追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
幕間的なモノ:蜘蛛喰らう蝶(:??)
幕間的なモノ:蜘蛛喰らう蝶
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「フンフンフーン、フフフン、フーン♪」
夜の学園を、蝶が舞っていた。
「La―、lalalalala―、LA~」
軽やかなステップて、くるくると周りながら、蝶は学園をまるで我が物かのように舞っている。
無邪気に聞き惚れる程の美しい声を響かせながら、楽しそうに校舎を歩いて行く。
「学園かー。あははは、綺麗だねー。こんなに綺麗なら、さぞ良い学園生活を送れるだろうねー」
声の主は、少女、という表現が似合う女の子であった。
学園に通う年齢に達しているかどうかと思うような少女。
赤色のような桃色の髪に、同じような色彩の瞳を持つ幻影的な少女。
少女を見てイメージするのは、先程表現したような“蝶”という言葉が似合うだろう。
「でも、良い生活を送れる子達が居る反面、苦しむ子達も要るんだろうねー、ヴァイオレットちゃんみたいにー」
……いや、蝶は蝶でも、あれは妖艶な蝶と言えよう。
「あ、でも、あの子は今幸せなんだっけ? でも、フラれちゃった事には変わりないよねー」
少女の様に愛らしいが、艶めかしく。
清く澄みきっているが、底なし沼の様に嵌りかねない危うさ。
暗闇でも目を引く美しさを持つが、そのまま暗闇に引き込まれそうな。
「フ、フフフフフフフフフフ」
まるで蜘蛛の巣にかかり、捕食者が喰らいに来れば、待ってましたと言わんばかりに喰らうような。あるいは喰われた後に腹の中から喰い破りそうな。
そんな、美しさと共に無垢な残虐性を持っていそうな、少女であった。
「さーて、これからどうしようかなー。もっと力を蓄えたいけどー」
少女は相変わらずくるくると周りながら、誰に聞かせるでも無い独り言を呟く。
そしてふと視界に入った、窓越しに見える月の存在に気付くと、動きを止めて月を見た。
「うん、やっぱり皆の幸せのために、すぐに行動しないと!」
そして無垢な笑顔を浮かべつつ、少女は意志を固めた。
まるで月が綺麗に輝いているから幸先が良いと言わんばかりに、綺麗なモノを見れたからと、すぐに動こうという自分の行動を決めたのだ。
「だって、皆は幸せになるべきだからね!」
少女はそう決心すると、今度はスキップでもしそうな軽やかな足取りで小走りに私が居る方向とは逆に去っていった。
少女は変わらず闇に舞うように、闇へと溶けて行ったのである。
――い、行きましたか……!?
私は息を殺したまま、少女が居た方向をゆっくりかつ慎重に覗き込み、居なくなった事を確認する。
「――はぁっ! ……ふぅ、はぁ……!」
そして確認すると同時に、無意識にほとんど止めていた呼吸を再開した。
少女が居た数分間、息をまともに吸えなかった肺は新鮮な空気を求め、得た空気は麻痺しかけていた脳に思考を取り戻させた。
――今日ほど、自分の影の薄さを感謝した日はないですね……!
普段の私であれば、目の前で自分の噂話をされたり、最初から居たのに「えっ、居たの!?」と、この世界がゲームの世界と似た世界だと言うような重要な話を聞く事になる程に影が薄く、その事に思い悩んでいるのですが、今日は影が薄くて良かったと思いました。
――なんですか、あの子は……!?
何故なら、私は今文字通り命の危機にあったからです。あの少女に見つかればただでは済まないという状況に陥っていたのです。
――なんで、深夜の学園にあんな子が……!?
私が深夜に学園に来た理由は、王城内でちょっとした騒ぎが有り、その一件で生徒会メンバーのほとんどが軽めとはいえ怪我をしました。
皆さんがそのような状況に陥っている中、ヴェールさんと一緒に居た私は無事であり、そのため皆さんの代わりに私が生徒会長、学園代表として後処理をする事になりました。
後処理をするうちにすぐに必要な代物が学園に有る事に気付き、私は生徒会室に行ったのです。
……そしてその帰りにあの少女を見つけ、咄嗟に隠れたのです。
――でも、なんで私は隠れたのでしょう。
呼吸も落ち着くと、ふとそんな思考を巡らせます。
私は理由も分からず、恐怖を感じて隠れました。
あの、触れれば折れそうな華奢な少女に対し、今まで敵対した事のある誰よりも、魔物よりも恐怖を感じたのです。
――見つかれば死ぬ。
――絶対に見つかってはならない。
――死にたくない。
そんな思考が、命を守るための防衛本能が私の身体を支配したのです。
理由は分かりません。強いて言うなら、私の根本的な事に関する潜在的な代物が……
――いえ、今はこの場を去りましょう。
私の本能も、潜在的も今はどうでも良いです。
そのような事は今この場を離れてから、安全な場所で考えれば良いでしょう。
私はあの少女に見つからない様に学園を出れば良いのです。
出て、心を落ち着かせて、ヴェールさんに会いに行って、ヴェールさんの傍で安全に考えれば良いのです。
そう、だから今すぐに動かないと。
大丈夫、私は仮にも生徒会長なんです。
校舎の事もよく知っていますし、多くの抜け道も知っているんです。
だから絶対に少女に見つからない様に、学園を抜け出して――
「バァ!」
そして抜け出そうと決心して立ち上がると同時に私の視界を埋めたのは、深夜の校舎ではなく、愛らしい少女の無垢な笑顔でした。
「あれ、驚いてくれないの? おかしいな、サプライズのつもりだったんだけど」
突然の死神の登場に、私はまるで金縛りにあったように動けなくなります。
思考は今すぐにこの場から逃げろと告げているのに、身体はまるで諦めたかのように動かないのです。
「でも大丈夫、こうしてここで会ったのもなにかの縁だからね。それに君は私と似た性質を持っているみたいだし、仲間だし友達だよ!」
私を友と称する少女は、私の後頭部に手を回し、キスをするかのように顔を近付け、子供をあやすような大人の笑顔を見せる。
「友達だから、幸せになって欲しいな」
そして私の特殊な目が少女を間近で見て。
「君は、幸せになるべきだ」
少女は私以上に特殊な目で、見返して来たのです。
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