追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

何処か物悲しそうに(:朱)


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「今から会いに行く相手は……仮にも俺の母だ。そして俺を嫌っている。俺やスカーレット姉さんを排斥しようとするのも無理は無いだろう」

 立ち止まる事無く説明していき、俺達は騒ぎが起きている城内の中で、比較的騒ぎが少なく静かな謁見の場へと足を運んでいた。
 静かなのは目を逸らすためなのか、あるいは誘い込むためなのか。騒ぎを起こしている者が誰かという事に辿り着かないと足を運ばない様に、あえてこの周辺に騒ぎを起こさないようにしているのか。
 もしくはただの偶然かもしれないが、彼女はここに居る可能性が高い。近くに行けば行く程、その感覚が強まって来た。

「……勘違い、という可能性はないのですか?」
「そうだよ。こんな事を起こしたとしたら、いくらなんでも……」
「勘違いであれば良いのだがな」

 俺に気遣ってくれるスカイ、そしてシルバ。
 相手が相手だけに信用できないのだろうが、なによりも今回の騒動は俺やスカーレット姉さんを対象にしている可能性が高い、という点を否定してあげたいと思っているように見える。
 その気遣いはありがたく、俺も勘違いであれば恥をかくだけで済むので勘違いに越した事は無いのだが。あのヒトは俺や姉さんを標的にしているという、確信に近いモノが俺の中にはある。……そのためにも、あのヒト……いや、まずは彼女に会わなくては。

「……着いたな。今から踏み込むが、大丈夫か」

 俺は一旦立ち止まり、振り返り皆の表情を見る。
 アッシュとシャル、スカイは何処か覚悟を決めた様に顔を引き締め。シルバは戸惑いつつも気を奮い立たせており。エクルは目を瞑りなにかを覚悟していた。

「…………」

 最後に見たメアリーと目が合うと、いつもなら微笑み返してくれる表情を、ただ俺を見て「貴方なら大丈夫ですよ」というように真っ直ぐ真剣な表情であった。
 その信頼を何処か嬉しく思いつつ、俺は元見ていた方向に向き直り、

「行くぞ」

 そう言って、一歩踏み出し謁見の広場へと足を踏み出した。
 広がる大きな空間、高い天井、芸術といえる柱の数々。
 これから向かう先には、この国の頂点と呼べるものしか座る事の出来ない玉座が有る。その椅子に座る事を夢を見て、己が血の事を知り椅子に座る事は不可能であると嘆いた場所。

「随分と大所帯だな、ヴァーミリオン。恵まれているようでなによりだ」

 その場所に俺達が敵対する相手――コーラル・ランドルフ王妃が、いる。







「私は男が嫌いだ」

 玉座の前、階段の下にまで行き、俺達が辿り着いて見上げる形になるとコーラル王妃はそのように語り始めた。

「父と兄が居たのだが、どちらも自分勝手でね。怨念との呼ぶべき言葉を子守唄のように聞かされたためなのか、男という者が嫌いなんだ」

 静謐な声は、この謁見の場でとてもよく通り、俺達に聞かせる不思議な力がある。

「私は女が嫌いだ。母は執念を煮詰めたような女で、叔母は淫蕩な女であった。その二人が私を蝶よ花よと己が理念を正として教えたせいでもあるが故か、女が嫌いになった」

「私は民が嫌いだった。自分を正として、見えているモノのみが価値があると判断し、貴族に人間性を求めずただ理想を求め、理想から外れれば畜生にも劣る扱いをする民が嫌いだった」

「全てを嫌い、軽蔑する中、唯一嫌われたくないと思った男がレッドだった。このヒトと一緒にいると、民も好きになり、夫と国と民のために身を尽くす事が出来ると思い、国母として相応しくなろうと思えた」

「二年が経って、ローズとルーシュを産み、大切な存在が増える嬉しさと、この子達のために相応しい女王になろうと思い、より身を尽くそうと思えた。レッドが国外に赴く必要があろうとも、不在の間が他国に好機と思われない様に、な」

