追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

逃げる者と追う者(:朱)


View.ヴァーミリオン


 戦いの地下空間から俺達は急いで出ると、明確にいつもと違う雰囲気が城内に流れていた。
 理由は分からないが、侵入者が現れたような、指揮系統が乱れているような……とにかく混乱している空気であった。
 様子を確認すると、父上はメアリー達と一緒にいるよりは、この混乱を防ぐために指示に当たった方が良いと判断し単独で駆けて行った。
 クロ子爵達はグレイとアプリコットが危険かもしれないと判断すると、俺に一言残して慌てて駆けて行った。
 そして俺は城内の比較的安全そうな部屋へ移動し、比較的信用の出来る部下にオール義姉さんを預けた。

「……さて」

 この後はメアリー達と合流する予定と伝えてある。
 しかしこの騒ぎが城内全体に轟いている場合、グレイ達に被害が及んでいなくても、彼らならばなにかしらの対応を取っているだろうから、先程の待機の部屋には居ないだろう。その場合、合流する場所は俺が目星をつけて何個か当たる必要がある。

――すまない、メアリー。

 だが、俺はメアリー達とすぐに合流する予定は無い。俺にはやらなければならない目的が存在する。

――あのヒトを……止めなければ。

 俺は混乱を引き起こしている、城内に居るだろう黒幕と直接対峙し、この騒ぎを鎮めなくてはならない。その責任が俺にはある。
 理由は……この混乱は、クロ子爵を対象にもしているだろうが、俺やスカーレット姉さんを目的ともしているからだ。明確にそれが分かった訳ではないが、“あのヒト”ならばそうするだろうという確信が、黒幕を知った今の俺にはある。

――あの感触は……

 通常であれば分からない事であったが、先程の黒い靄に触れた時に分かってしまった。
 そして同時に、黒幕は俺達がオール義姉さんを誰が操ったかを気づく事に気付いた上で計画を立てている。俺が単独で動く事も織り込み済みであり、それを理由に俺になにかをするつもりだろう。

――……罠だろうな。

 しかしそれが分かっていてもなお、俺は事を為さなければならない。
 それが俺の……あのヒトの息子としてのやるべき事なのだから。

「何処へ行くつもりですか、ヴァーミリオン君」

 しかし、向かおうと一歩踏み出した矢先に、俺は声をかけられた。
 ……いとしく、可愛らしく。凛々しくもあいらしい、出来れば傍で聞いておきたい声。だが、今の俺にとっては聞きたくない声であった。

「……何処へ行くもなにも、メアリー達と合流しようとしただけだが。メアリーこそ何故ここに居る。グレイ達は無事だったのか?」

 俺はあくまで冷静に、声色を変えずにメアリーの方を向いて返事をする。決心が鈍るので出来れば姿も見たくは無いのだが、見ないでいると鋭いメアリーに、俺がしようとしている事を察されてしまう。
 ……この場にメアリーが居る時点で既に勘付かれているのだろうが、それでも俺は冷静に言葉を返す。今ここで冷静にならないと、俺はメアリーを頼ってしまう。この騒動は俺や姉さんが解決すべき問題だ。メアリーを解決に巻き込むべきではない。

「いえ、私はクロさん達とは行かずに、ここに来ました。なのでグレイ君達がどうなったかは分かりません」
「ならば何故ここに居る」
「私は救い馬鹿なので。救うべき相手が居る所へと向かったら、自然とここに来ていました」
「……根に持っているのか」
「なんの事でしょう。私はただ自己分析しているだけですよ」

 ……根に持っているな。
 しかし普段はこのように根に持たないメアリーが、嫌味のように言って来るとは珍しい。そんな姿も愛らしいが、今はその愛らしさが憎らしい。

「メアリー。俺がここにオール義姉さんを運ぶまでに城内を見たが、様々な騒ぎが起きているようだ」
「そのようです。私も城内の男湯で、男性の覗きが出たと騒ぎになっていると聞きました」

 なんだそれは。どういう状況だ。

「であれば、この騒ぎを収束するためには手分けして当たった方が良さそうだ。クロ子爵との合流は……」
「ええ、グレイ君達であればこの騒ぎの中、問題解決に動くかもしれないですし、その場合は、クロ子爵も騒ぎの中で動くでしょうから、私達も問題を解決している内に合流は叶うでしょう」
「その通りだな。動いていない場合は、クロ子爵とグレイ達は部屋ですぐに合流する。その時は彼らの安全性は確保できたと言える」
「だから私達は各個で問題解決に勤しんだ方が、結果的に騒ぎの終息に繋がる、ですか。……分かりました」
「ああ。俺も第三王子としての立場を利用し、動けるだけ動こう。俺はこちらに行く。ではな」
「ええ、それでは」

 俺はメアリーに一旦の別れを告げ、この場を小走りに去っていく。
 ……無理矢理感は否めないが――いや、多少無理にでもこの場を離れ、メアリーとの距離を取らねばなるまい。この騒ぎを終息させるためには、俺はあのヒトの所に向かわないと駄目なのだから。

