追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

権力者の名は……(:純白)


View.ヴァイス


 正直言うならば、あまり近付きたくない。
 普段は冷静沈着で姉とは思えない程綺麗なシュバルツお姉ちゃん。
 誰かのために頑張る姿が僕の目標であるスノーホワイト神父様。
 …………。とてもお優しいシアンお姉ちゃん。
 あとブライさん。
 そんな戦闘面においてもお強い彼らが、なにやら僕が教会に居ない事に焦って哨戒……もというろついているのだ。しかもなんか怖い。だからあまり近付きたくない。
 けれど僕のために動いてくれているのは確かであるし、放っておくとさらにマズい事になるのは明白であったので覚悟を決め、周囲に気付かれぬようにこっそりと声をかけた。

ヴァイススイ(君)!』

 ……ちょっと怖かったけれど、僕の姿を見た瞬間安堵と心配の表情で駆け寄ってくれたのは、素直に嬉しい。……やっぱりこのシキは、良い所だな、と思う。

「お前ら――監視の者は居ない上に、待機命令も聞いていないようだが」
「それはこのヴァイスのために――」
「…………」
「……申し訳ありません」

 そして僕のための行動に対して謝ってくれている皆さんに申し訳なかった。
 ……それと、感情には疎い神父様ですらつい謝ってしまうアントワープさんは凄いな。この地の憲兵に向いていそうである。クロさんのように領主は無理そうだけど。

「……はぁ。本来ならお前達に問題ありとして、すぐに彼をこの地から離したい所だが……」

 一先ず人目のつかない場所に移動した後に、アントワープさんは溜息を吐いた。
 ……少し意外だ。こういった表情や台詞は職務中に相手に見せないと思ったのだけど。でも確かに僕は嬉しいけれど、アントワープさん的には職務を全うできないだろうからなぁ……

「なにを言っているんだ。神父もシアンも、そして雪天使ヴァイス君の姉も雪天使ヴァイス君を思っての行動だ。こんなに想う相手が居るのに離すなんてとんでもない! 想いの強さによる行動は少しは見逃すべきだぞ!」
「お前のような者が居るから、少年の健やかな成長のために離したいという意味だ」

 そっちに関しては、うん。
 言いたい事は分からないでもないどころか分かる部類に入るけれど、僕はこの街でこそ伸び伸びと生きられると思うんです。
 そしてブライさんの僕への呼び方に違和感があったのは気のせいだろうか。

「ヴァイスの成長のために、ね。私の弟を邪悪なる者として捕縛したヒトがよく言うモノだ」

 でも、シュバルツお姉ちゃんが言ったようにそういった言葉が出て来るのは意外である。
 それではまるで……

「それは仕様が無いってもんだと思うよシューちゃん。多分この執行官……彼はもうスイ君を退治する気はないみたいだから」

 シアンお姉ちゃんがアントワープさんの代わりに質問に答えた。その発言に神父様達も何処か驚いたような表情になる。
 僕を捕まえた時は明確に敵意をぶつけ、なにが有ろうと処刑しようとする意志を感じられる軍人さんに捕縛を命令したのだ。それが“処刑する気はない”となれば驚きもするだろう。
 ……僕は先程の審問の様子もあったから分かりはしたけど、今の様子を見て察するのは流石はシアンお姉ちゃんといった所である。……格好良いなぁ。

「どういう事だい、シアン君。それが事実なら強襲――んんっ、話し合いもせずに済むんだが……」
「少年、あの女性は君の姉で良いのだろうか。そうならば私の命は奪わない様に言っておいてくれ」
「は、はい」

 シュバルツお姉ちゃんの方は……うん、格好良いし綺麗だけど、偶に空回りする事あるからね。守ってくれるのは嬉しいんだけど、まだ子供扱いだからな……
 ともかくシュバルツお姉ちゃんには、その思惑だけでも捕縛対象になるからやめて欲しいと後で言っておくとしよう。というかどうやって強襲する気だったのだろう。

「そしてシスター・シアン。君は私に対し、何処かの司教のように殴ってでも止める気のような感情を向けていたが、私を信じるとはどういった心境の変化だ」
「別に信じてはいないけど、疑問に思っただけ。なんか……そちらも納得していないようだったし」
「私は私の職務を真っ当に行っているだけだ」

 アントワープさんはシアンお姉ちゃんの言葉に表情を崩さず受け答えをする。
 それは最初に会った時や審問の時のような、仕事人間のような隙の無さである。

「……ただ、職務を真っ当に行うと、前情報と違うモノが見えて来ただけだ」

 しかし、アントワープさんは何処か……先程のシキへの頭を痛める反応ではなく、もっと違う所を見ているような表情へと変わった。

「この地の連中はおか――個性的な者達が多いが」

 言い直さなくても良いと思います。皆自覚を持った上で我を通す方々ばかりなので。

「その個性的な者達が、少年を思っての行動をしている事が多い」
「行動というと、なにかな?」
「姉というお前が全力で行動しているように、シキの者がこの少年を心配しての行動をしている、という事だ。……先程もお前は弟のために動いていたようだからな」
「む。……私の事を見ていたのか」
「そうだ。だから私は、少なからずこの地での少年の行動に問題は無いと判断した。それと……スノーホワイト神父にシスター・シアンもな」
「俺達?」
「面倒を見るお前達教会関係者に問題が無いと判断した。例えば……何処かの“相手の悪意に気付かずに、相手を信じ切って救う”男に相対し、自身の小ささに嫌気が差している女を見たり、な」
「……ああ、成程。妙だとは思ったけど、やっぱりね」
「今のと教会関係者になんの関係が……? シアンは分かるのか?」
「ええ、なんとなくですがね」

