追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【20章:後始末】 始まりは把捉準備


「さぁクロ殿。どちらの方向から抱かれるか選ぶんだ。あーん」
「ちょっと待ってください。あーん」

 火輪たいようも沈んだにも関わらず、何処か慌ただしいある日の夜。
 俺は王城という、国の最高の施設の一室にて、ヴァイオレットさんに攻められていた。
 攻められていた、といってもイヤらしい意味ではなく(ある意味そうだが)、妙な攻め方をされている。

「クロ殿は私に抱かれるのが嫌なのか?」
「い、いえ、そういう訳ではなく……というか、その言い方だと別の意味に聞こえますよ?」
「別の意味とは?」
「え」
「別の意味とはなんだ、クロ殿。すまないが分からないから教えてくれ」
「……出会った初日に、抱かれに来た、と言っていますから、意味知っていますよね?」
「うぐっ。な、なんの事だか分からないな」
「そうですか、出会った日の事を忘れられましたか……寂しいですね」
「忘れていない! あの運命の出会いの日を忘れるはずが無い!」

 ヴァイオレットさんが俺を揶揄おうとしたり、それをお返しとばかりに言い返したり。
 俺は王城でなにやってんだろうという気にもなる。楽しいが。

――とはいえ、ヴァイオレットさんがこのようにして来る理由は分かっているけど。

 俺が心配、というのもあるのだろうが、俺の精神に陰りを差させないための配慮だろう。
 俺は先程まで、“オール嬢と黒い靄ナニカの影響を受けた”という事で、王族御用達の医者や教会関係者によって診断を受けていた。
 そして今は“問題無しだが、一日様子を見る”という事で王城のとある一室にて休んでいる。先程まではクリームヒルトとかバーントさんとアンバーさんも居たのだが、遅めの食事を摂るにあたり、

『あはは、それじゃ、後は若い者に任せよう!』
『そうですね、任せます』
『私達は事情聴取中の御子息と内定御息女に報告して来ますので』

 と言われ、今この状況なのである。……というかアイツらに若い者扱いされたくない。
 そして二人きりになるや否や、夕食(深夜食?)である御粥をヴァイオレットさんに食べさせて貰いつつ、積極的にされているのである。

――オール嬢も許せはしないけど、まだ良い。けど、コーラル王妃は……

 俺はまだ今回の一件で、コーラル王妃を許していない。あとレッド国王も。
 グレイやアプリコットはゴルドさんが居なければ危うかったし、カナリアも危うかった。ヴェールさんから軽く聞いたが、シキにもなにかしようとしていたらしいし、スカーレット殿下やヴァーミリオン殿下を排斥しようとすらしていたそうだ。
 不貞や国王としての責務など理由は同情する部分は有るかもしれないが、俺達にした事を許してはいない。今はちょっとした“話し合い中”との事なので問い詰めに行きはしないが、だからこそこうして、落ち着いて休む時間、になると抑えきれない苛立ちが湧いてくるのである。

「ところでクロ殿、食べさせる前に御粥に息を吹きかけたほうが良いのだろうか」
「突然どうされました」
「いや、クリームヒルトが“ふー、ふー”と可愛らしく息をかけると男性は喜ぶと聞いてな」
「結構です。そしてもう少しアイツを疑って下さい」
「あるいは弱っている時は揉ませると良いと聞いたのだが……なにを揉ませるかは、クロ殿に聞いてくれと。なにか分かるだろうか?」
「そう言いつつ胸を寄せないでください。わ、分かってやっているでしょう!?」
「な、なんの事だか分からんな! あーん!」
「恥ずかしいのならやらなくて良いですから! あ、あーん」

 だからこそ、ヴァイオレットさんは俺にこうして構ってくるのだろう。
 ヴァイオレットさん自身も許せない事は多いだろうし、納得もいっていない事はあるだろうが……それよりも俺の精神を心配し、このようにしてくれている。
 かつて俺は自分を抑えきれずに、カーマインを殴りに行った男だ。そのような過ちを俺に繰り返して欲しくないのだろう。

