思議とそんな確信を持てている。
 周囲は建物はそのままで、先程言ったような紫の空気が広がっているのでまるで別次元のような空間だが、これは現実だろう。
 近くに居たヴァイオレットさんのいた所には、繭のような、あるいは母体に帰った様な白い空間がある。この中に居る人は、この中で夢を見ていて幸福に違いなく、王国どころか世界に広がっているだろう。

「……質の悪い現実ユメだな」

 この魔法は全ての幸福を願っていて、全ての救済を望んでいる。
 だからこそこの魔法を編み出し、実行し、実現させている。そこは疑いようもない善性である。
 だが――

「あれ、クロ君。君には効いていないんだ」

 だからこそ、悍ましいのだろう。

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く