追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

聞かれた方が困る(:純白)


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 案内して欲しいとアントワープさんに言われ、僕は魔法封じの枷をされたまま、アントワープさんと同様に外見を隠して教会の外に出ていた。
 なお軍人の方々には内緒にしているらしい。ようは独断専行での案内であるのだが、そこまでして僕の事を判断してくれようとしているような己が正義に忠実な方なのか、そこまでしないといけない事態に見舞われたのか。

「何処だ……何処にいる……いや、落ち着け……俺が先行しても良い事にはならない……俺が出来る事は……連行用の馬車を襲撃するための……剣を作成する事だ……!」


「まず彼。私の記憶では帝国で伝説の鍛冶師と称され、儀式用宝剣をいくつも作成した……」
「ブライさんですね。今は狂乱状態です」
「理由は?」
「少年が好きらしく……その……」

「――っ! この最近来た少年の香りは……そしてそれを連行しようとする男……何処だ、少年を害する存在は何処だ……!」

「よし、理解した。逃げるぞ」
「はい、逃げましょう」

 ……よく考えなくても、後者だとは思う。
 あと怖い。グレイさんは彼を前にしてもあの狂気きもちに気付かず笑顔を振りまいていたらしいが……僕には無理そうである。







「まず私は情報収集をしようと酒場に行った」
「はい。定番ですね」
「そこで……彼女を見たのだが」

「【忍法:呑牛】――はい、片付きました。では作戦会議の続きをしましょうか」

「……先程もあのように四肢を外し、横暴な冒険者を消し、裏手で出現させていのだが……あれは?」
「忍法で何処かの空間に収容しているそうです」
「忍法で?」
「忍法です」
「…………」
「…………」
「……それ以上の説明は?」
「……四肢が外れるのも、ヒトを消すのも……忍法です」
「……そうか」

「では、続きの作戦を――彼が居ない――寂し――ですから――」

「…………」
「どうされました?」
「……いや、次に行くぞ」







「ええい、また怪我人か! そこに並べ、一斉に治療してやる――なに、痛いだと!? 生命活動の証だ、お前が気絶しようと痛みで叫ぼうと治してやるから我慢しろ!」
「お師匠様、次の怪我人です!」
「誰が師匠だ、というかお前も怪我が治って安静にしている時間だろうが。そして怪我をしていないのなら黙って去れ愚患者!」
「は、はい、すいませんお師匠様! 少しでも助けを――痛、傷口が――」
「そこに並べ患者、今すぐ観察して治してやる!!」

「……彼は、一体?」
「怪我を憎んで怪我を治したがるご立派なお医者様です。私も以前治して貰ったんですよ」
「血に濡れて怪我に興奮している気がするが」
「そうですね。いつになく生き生きしていますね、今日のアイボリーさんは」
「そうか。……ところで、彼を見て興奮は?」
「え? いえ、しませんよ。私は怪我は苦手なので……」
「……そうか」
「?」
「なんでもない。次に――」
「おい、そこの覗いている患者」
「!? お前、いつの間に――」
「お前はどうでも良い。そっちのヴァイス」
「え、あ、はい、なんでしょうか……?」
「…………。いや、なんでもない、怪我をしていないのならお前は愚患者だ。ではな」
「あ、はい。お仕事頑張ってください。……なんだったんでしょうか」
「……。さてな」







「次は……」
「どうされました?」
「……いや、次に見たのは私の幻影ではないかと思ってな。なにせ怪しい外見に、急に消えた者で――」
「ククク……それは誰の事かな?」
「っ!?」
「あ、オーキッドさんこんにちは。ウツブシさんもこんにちは、今日はパンダなんですね」
「うん、いざとなったらすぐに動けるようにね」
「いざという時?」
「うん。だけど……ヴァイスの様子からして大丈夫そうかな」
「? あ、アントワープさん、こちらオーキッドさんとウツブシさんで、ご夫婦です。シキで皆さんに頼られるなんでも黒魔術師さん達ですよ」
「ククク……よろしく頼むよ」
「あ、ああ……いや待て黒魔術? それは教義に反する生贄の――」
「ククク……生贄が必要な魔術なんていざという時役に立たないだろう。それなら薬や道具や生活必需品を作った方が良い」
「まったくだ。愛する夫がそんな事するはず無いだろう。ヒトの笑顔こそ一番の見返りという心優しい男だぞ!」
「そ、そうか……」
「では私は大丈夫そうだし、一旦猫になるか」
「は? 猫になる――?」
「う、ぐぅおおおおおおおおおおおおおおお!」
「――――」
「アントワープさん? ……アントワープさん、しっかり意識を!!」







「大丈夫ですか、アントワープさん」

 一通りシキを周り、僕が説明をするとアントワープさんがますます頭を痛めるという案内をした後。
 ウツブシさんの変身を見たアントワープさんは、猫がトラウマになっていそうな表情で座って気を落ち着かせていたので、しばらくしてから声をかけた。

「……ここはなんなんだ。シキの連中を審問した方が良いのではないのか……?」
「それをするとアントワープさんが皆さんを審問する事になりますよ。」
「止めた方が良いのだろうか……いや、クリア教の執行官としての矜持が……いや、そもそも私は審問できる……判断できるのだろうか……」

 なんだかアントワープさんが執行官としての自信を無くしていそうだった。
 いつだったかクロさんが「真面目なヒトほどシキは辛い」と言っていたが、まさしく今がこの状況なのだと思う。
 ……まぁ肉屋さんと魚屋さんが「ヒャッハー!」と叫びながら肉と魚を解体し合ったり、殺し合いをしながら愛を紡ぐ夫婦がいたり、野菜の気持ちを知ろうと土の中に埋まっていたり、筋肉を愛する集団が上半身裸で筋肉旋風を起こしていたりした人達と今会った訳だから、疲れもするだろう。。
 ここに居ると僕自身も「あれ、吸血鬼の血が流れている“だけ”の僕って普通なんじゃ……」と錯覚に陥るシキだ。無理も無い。
 ……けど、ロボさんやエメラルドさんなどとは会っていないので、まだマシなのかもしれない。

「いや、私は職務を果たさねばならない。クリア神のためにも、私は……!」

 しかしアントワープさんは気を持ち直した。
 なんと強い御方なのだろう。これが働く大人という事か……!

「では、次はどうしますか? 情報収集なら、酒場に戻りましょうか?」
「……いや、教会に戻ろう。今日は一旦終了とし、神父とシスターにも……ん?」

 アントワープさんが立ちあがり、教会に歩を進めようとした所で。

何処だ美美……愛しのは何処にいる……何故教会にないんだ……こうなったら我が子達美美に情報収集を……ふふふ、なに、国全てを把握美美美するくらいはやってやるさ……!!」
「少年……ああ、少年……今なら怨嗟で呪われし剣を作り、王城をぶった切れる一振りを作れる……!」
「ヴァイス……ヴァイスは何処だ! あんな良い子で敬虔な俺より神父に相応しいヴァイスは何処だ……!」
「神父様もブラ君もシューちゃんも落ち着いて!! 完全に悪の波動を放っているから! それはそうとスイ君は何処にいる!? 可愛い後輩を何処にやったというの……!」

 なんか怖いのが居た。

「……吸血鬼には魅了する異能が備わっていると聞く」
「……はい、僕も聞いた事があります」
「……君、そういうの使ったりするのか」
「……使えたらもっとマシな魅了の仕方をすると思うんですよね」

 僕の言葉に、アントワープさんは静かに頷いた。

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