「…………」
「…………」
「……。…………」
「……。…………」
「……。――――!」
「っ! ――――!」

 ……メアリーが、ついて来る。
 近付かず、離れず。俺が歩けば歩き、走れば走り、止まれば止まり。
 不意を突いてスピードを変えて離そうにも、一緒に来て、ただ黙ってついて来る。

「メアリー」
「どうしました、ヴァーミリオン君」

 俺が立ち止まると、メアリーも立ち止まったので、俺はメアリーの方を向いて名前を呼ぶ。するとメアリーは無表情のまま返答をした。

「どうしました、ではない。先程の話を聞いていなかったのか」
「ええ、騒ぎを終息するために手分けして解決する、でしたよね」
「聞いていたようでなによりだ。……何故ついて来る」
「いやですね、問題を解決するための行く先が偶然ヴァーミリオン君と同じ方向なだけですよ」
「そうか。ついて来られていると思ったのは俺の気のせいか」
「ふふ、その通りですよ」
「はは、そうかそうか」
「…………」
「…………」

 しばし流れる静寂の間。
 騒がしい城内も、何処か遠くの事のように俺達の間で静寂の時が流れる。

「――ふぅ」

 そして俺は無言のままメアリーに背を向け、少し息を吐く。
 その後空気を取り込むと――

「ではな、俺はこちらへ行く!」
「逃がしません!」

 全速力で城内を走った。
 幼少期に俺はアッシュやシャルと一緒に城内を走ろうとして怒られた。その時はいつか全力で城内を走ってやりたいと子供心に思ったモノだが、今になってその夢が叶うとは。なにが起こるか分からないモノである。
 なんだか後ろから愛しの相手が追いかけている気がするが、気のせいだろう。なにせ先程は偶然向かう先が同じだったと言っていたからな。「逃がしません」という、追い駆ける様な声が聞こえたのもきっと空耳だ。

「何故ついて来る、メアリー!」
「偶然方向が同じなだけです!」
「なら何故俺と同じ速度で来る!」
「偶然私の速度が同じなだけです!」

 くそ、城内は俺の方が熟知しているはずなのに、初めて来たはずの、何故か会話もしている相手はついて来る。
 窓から飛び降りようが、窓から窓へと飛び移ろうが、昔見つけた中庭の木々の抜け道だろうが付いて来る。あと俺達を捕まえようとした連中もいたので、そいつらを使い後方に障害物として地面や壁に叩きつけても構わず突っ切って俺について来る。
 ええい、これでは振り切れない!

「メアリー! お前は困っている者を捨ておいてまで俺と同じ方向に行きたいか! 心は痛まないのか!」
「困っている相手を現在進行形で無視している貴方に言われたくありません!」
「俺は良いんだ! 騒ぎを引き起こしている連中はついでに倒しているからな!」
「私も良いんです! 困っている相手はすれ違いざまに回復と応急手当と道具を支給しているので!」
「流石だなメアリー!」
「そちらこそ流石です!」
「メアリー、悪いが俺はこれから王族として行かねばならない場所がある! メアリーはメアリーで困っている者達が居る現場に行って欲しいのだが!」
「私は今も困っている相手を助けるために向かっています! ですが何故か追いかけても逃げるんですよね、何故だか分かりますかヴァーミリオン君!」
「俺の勘だが、逃げている相手は居ない方が助かるというやつではないか!」
「私の勘だと、余計な事を背負って勝手に突っ走っているだけだと思うんです!」
「気のせいだな!」
「気のせいではありません! その人は私には“背負いすぎるな”とか“一緒にいる”とか言っておきながら、自分が背負うと独りで解決しようとしているみたいなんです!」
「……それが俺の責務だからだ!」
「そんな責務はさっさと捨てれば良いんです!」
「駄目だ!」
「駄目じゃないです!」
「無理だ!」
「無理じゃないです!」
「分からず屋が!」
「どっちがですか!」

 なんだか途中から建前もなにも無くなっている気がするが、ともかく俺はメアリーを振り切るために走る。
 くっ、先程の戦いや扉を閉めた魔法で疲弊しているはずなのに、メアリーは俺について来る。メアリーのバイタリティはどうなっているんだ。

――だが、俺は負けない。

 しかし俺は負ける訳にはいかない。
 ローズ姉さんにも言われたが、俺はメアリーと付き合うためにも、メアリーに負ける訳にはいかないのだ。
 そして勝って、振り切った後に俺は一刻も早く今回の騒動を鎮めるために、あのヒトの元へと向かうのだ。
 だから俺はメアリーに勝つために、城内を抜け出してでもメアリーを振り切って――

「スカイ、メアリーを頼む」
「シャル、殿下をお願い」

 ……そして、目的が妙な事になっている中。
 俺とメアリーの妙な戦いは友の手によって止められたのであった。

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