追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
閑話 ■の一計(:?)
閑話【?????の一計】
「……■■様」
「なんだ」
「正直言うのならば、■■様が立案した此度のクロ・ハートフィールドを貶める作戦ですが、上手くいくものと私は思っておりません」
「……ハッキリ言うのだな」
「ええ」
■■様から口頭で聞く案はどれも計画として甘いモノであった。
どの計画も数々のルートを構築しており、一つの失敗は別の作戦で補えるような素晴らしい計画だ。これが私が捕まった後に練られた計画であり、実行に移せるというのなら流石は■■様であると言えよう。
「どれもこれも現場を知らぬ上の者がするようなミスばかりしています。シキでの作戦など、シキの領民の特殊性を甘く見過ぎているきらいすらあります」
しかし急造であるが故か、派遣する執行官は適正でないなどの不備がある。さらにはシキという地を知らなさすぎる。これではシキもクロ・ハートフィールドも貶める事は不可能と言えよう。
だが、それらを説明するつもりはない。シキの特殊性など口頭で説明した所で理解はされないだろう。
「随分とシキを評価しているのだな」
「正確に分析をしているだけです」
「それで? わざわざ言う……いや、黙って私を称え笑顔で送り出し、失敗するだろうから見限ろうと判断したのにも関わらず、指摘するつもりになったのは何故だ?」
「■■様を見限るなど、そんな」
「言え、カーマイン。私は何年お前を見て来たと思っている。多くの見落としは有ろうと、全てが見えない程盲目のつもりはない」
■■様は私を見て真っ直ぐに言う。
それは先程までの何処か浮ついた説明とは違い、■■様らしい、他者を寄せ付けない高貴な薔薇のような凛とした表情であった。
――やはり、そういう事か。
そしてその表情を見て確信を得る。
口頭ではない、作戦文章の書類から感じた違和感。この違和感は、この場しのぎを止めて質問する程度には大きなモノであった。
「……此度の一連の作戦ですが」
「ああ、なんだ」
「……真の狙いはクロ・ハートフィールドではなく、スカーレット姉様、そしてヴァーミリオンですね」
「…………」
私の指摘に■■様は無言になる。
肯定の無言、というよりは催促の無言なのだろう。
「いえ、正確にはクロ・ハートフィールドも可能なら貶めよう、苦しめようとは思っているようで。しかし」
「最終的にはその両名を王族から排斥する予定だ、と言いたいのだろう。責任を負わせたり、性格を利用した自主的な廃嫡への道標を示している、と」
「はい。……スカーレット姉様の方は、性格からして王族を見限るでしょうから」
この作戦だとヴァーミリオンは責任を負わされ、責任を負わせたのは誰かと知ればスカーレット姉様は間違いなく王族を見限る。そして廃嫡して髪でも切り最近出来た、愛する相手が居るシキに移り住んで冒険者としてやっていく事だろう。クロ・ハートフィールドならば受け入れるだろうからな。……クロ・ハートフィールドに受け入れられるとは、羨ましい。
……羨ましいはともかく、周到に計画されたものだ。クロ・ハートフィールドを隠れ蓑に、ヴァーミリオン達を貶めようとしている。
その全てが、計画に関してはそれなりに自信がある私も、こうして作戦の書類を見なければ気付かないような綿密性だ。
「……そんなにも嫌いですか。私の姉と弟、ましてやお父様の血を引いているのに」
「嫌いだ」
だからこそ、こうしてまで姉と弟を嫌う■■様に対して悲しみを覚える。
……私はクロ・ハートフィールド以外を愛する事は無いが、スカーレット姉様とヴァーミリオンを含む家族はそれなりに情を覚えている。
「今すぐにランドルフ家から追い出したい。憎い。憎い。憎い……!」
だからこそ、このような状態の■■様を見ると、悲しくなってしまう。
…………。
「……追い出しが終わったら、私をどうするおつもりで? この計画だと、ヴァーミリオンを共和国に追いやった後に私も復帰させるのでしょう?」
「ふふ、流石に分かるか。まだ詳細は明かせないが、楽しみにしておくといい」
「ええ、楽しみにして居ましょう――おっと、流石にこれ以上の会話はマズいのでは?」
「む? そうだな。これ以上は気付かれてしまう」
私は憎しみの感情を拭わせるため、■■様が愛している私の話に替えて機嫌を取らせ、その後に時間を意識させる。
「では、また会える時をお楽しみにしています。■■様」
「ではな、カーマイン」
「ああ、それと。オールに関してはあまり追い詰めないでやってください。アイツは精神的に脆い所も有るので」
「分かっている。ではな」
