追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

迫力のあるナニカ


「状況は――っと?」

 ヴァイオレットさんが無事な事に安堵した後、状況を把握しようと倒れていた身を起こそうとすると身体を抑えられた。えっと、これは……?

「クロ殿。まだ起きないでくれ。どんな後遺症があるか分からないのだから……」

 どうやらヴァイオレットさんが俺を上から抑えているようだ。
 片方の手は涙を拭っているので、片手で抑えているだけだろう。ならば起き上がる事は容易だが……周囲に戦闘音がしない事と、言葉の感じからして無理に起きる必要は無いのだろう。
 ……少し頭が浮いた感覚と、後頭部に感じる弾力性。ヴァイオレットさんが覗き込んでいるという事を考えると、今の状況は周囲から見ると恥ずかしいから脱出した方が良いのではないかと思わなくも無いが……ここは素直に従って堪能――ではなく、休んだ方が良いのだろうか。

――…………この体勢だと、迫力あるな。なにがとは言わないけど――うおっ!?

 体勢的に顔が見えやすい他にとある迫力を感じられる部分がどうしても目に入ってしまい、どうしたものかと考えていると腹部に痛みが走った。
 とはいえ先程のような、刺された鈍痛ではなく、なにかある程度の大きさのモノぶつかった様な衝撃である。

「黒兄……良かった……本当に良かったぁ……!」

 お腹に方に頭を動かさずに視線だけやると、ビャク……ではなく、クリームヒルトがこちらを見て泣いているのが見えた。
 俺が無事目覚めた事に対し喜んでいるようである。……先程見た俺の葬式の事を考えると、死んでしまう可能性がある状況での目覚めというのは、心の底から安堵が沸き上がったのかもしれない。

「すまなかったな、クリームヒルト。無事だから安心してくれ」

 ……無事を泣いて喜ばれる、というのは素直に嬉しい反面、心配をかけて申し訳ないという気持ちもある。ともかく無事に目覚めてクリームヒルトに変な心の傷を残さなくて良かったと思う。

「ぐすっ……うぅっ良かった…………でも、やっぱりヴァイオレットちゃんの膝枕効果かな……安眠を誘発し、イチャラブが闇を祓ったのかな……やっぱりイチャラブは光属性なんだね……!」

 ……うん、相変わらずだな。ある意味安心である。

「とりあえず、なにがあったか聞いても良いですか? えっと、刺されて気を失った所までは覚えているんですが……」

 起き上がる事が出来ず、このまま泣かれ続けるというのも複雑なので、状況を聞いておこう。
 近くにメアリーさん達が居る事やナニカの気配がない事は分かるのだが……扉やオール嬢はどうなったのだろう。

「クロ殿。今は休んで、聞くのは回復してからでも……」
「状況を分からずに休んでいる事は出来ませんよ。危険ならば起きますが」
「……そうだな、まず――」

 話を纏めると、まずは俺が気を失った後、同時にオール嬢も気を失ったようだ。
 すぐに引き剥がしたのだが、ナニカの黒い靄は俺とオール嬢を繋げていた。下手に立ち切るとなんの影響があるか分からないというメアリーさんのアドバイスを受け、これ以上影響を与えないように、クリームヒルトが新たに錬金した道具で周囲のナニカを抑え込んだ。
 その後にメアリーさんがなんとか扉を閉め、ヴァーミリオン殿下やエクル、国王が残る戦闘力を誇るナニカを討伐。その後に扉の封印を国王とエクルが試みた。
 試みている間に、俺とオール嬢が目覚めるようにクリームヒルトとメアリーさんが錬金魔法で、ヴァイオレットさんが通常・浄化魔法で外部から祓おうとするが上手くは行かなかった。
 殿下が王族としてなにか出来るのではないかと思ったのだが、むしろ殿下が影響を受けそうな状況に陥ったためメアリーさんが止めた。
 そうこうしている内に俺とオール嬢の黒い靄が収まりかけ、その機会にクリームヒルトが初め使おうとした布でどうにか抑え込んだ。しかしまだ俺とオール嬢は目覚めない。

「私はクロ殿を何度も呼びかけたんだが目覚めなくて……もしや浸食が終わって、心が死んでしまったのではないかと不安で、不安で……」

 そう言いながらヴァイオレットさんはまた涙を浮かべる、すぐに零れない様に手で拭った。……本当に迷惑をかけたな。

「で、私が“もっと安心感や温もりが必要なのでは?”と言って、膝枕を提案したの。あともう少し目覚めなかったら乗せたらどうかな、って提案しようとは思ったけど」
「乗せる?」
「あはは、黒兄が迫力を感じている奴。頭をそれで上から抑えれば、柔らかサンドになるからね! まさに母性の愛!」
「……そうかい」
「あれ、ツッコミ入れないんだ」
「……そんな気力が無いだけだ」
「ふーん?」

 俺の反応に疑問顔になるクリームヒルト。
 ……気力があまりないのも確かだが、クリームヒルトがいつもの様に笑っている事に安心感があったので、ツッコむ気になれないというのもある。葬式の時のような笑顔は……出来れば、見たくない。
 あと、乗せられる前で良かったとかは思っていたりもする。そのタイミングで目覚めたら今後なにかあったらクリームヒルトに揶揄われたり、ヴァイオレットさんに俺が弱ったタイミングでそれをされそうだからな……

「迫力? ……迫力……顔……キスの事か……?」

 ……ヴァイオレットさんはヴァイオレットさんでなんか勘違いしているな。そっちで目覚めたのなら、ある意味ドラマチックだったかもしれないが、騎士の方々とも戦って碌に身体もふけていないので、そんな状態でキスはしたくない。あと出来れば意識がある内にキスはしたい。

「ところで、オール嬢は? 目が覚めたのか?」
「えっと……黒兄が目覚めた後にメアリーちゃんが診ているよ。まだ目覚めて無いみたい」
「……そうか」

 あの時の事を覚えているのかとかを確認したかったのだが……今は無理そうだな。それに気になる事もあるし――ん、ヴァイオレットさんが俺をなんか複雑そうな視線で見て……?