「別に抑えきれずに私を襲っても良いのだぞ?」
「ごふっォ!?」
「大丈夫か、クロ殿?」

 ヴァイオレットさんのトンデモ発言に咽かけたが、どうにか御粥を飲み込んだ。

「な、なにを仰るんですか!?」
「いや、クロ殿が自分を抑えきれない、といった表情をしていたので、抑えずに私を襲っても良いのだぞ、という話だ」
「抑えきれないの意味が違いますからね!」

 くっ、これが夫婦ならではの以心伝心というやつか。妙な所だけ読まれている気がするが。
 しかし俺は生憎と襲う予定はない。無理矢理なんて良くないからな!

「安心してくれ、同意の上の襲いだから問題無い!」
「問題無いじゃ無いです! というかここ王城ですよ!?」
「い、いつ誰が来るか分からない状況の方が盛り上がると聞いた!」
「クリームヒルトとメアリーさんのどちらですか!」
「アンバーだ!」
「アンバーさん!?」

 なにを教えやがってんだあの香りフェチ。俺の妻に変な事を教えないでやって欲しい。結構世間知らずで純粋だから素直に信じやすいんだよ。
 というかヴァイオレットさんも無理をしているのか顔が赤いし、ここはきっぱりと断らないと駄目だ。……というか恥ずかしい話だが、俺にはして欲しい事もある。

「で、どうするんだクロ殿。襲うか抱かれるか二択だ!」
「無理に二択にしなくて良いですから!」
「どちらか選ぶんだクロ殿、さぁ!」
「う、うぐ……その……」
「どうした、クロ殿。どちらが良いんだ――」
「その……手を繋いで寝る、じゃ、駄目ですか……?」
「え」

 そして俺の提案に、顔を赤くしながらも攻めていたヴァイオレットさんの動きが止まる。

「その、抱き合うんじゃなくって……同じベッドに並んで、手を繋いで寝たいと言いますか……今日は色々と激しい事がありましたから、静かに愛を紡ぐ形にしたいと言いますか……」

 俺は提案を言いつつも、段々声が小さくなっていった。

「今日は朝から謁見とか騎士団バトルとか、殿下達の愛の戦い観戦とか、扉騒動とかあって疲れたから、激しい愛よりも心地の良い静かな温もりの形で愛を確かめ合いたいと言う、か……」

 ……あれ、なんだろう、自分で言いながらも凄く恥ずかしくなって来た。
 多分俺はヴァイオレットさんの以上に顔が赤いだろう。
 ああ、もう、言うんじゃ無かった。こんな事を言う俺に対して幻滅されてはしないだろうか……!

「ク、クロ殿が望むのなら、私はそれでも構わないぞ」

 え、良いの?
 なよなよしいとかそんな風に思われたりするのではないかと思ったが、まさかの了承を得られた。ヴァイオレットさんの表情から見て幻滅している様子ではないし、やったぞ俺!

「だ、だが、誰か部屋に来るようであったら無しだからな!」
「はは、分かっていますよ。別に見せつけたりするつもりは無いですから――」

 と言いつつ、俺は部屋の扉を確認する。
 あの扉は今日はグレイ達が俺達を心配して来るかどうかで開く程度だろう。他の誰かが来るような事が無いと祈りつつ――

『あっ』
「え? ……あ」

 祈りつつ、扉の隙間からこちらを見ているメアリーさんとヴァーミリオン殿下と目が合った。
 俺の反応に気付き、ヴァイオレットさんも扉を見て存在に気付いていた。

「…………」
「…………」

 流れる複雑な心情が混ざる間。
 数秒か、数十秒か、あるいは数分か。もっと長いのかもしれないが、ともかく。

「……あの、御用があるようでしたらどうぞ中へ。気にせずお入りください」
「……むしろ入って来て欲しい」
「……お邪魔します」
「……邪魔をする」

 ともかく互いに気まずくなりつつ、俺達は二人を招き入れたのであった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品