「思っていたのに、私の知らない私の子が出来た」

「それでも私は国のために働いたさ。生まれを数週間ずらす事で、生まれてもおかしくない時期に産まれた事に調整して、私の知らぬ私の子が誕生した」

「……私はレッドに嫌われたくなかったからな。それにレッドは私なんかよりあらゆる面で優れた国王だ。そんな“王”に迷惑をかけたくなかった」

「だからこそ次の息子はとても嬉しかったさ。初めての子であるローズやルーシュと同じくらいには、歓喜した。浅ましく言うのなら、この子はレッドの心を取り戻した証だとも思った」

「……取り戻せたと思ったからこそ、スカーレットにも等しく我が子として扱おうと思ったさ。嫌われたくない相手の、子ではあるからな」

「そんな中、私の知らない私の子がまた出来たんだ」

「側室なら良い。愛人でも良い。私が好きな民の、嫌いな女でも構わなかったさ」

「だが同じ相手を二度。二度も、だ。嫌われたくない相手と血の繋がった相手との子だ。一度目は私も才能を認め、嫌いな女の中でも認める事が出来る女だから事故と思っていた。だが、二度も過ちを起こした」

「自分の感情が抑えて、何度陰で吐いた事か。……それでも愛する我が子には罪はない。愛する子のためにも、レッドのためにも、国のためにも、民のためにも、子と認めて国母として振舞ったよ。……娘も息子も、成長していくのは、やはり嬉しかったからな」

「だが、何故お前はそこに居る」

「何故愛するカーマインは幽閉されている?」

「何故愛するレッドも、ローズも、ルーシュもバーガンティーもフューシャもそれが正しい事と言うように振舞っている?」

「何故お前は“私の子達の中で”、全てに秀でた才能があると評される」

「何故、お前は――私の前に居るんだ、ヴァーミリオン」

 ……コーラル王妃――母上は、玉座の横の、王妃が座する椅子にて俺を見ながら言う。
 表情からは憤怒や鬱憤といったものだけではなく、多くの感情が混じった表情が読みとれた。

――母上。

 俺は母上に良い対応をされたとは言えない。明確に他の兄妹との対応の差を感じていた。
 しかし俺も良い顔をしなかったのは確かであるし、認められようと頑張りはしたが、何処かで“本当の子ではない”という壁を作っていたのだろう。
 ……そしてこの御方は、ずっと耐えてきたのだが、ここ数週間の出来事でなにかを支えた紐が切れかけたのだろう。

「母上、俺は貴女を――」
「母上と呼ぶな。お前の母は私ではない。……その言葉はお前の“母”に言え。……共和国にでも行き、好きなだけ呼んでやれ」

 だがそれでも辛うじて切れていない。
 最後の善性なのか、俺がレッド・ランドルフの血を引いているためなのか。俺を追い出すに留めようとしている。

「別に留めようとしているつもりはない。私はお前達にとって悪だ」

 俺、そしてなにかを汲み取っているアッシュ達の心情を読み取ったのか、母上は立ち上がると同時に、否定の言葉を告げて来る。

「私はヴァーミリオンを王族から外そうとし、お前達は騒ぎを起こし、義理の娘をも利用した私を捕縛に来たのだろう」
「違います、私達は捕縛ではなく、話をしようと――」
「違う事は無い、清純を気取り博愛を目指す小娘。……話し合う必要など、ないんだよ」

 母上は右手を掲げると、右手に一つの武器が出現した。
 それは騎兵に使われるようなランスであり、女性の手にも持てる程の細い握りに対し、シャフト部はヒト一人分は有るかと思われる程に大きく、太い。

「私は今からヴァーミリオンを殺す」

 そんな大きさのランスを片手で軽く持ち、構え宣言する母上。

「そのような運命を避けたいのなら、私を悪として倒す事だな。――未来ある、愛する私の国の若人達」

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