追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

意識していないからこそ(:朱)


View.ヴァーミリオン


――母上の事は父上に任せよう。後は……

 今までの事を考えると父上に任せて良いモノかと思わないでも無いが、流石に今回は父上を信じよう。
 先程の会話を聞く限りでは大丈夫だと思いたいし、姉さん達の父親への反逆の一発や、メアリーの真っ直ぐぶつかった説得の言葉があれば、今度は母上と向き合ってくれると信じたい。……それよりも俺は止めるべき事を止めないといけない。

「まったく、ヴァーミリオン君がそんな風に意地悪言うなんて思ってもみませんでしたっ!」

 しかしそれはそれとして、今は揶揄い過ぎで拗ねてしまった、メアリーをどうにかしたほうが良いのかもしれない。
 ……そっぽを向いて不機嫌をアピールしているのかもしれないが、そのような反応をされると可愛いという感想しか出て来ず、また意地悪をしたくなるのだが、それを言うと先程のように微笑んでいるはずなのに怖い、という笑顔を向けられそうなので止めておくとしよう。

「すまない、メアリー。メアリーが怒っている姿を見たくないと思って、つい気を紛らわせようと軽口を言った。それで怒らせていては本末転倒だな」
「……反省していますか?」
「反省しているとも」
「後悔もしていますか?」

 …………。

「さて、クロ子爵の所に行くかメアリー。彼はグレイもそうだが、特にカナリアに危害を加えられそうになって不機嫌だからな」
「ヴァーミリオン君、返事は!?」

 俺は反省をしていても後悔はしていない。なにせ新たなメアリーの一面を見れられて満足したからである。そして俺は見る事が出来て三度目の恋をしたのである
 ちなみにだがカナリアは捕縛されそうな所を逃げようとしたらコケて気絶し、そこにゴルド氏が現れて担いで運んだそうである。大怪我をしていないモノの、カナリアはクロ子爵にとっては彼の妻や息子と並ぶ大切な相手なので、そんなカナリアが危険な目にあって立腹中だ。簡単な説明こそしたものの、一度様子を見に行ったほうが良いだろう。
 ……そういえば、立腹と言えば気になる事が。

「メアリー、一つ気になる事があるのだが」
「私の気になる事を答えないのに聞くのですね……なんです?」
「ちゃんと聞いてくれる優しさが好きだぞ」
「そういうの良いですから。なんですか」
「いや、メアリーが先程父上と口論している時だが……やけに怒っている気がしてな」
「? 大切な皆さんを、理不尽と言っても良い行動で傷付けに来られたのなら、怒るのもおかしくないのでは?」
「そうではなく、もっと別の……?」

 メアリーの優しさ故にあんなに怒った、と言われればそれまでであるが、それ以外になにかがあった気がする。
 理不尽に対してでも、行動に対する憤りでも、傲慢への反発でも無く。何処か違う所でメアリーは怒っていたように思えた。それがなにかは分からず、心の奥で引っ掛かっているのだが……

「……いや、気のせいだな。俺も母上に親友を傷付けられそうになって、苛立ちを覚えているだけなのかもしれん」

 ……そうだな、気のせいだろう。ただ今回の一件は、俺やスカーレット姉さんに対する複雑な感情と、から来るモノであった。その事に愛する相手や親友を巻き込んでしまったが、母上に対して思う所も有るので妙なモヤモヤが残っていただけなのだろう。
 そしてそのモヤモヤのせいで上手く思考が働いていないのかもしれない。

「…………」
「ん、どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
「そうか?」

 ふと、俺が自分で自分の疑問に答えを見つけていると、メアリーが俺を会話するためではなく、別の目的で顔を見ていた気がするが、俺が尋ねるとすぐに視線を逸らした。なんだったのだろうか。

「(なんで私もあんなに……)」

 そして無意識に出た言葉なのか、小さくなにかを呟く。内容が気にはなるが、メアリー自身も聞かれたくて呟いたようでは無いので、追及はしないでおこう。

「……クロさんの所に行きましょうか。今回の王妃の件で一番被害を受けたのは彼ですし、様子だけでも見に行きましょう」

 そしてメアリーは思考に対し今は答えを見つけられないと判断したのか、思考を振り払って言って来る。

「そうだな。父上と母上がメアリーの要望に応えている以上は、息子である俺が対応したほうが良いだろう。だが、メアリーは休んでも良いんだぞ?」
「皆さんが治療を行ったりしているこの状況で私が休む性格だと思いますか?」
「思わないが、少なくとも言わないと休まないから、言ってはおかないとな」

 メアリーはこういった状況だと無理に休ませないと休まない。そして“休む”という単語を伝えないと、休むという選択肢を思い出しすらしないので言っておかなくてはならない。……本当に「ああ、休むの忘れてました」と言いそうだからな、メアリーは。

「人を仕事中毒者のように言わないでください」
「そう思っているから言ってはいるが……しかし、気が重い」
「どうかしましたか?」
「いや、父上と母さんの件だ」
「?」
「……クロ子爵は前世の母親の件で、婚姻関係にあるのに別の誰かと関係を持つ事をとても嫌っているだろう?」
「あ、もしかして二度も不貞を働いた上に、今の今まで私が望んだような会話をしないような関係性に不満を持つ、という事でしょうか?」
「そういう事だ。……あと、俺の次の年度に、バーガンティーとフューシャという二人の母上との子が生まれているだろう?」
「……クロさん、国王陛下の事とことん嫌いそうですね……」