「……クロ殿。気を失っている間だが……以前聞いたような、見たくもない光景を見たのだな?」
「え? ええ、そうですね」
「まさかとは思うが……オールと一緒に見た、という事は無いだろうか
「……あの、ヴァイオレットさん。もしかしてですけど一緒に気を失ったから、一緒に光景を見て俺がオール嬢となにかあった……とか思ってません?」
「……思ってない」
「思ってますね」
「思ってない」
「あはは、これは思っているね。というか黒兄はよくすぐ分かったね」

 なんとなく今ほどの視線を向けられた時の、ヴァイオレットさんが考える事が分かって来たからな。多分一緒に見たく無いモノ……場合によってはオール嬢の見たくないような辛い光景を見て、同情してしまったのではないか、と思っているのだろう。……ある意味同情する光景を見たとは聞いたのだが。

「大丈夫ですよ。見たのは俺の過去とかですし……というか、それを見てあっちが同情して、牙が折られた感じですし」
「そうなのか?」
「ええ。だから目覚めてもそうなっているのか、と気になっただけです」

 見た内容は……まぁ言わなくて良いだろう。ヴァーミリオン殿下への想いとか、俺は気にしなくてもヴァイオレットさんは気にしそうだし、クリームヒルトの過去の事とかも言う必要は無い。俺は前世母を母とは思っているが、クリームヒルトが思っていないのならそれを強制する気は無いし。

「ふーん、でもここに宣戦布告をしに来て、黒兄を殺そうとしたくらいなのに……そんな同情されるような過去を黒兄は持ってたっけ――はっ、まさか魔眼を封じるために眼鏡をかけて“悪いね☆”とか言っていた姿を見られて――」
「やめろ」

 本当にやめてくれ。それを見せられていたら受け入れるのに時間がかかっていたと思う過去を掘り起こさないでくれ。

「あ、そうだよ宣戦布告! 黒兄の大切なモノを奪ってやるとか言っていたなら、グレイ君とかが……!」
「っ!? そうだ、クロ殿に気を取られて――今すぐオールを起こしてどうしたのかを……!」
「あー……オール嬢を起こしても意味無いですよ、それ」
「どういう意味だ?」

 俺はあの空間で聞いた話を言う。
 オール嬢のあの言葉はあくまでも俺に集中させないために言った言葉であり、俺の周囲からなにかを奪おうとしたわけでは無いという事。あくまでも俺に一撃を加えるためのプラフであり、グレイやシキの領民になにかをしようとした訳では無いという事。

「事実であればグレイ達は無事であるという事だが……」
「信じて良い話なの、それ?」
「……シキで静養してくれ、とかいう言葉を言う人がシキでなにか出来ると思います?」
「あはは、それはー……」
「どうだろうな……」

 俺の言葉に複雑そうな表情をする二人。領主としてどうかとは思うが、その反応には納得しかない。

「とはいえ、グレイ達についてはすぐに確認しないといけませんね。――よっ、と」
「平気か、クロ殿?」
「大丈夫ですよ。それより扉とかを確認したらすぐに」
「そうだな。グレイ達を見に行き、無事であればその後にクロ殿を説教だ」
「……やっぱりそうなりますか」
「当然そうなる。感謝もするがな」
「はは……はい。分かりました」
「あはは、愛の説教だから覚悟するんだね黒兄!」

 それは分かってはいるが、やっぱり説教されるんだな。まぁ涙を流される程心配された訳だから、そのくらいは甘んじて受けるとしよう。……あんな表情は、ヴァーミリオン殿下への想いや、葬式の出来事よりも見たくない表情だしな。

「ですけど、それよりも気になる事があるんで国王陛下……いえ、ヴァーミリオン殿下かメアリーさんと話さないと」
「なにかあったのか、クロ殿?」
「ええ。気になる事が」

 説教についてはその時に考えるとして、まずは気になる事を解決しないと。
 オール嬢が俺の大切な存在を奪う気は無かったのは分かったが、もしかしたらと思う事が一つある。

「気になる事ってなに?」
「オール嬢だが、俺達と会う数日前にここに来て、力を内に秘めていたようだ。そして、力について事前情報を得ていて、扉を開く段取りを知っていた訳だが……」
「……それはレッド国王陛下や、先代、調べていたヴェールさんくらいしか知らないのではないのか?」
「後はハクとかも知っていそうだけど……国王とかの立場にならないと知れそうにないよね、それ。ましてや彼女って確か帝国貴族でしょ?」
「ああ。もしかしたら婚姻すれば聞かされるかもしれないが……その辺りをちょっとな。もしかしたら……」
「もしかしたら?」

 そう、もしかしたら。

「別の誰かが、オール嬢を操ったかもしれないからな」

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く