■■様はそう言ってこの部屋を去っていった。
……分かっている、とは言ったが、オールに対してあまり気を使う気はなさそうだ。仮にも私の妻であるのだから、もう少し労わって欲しいのだが。
「……ま、俺が思えた義理ではないか」
そして俺は誰に聞かせるのでも無く、最近ハマっている“気を抜いた時は一人称を俺に変える”という、クロ・ハートフィールドと同じ話し方に替えつつ、冷たくなった珈琲を飲むのであった。
「だがやはり、そういう事か」
◆
「さて」
■■様が去り、見張りの者が部屋の前に戻って来た所で俺は寝ていた身体を起こした。
「すまない、見張りの方。一つ良いだろうか」
「…………」
扉に近付き、外に声をかけるが返事は返って来ない。
恐らく御父様あたりに“会話をして惑わされない様に”と言われ、必要最低限以外は喋らない様にしているのだろう。
「貴方の職務は分かっているつもりだ。だがそれでも聞いて貰いたい事がある、グリフィス男爵家次兄、ガンメタルグレー。及びゴッデスマン準男爵家三男、ピーコックグリーン」
「……っ!?」
私が見張りの名前を二人呼ぶと、扉越しに驚きの声を感じられる。
見張りは時間交代な上、彼らは名乗りもしなければ直接対面もしていない。さらには今まで私と面識も謁見も無かった男達だ。驚くのも無理は無いという所だろう。
「貴方達がどういう立場なのかは理解している。なにせ騎士団と軍所属の名前や素性は一通り知っているのでね」
「…………」
「それに、君達の忠節心も知っているし、先程私が■■■■■■と会ったのも知っているだろう?」
「…………」
「それを踏まえた上で聞いた貰いたい事がある。返事をしてくれるとありがたいんだがね」
「……なんでしょうか。■■■■■■様にお伝えしたい事があるのなら、このガンメタルグレーが聞きますが」
私の問いに、やはりガンメタルグレーが反応した。■■様と会ったという事に踏まえ、忠節心を持っている、と言う所が琴線に触れたのだろう。
「ああ、それはありがたい。実はというと、先程■■様に会って感じたんだが、■■様は危険な状態でね」
「危険、ですか」
「その通り。幽閉されるようなこんな私をここから出そうと必死なんだ。それで無茶をしそうでね」
「その事をレッド国王陛下に伝えて欲しい、という事でしょうか?」
「いや、御父様は……意味が無いな」
「?」
御父様は優秀な御方だ。尊敬もしているし、私があの領域の力を手にするのは、今の二倍生きてようやく手に入れられるかどうか、と言う所である。
御父様に頼めば大抵の事は片付けられる。
だが、今回は致命的に相手が悪い。
御父様は解決した後の後処理は出来ても、今回の相手に対しては役立たずも良い所だ。
「御父様や……ローズ姉様とか、ランドルフ家には伝えないで欲しいんだけどね」
「それは出来ません」
「君達が私が動けば御父様、あるいはローズ姉様に伝えなければならない事は分かっている。だがランドルフ家に伝わると■■■■■■に伝わってしまう。それは分かるだろう?」
「……確かに■■■■■■様はそうでしょうが……しかし……」
「であれば、私が伝えましょうか?」
「おお、それはありがたい」
渋るガンメタルグレーに対し、黙って聞いていたピーコックグリーンがここで反応する。
うんうん、相手が渋るのを見逃さずに、出世のチャンスを感じ取ってここで来るのは実に予想通りだ。
――……本当に、予想通り過ぎてつまらない。
本当に、本当に……学園に入る前や、入った後のような詰まらい予想通りの反応ばかりで……
「では、誰に伝えれば良いのでしょうか、カーマイン殿下」
……いや、私の感想は置いておこう。クロ・ハートフィールドのような存在など早々現れないんだ。
今は■■様のためにも、スカーレット姉様やヴァーミリオンのためにも、一計を案じておかないと。
「そうだね……じゃあヴェールさんに伝えて貰えるかな」
「トランスペアレントの大魔導士様……?」
「うん、彼女にね――」
そして私は伝言を頼む。
伝言を受けた二人は意味を分からなさそうにしていたが、念を押すと、とりあえず伝えてくれる気になったようである。
――……さて、これで上手くいくと良いのだが。
あるいは誰かがかき乱すのかもしれない。
もしもかき乱すのがクロ・ハートフィールドならばますます彼を愛する事になるが、今回はどうだろう。
恐らく今回は……私の予想では、違う相手が■■■■様の計画を乱すだろう。
――まぁ、頑張れよ弟。愛する女の前で少しは格好つけてみせろよ。
なにせ愛は素晴らしいからな!
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