 ……それって、僕が捕まる前に神父様が助けていたという女性の事だろうか。
 もしかしたらアントワープさんはまずは独りでシキに行った時に、僕の事だけではなく僕の周囲の環境も聞きに行ったのかもしれない。
 その中でシュバルツお姉ちゃんの事も見て……この件が終わったら、皆に感謝しないとな。

「だから私はクリア神の名の元、公正にかつ自身の意志を持ち、権力等の外的要因に影響されずに職務を行った。捕縛の必要性はなく、見守り育てる事がクリア教としての教えに相応しいと判断している。それだけだ」
「そうすると、思い返せば権力による面倒な仕事をさせられた、と考えた訳でしょ」
「……黙秘する」

 シアンお姉ちゃんの言葉にアントワープさんは黙秘という名の肯定をした。
 それを見てシアンお姉ちゃんは何処か気が緩んでいるように見え、神父様も安心しているように見える。……とりあえず、安心して良いようだ。

「アントワープ君は職務に忠実のようだが、あの軍人達はヴァイスを捕まえる事に……躍起になっているように思えたね」
雪天使ヴァイス君の姉ちゃんよ、そうなると俺達の敵はあの軍人になんのか?」
「そうだね。……どのように恐怖を与えたモノか」
「ああ、そうだな。もし刃物が必要なら言ってくれ」
「ありがとう、ブライ君」
「……少年、あの二人をどうにか出来るか?」
「ははは……無理です」

 しかし違う方面で安心しきれない事態が発生していた。
 ……それにしても最近のお姉ちゃんは……格好良くて綺麗なのは変わらないのだけど、なんと言うか、ポン――

「ところで執行官君」
「執行官君? なんだ、シスター・シアン」

 いけない、尊敬する姉に対して失礼な事を考える所だった。そんなはず無いし、今は別の事を考えないと。

「スイ君には監視を付けるだけ、にしても報告が大変なんじゃない? この地にはヒトを惑わす異端の鬼が居る、って報告があったんでしょ。まぁスイ君の前で血を見せて興奮させないのが一番の証明だけど……」

 あれ、なんだろう。シアンお姉ちゃんが「私の血を見せたらなぁ……」といった表情をしている気がするけど……え、まさかバレてる?
 シュネーが興奮してしまう血の条件である“他者と交わりの無い男か女の血”がバレてる!? なんだろう、条件を知られると僕が変に思われそうな感じがする……! 確かにさっきの神父様の血は美味しそうに見えたけど……見えたけどさ……!
 ……落ち着こう。今は落ち着くんだ、僕。

「そこは……そうだな、惑わすというのは、格好が不適切な者が居て、魅力的に男を惑わしていた者が居た、とでも報告しておく」
「誰の事?」

 全員が一瞬シアンお姉ちゃんを見たが、次の瞬間には目を逸らした。

「そうじゃなくって、スイ君を捕まえようとするヒトが居て、それは結構な権力者なんでしょ?」
「……守秘義務があるのでな」
「それで軍人は動かせたけど、息のかかった教会関係者はすぐに動かせなかった……って感じかな」
「…………」

 シアンお姉ちゃんは黙っているアントワープさんを無視して、自身の予想を言っていく。
 ただ、黙っている事こそが肯定を意味し、それを分かった上でアントワープさんは黙っている気がする。

「多分その権力者は――」

 そしてシアンお姉ちゃんはその命令したであろう者の名を告げる。
 あまりにも意外である、その女性の名を。


【後書き】
備考 神父が助けた女性(870話参照)
悪意を持って神父に接しようとしたのだが、

「すみません、お願いがあるのですが、良いでしょうか。初対面の方にこのような――」
「良いぞ。なにをして欲しいか言ってくれ」
「!? え、ええと……内容を聞かないのでしょうか。私と貴方は初対面ですし、私の事を知らずに、そんな……」
「初対面の相手に頼み事をするほどの事なんだろう? だったら俺はそれの手助けをしたい。そう思っただけだが……」
「え、ええと、見返りを払える訳ではないのですが……」
「構わないよ。誰かを助けられるのなら、神父として嬉しい限りだ」
「…………そう、ですか」

という会話が有り、その後も頑張って騙そうとするのだが、善意100%の行動に僅かな良心の呵責を覚え、自己嫌悪に陥っていた模様。そして自己嫌悪に至った所にアントワープが話を聞いたようである。

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