追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

良い反面教師


『おーい、クロ。豪華な料理食べたい? 食べたいよね。じゃ、食べに行くけど、一緒に食べる男の人はお父さんで、私の許可なく喋らない事。良い?』

『美味しかっただろう、クロ。……え? 前のお父さんと違うって……それがなんか問題あんの?』

『アンタの父親? えーと……はい、写真これの中のどれか。皆アンタを息子だと思ってるけどね』

『私が誰かと帰ってきたら、クローゼットに隠れて物音立てない事。私達が出てくまで、出て来ない事』

『アンタもう小学生なんだから、私がいなくてもお金と住む所さえあれば良いでしょ。じゃあ私はしばらく旅に出まーす。留守番よろしくー』

『久しぶりー、クロとあの子は元気ー? じゃあ豪華にあの子のお父さんと晩御飯でも……あの子って誰かって? あの子はソレ……ええと……ええと……シロ――あ、そうそう、ビャク。ビャクだった。忘れてたわ!』

 次々と見え、感情すらも流れ込んでくる見たくもない光景げんじつの数々。
 忘れていたのに思い出してしまったような発言や、ビャクいう名前は初めはシロであったのに「ちょっと捻ろう!」的なノリで名前を出す寸前に適当に変えた名前であったなど、知りたくも無くてますます嫌いになる行動も多く見える。
 ……それにしても、俺の前世まで対応するとは、随分と高性能なの力な事で。

「……これがオマエの前世とやらの母親、か」

 そしてこの光景を見て、何処か苦々しげに吐き捨てるオール嬢。
 言葉遣いの悪い口調から、先程垣間見えた毅然としたモノになっている辺り、そうならざるを得ない感情という事だろうか。この女が俺の前世の母という事はどうやって理解したかは知らないが、ともかく俺の前世の事に関しては把握しているようだ。

「随分と身勝手な女のようだな」
「ええ、まぁ。お陰で反面教師になりましたよ」

 こんな親にはなるまいと心に誓った母である事は確かだ。お陰で女性というモノが信用できない時期もあって、前世では女性と付き合う事はなかったぜ! ……いや、これは違うな。単純に俺が悪かっただけであるな、うん。
 というか、オール嬢は身勝手とは言うが、先程のオール嬢も……

「……いや、私に言う資格は無いか。忘れてくれ」
「え? い、いや、その通りで身勝手な母ではあるので構いませんが……」
「しかし、先程からそうだが、私にもこの空間の影響を受けるな。……オマエの心が折れないなら、早く力を受け取ったり、弾いたりして脱出してくれ」
「横暴ですね、優しくしてください」
「オマエの事を良く思っていないのに、優しく出来るモノか」

 当たり前だけど随分嫌われているな。俺や俺の大切な場所を奪おうとしていた女性に好かれたくもないけど。
 ……けど、なんだろう、違和感がある。ナニカの力を手に入れるために最初から接していた、と言った時もそうであるが、妙な違和感がある。だけどその違和感の正体は分からない。

「どうした」
「……いえ、なんでも有りませんよ」
「? そうか。では早くあの昏い力に近付き、倒せ。そうすればこの空間から脱出できるはずだ」
「ああ、残念ながらそれは力を手に入れる時の方法です。弾く場合は受け入れて、否定しないと駄目なんですよ」
「どういう事だ?」

 えっと、確か……オール嬢やあの乙女ゲームカサスのローシェンナのように、力を手に入れるためには心が死なずにあのナニカを取り込めば良い。あのナニカに近付くほど見たくない光景や感情は強まるが、それでもなお魔力のように扱えば手に入れる事が出来る。
 しかしあの乙女ゲームカサス主人公ヒロイン達がやったように弾くとなると――

「……この光景を認めた上で、自分の一部であると受け入れないと駄目なんですよね……」
「……コレをか?」

 そう、この光景も事実であるとしてまずは受け入れないと駄目なのである。そして受け入れた上で「それがどうした!」と強く思うのである、
 先程のヴァイオレットさんの場合だと……長年自分とは別の男を好いた上で、その事実や醜い嫉妬心を否定せずに受け入れた上で、「それも含めて今のヴァイオレットさんを愛しているんだ!」と心から思う事だろうか。そしてその心に陰りや猜疑心が少しでもあれば弾く事は失敗し、その“少し”からナニカにドンドン取り込まれていく。
 あの乙女ゲームカサスでは一切の迷い無しに主人公ヒロイン達が愛を見せつけ、あっさりと弾く事は出来るのだが……俺も先程の状態だったら同じようにあっさり出来ていただろうにな……

「つまりお前はこの母親を……受け入れないと駄目なのか」
「そうなりますね」

 先程から嫌な感情が湧いて来る、前世の母の光景を見せつけられ続けられている訳だが……ああ、嫌だなぁ……

「……待てよ、受け入れなければオマエの精神は死ぬのだな。よし、このまま邪魔をして――」
「それだと一緒にこの空間に居る貴女も心が死ぬと思いますよ。俺と一緒に心中します?」
「……私はオマエさえどうにか出来れば良いとは考えているが、同時にはな……」

 俺だって嫌だよ。まだまだヴァイオレットさんと愛を語り合いたいし、グレイやアプリコットの成長を傍で見守りたいし、カナリアだって…………そういえば、弾く前に一つ聞いておこう。違和感の正体も気になるし。

「それ受け入れられるのか? この場合は……この女を母親として認める、という事になるのだろうか」
「そうですね。俺は可能ですが……その前にお一つ聞きたい事が」
「オマエの質問に私が答えるとでも?」
「今までこの空間の事とかを散々答えたんだから、答えてください」

 というかさっきこの空間でオール嬢が見た光景を答えていたじゃないか。単純に嫌がらせで行っているだけだなこの方。

「……内容によるが、答えてやる」
「貴女は先程俺から全て奪うと言っていましたが、俺を攻撃し、今この空間に誘いました。……何故ですか?」
「何故ってそれは……ああ、そういう意図の質問か。それならば――」

 俺の質問の意図が伝わったのか……伝わってしまったのかはともかく、オール嬢は答える気にはなっているようだ。

「選択肢を増やすため――いや、オマエが憎いからやった。……ただそれだけの話だ」
「…………」
「どうした。答えたんだからさっさと受け入れたらどうだ? 私は心中は御免だぞ」
「……ええ、一つ大事な憂いが無くなったんで、受け入れられそうです」

 よし、これで憂いは無くなった。
 後は俺がこの空間から脱出すれば万事解決だ。というか早めに起きてヴァイオレットさん達の心配を無くそうとしたのに、大分時間が経過したな。
 この空間と現実世界での時間の流れの差は分からないが、早く受け入れないと駄目だ。

「あはハ」

 そして受け入れようと見たくない光景に目を向けた時、よく知っている女の子の笑い声が聞こえた。
 しかしそれは俺が知っている中の笑いかたでもとびきり異質で、とても見ていたくはない光景であった。

――葬式?

 場所は葬式の場。とはいえ、何処かの会場ではなく俺とビャクが前世で住んでいた部屋。
 居るのは笑うビャクと、いつもより黒いスーツに身を包みビャクになにがあったのかと見る前世の友人など会社の同僚。
 そして、殴られたように頬を抑えている母。
 ……俺は会社に入ってからは葬式には出ていない。それにあの部屋が葬式として使われた事は一度も無い。

――つまりこの光景は……俺の葬式?

 ……自分の葬式を見るなんて複雑どころか違和感しかないが、一体此処でなにが起きて――いや、どんな見たくない光景が起きると言うんだ。

『あはははハははははははハハははは!!』

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