 クロ子爵は恐らく、愛さえあれば父上と母さんの二度の不貞に関しては複雑ながらも認めはするだろう。しかし、あくまでもそれは愛を貫き通したり、メアリーにハーレムを応援していたように、当事者の全員の納得があればの話である。
 俺が見たあの光景で、クロ子爵は自身の母の事を母と認めてはいた。だが、嫌っている事は否定しなかった。
 そして俺の後に、母上との間に一年間で二度子供が産まれた上で、今回の出来事や今の父上達の状況。それらを踏まえると……メアリーが言ったように、父上の事は間違いなく嫌うだろう。

「……父上が、母上を裏切らずにいてくれればな」

 コーラル母上も、マゼンタ母さんも俺は母と思っている。だがどうしても、そう思わずにはいられない。……いや、今更言って良い話ではない。メアリーしかいないのでつい弱音を吐いてしまったが、すぐに謝罪しなくては。

「うーん、それは困りますね……」

 しかし謝罪するよりも早く、メアリーはそんな事を言いだす。困るとは一体なにがだろうか。

「困るとは、なにがだ?」
「あ、いえ。当然浮気とかは良くない事ですし、国王陛下には己が行動を反省して欲しいですが」
「ですが?」
「その結果でヴァーミリオン君が産まれたとなると、私は嬉しいのかもしれません。こうして一緒に過ごすのは楽しいですから」

 …………。

「そうか、それは良かった」
「はい。……どうしました? 何故そっぽを向くんです?」
「なんでもない。こちらを見ないで欲しい」
「は、はぁ、分かりました……?」

 メアリーにとっては自然な事で、特別深く考えて言った言葉では無いのだろう。
 ふと、思いついたから言ったような、当たり前に思っている事を言ったような表情で言うモノだから、不意を突かれてしまった。

――……なんだろうか、心臓の音が五月蠅くて、メアリーを見れない。

 今の俺の姿は情けないと自分で分かっているので、メアリーにはこんな姿は見られたくない。今の俺は必死に自分を落ち着かせるだけで精一杯だった。

「――! ――、―――――」
「――!? ――。――――!」

 そして気持ちを落ち着かせようとしている中、ふとある部屋から声が聞こえて来た。
 あの部屋は……

「確か……クロさんが休んでいる部屋ですよね?」

 そう、クロ子爵があの黒い靄の経過観察として一時的にあてがわれた部屋だ。そんな部屋から声が聞こえてくる。

「あれ、扉が開いているみたいですね」

 そしてその部屋の扉が少し開いていた。
 あの隙間があるせいで声が外まで聞こえているようである。

「なにかあったんでしょうか……?」

 メアリーはそう言いながらゆっくりと扉に近付き、中を覗こうとする。
 ……本来であれば止めるべき行動だが、今の俺は自分を落ち着かせる事に精一杯の状況だ。

――すまない、クロ子爵。悪いが俺を落ち着かせるような会話をしていてくれ。

 そんなある意味では藁にも縋るような気持ちで、メアリーに続いてゆっくりと部屋に近付く。
 そしてメアリーの背後に立ち、部屋の中の様子を見ると、そこに居たのは……ベッドに寝ているクロ子爵と、その傍らに椅子を置き、座って看病をしているヴァイオレットがいた。
 他に誰も居ないので、先程の声はあの二人の声のようだ。だが、あの二人が廊下に響くまでの声を出すなど、なにか問題でもあったのだろうか。

「クロ殿、いいから覚悟をするんだ! 私の“あーん”がそんなに恥ずかしいのか!」
「い、いえ、ですから自分で食べられるんですって! 医者にも大丈夫と言われたでしょう!?」
「駄目だ。どのような後遺症が分からない内は大人しくしているんだ。駄目だ」
「何故二回言ったんです」
「ともかく、誰も見ていないのだから大人しく食べるんだ。そしてその後抱き合う方向を選ぶんだ」
「わ、分かりました。大人しく食べます――待ってください。なんか凄い事サラッと言いませんでしたか?」
「冷めるから早く食べるんだ。はい、あーん」
「あ、あーん。……もぐ、もぐ」
「美味しいか?」
「え、ええ、まぁ。……あの、それで抱き合う方向、ってなんです?」
「これを食べ終わった後に、クロ殿が横になり、私が正面から抱きしめる形で休むか」
「っ――!? ふぅ、咽そうだった……えっと、それか、なんです?」
「私がクロ殿の背後に回り、私が背後から抱きしめて私の身体をベッドの様にして仰向けでクロ殿が休むかの二択だ」
「なんでその二択なんです!?」
「クロ殿が心配だからだ!」
「それを言えば誤魔化しきれると思ってません!?」
「さぁ、どっちを選ぶクロ殿! それと、あーん」
「否定してくださいよ! あ、あーん」

 …………。
 …………。
 問題といえば問題だが、これを見た俺達はどう反応すれば良いのだろう。

「メアリー。俺はふと思う事があるんだ」
「なんでしょう」
「俺がヴァイオレットと婚約破棄せず、そのまま結婚したとしよう」
「はい」
「ヴァイオレットは俺の事を好いていたのは確かだが」
「ですね」
「だが、結婚してもあんな風にはならなかったと思うんだ」
「……ですね」
「……これも、反省すべき事による生まれた結果、という事になるのだろうか」
「……なるのでしょうかね?」

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