追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
審問(:純白)
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机と椅子があるだけの、普段は使わない教会の一室。神父様に以前教えて貰った話だと、普段は懺悔室で話す様な懺悔ではなく、外部のヒトに聞かれたくないような相談事に使う一室であり、あまり使わない部屋だそうだ。
そしてハッキリとは言ってなかったけれど、今の僕のような審問を行うための部屋でもあると思う。
「さて、少年。此度、君を審問するアントワープ・ブルーだ。嘘偽りは通じると思わぬ事だ」
という挨拶と共に、僕の審問は始まった。
僕を審問するのは神父様とは違う種類の、意匠は見栄などはなく実用性を重要視した落ち着いた教会関係者の服を着た男性。
そしてクロさんと同じくらいの身長なのだが、不思議と小さく見える。
この場合の小さく見えると言うのは貶めている訳ではない。クロさんが“纏まっている”という感覚であるのに対し、この男性は圧が“凝縮されている”という感覚があると評するべきか。
相対すると全てを見通される……本人の言う通り“彼に嘘偽りは通らない”という、印象を受けてしまう。そんな男性である。
「君は呪の力を有している、という報告が上がっている。異端の血が流れているにも関わらず、修道士に扮して王国に危機をもたらす、とな」
男性……アントワープさんは手元の資料を指し示しつつ僕を厳しい目で見て来る。
その視線は見られただけで委縮してしまうような、喋らなくて良いような事すらも喋ってしまいそうな視線である。
――ブライさんからの視線よりは大丈夫……!
だが、僕だって負けてはいない。
帝国で受けて来た奇異の視線よりはマシであるし、ブライさんの「新たな境地……?」と小さく呟きながら見て来た視線よりは怖くない。あの得もしれぬ恐怖を感じた視線と比べれば、アントワープさんの視線は平気だ……!
――だけど、報告って誰が……?
視線の恐怖は乗り越えられるが、一体誰が僕の事を報告したのだろう。
シュネーの事は僕もこの前初めて知った事であるし、帝国の修道士見習いの彼らも現在は逮捕されているはずだ。僕の事を話すにしても、神父様やシアンお姉ちゃん、そしてクロさん達が誤魔化してくれている。なのでこんなに早く教会を動かす報告を出来るなんて、一体誰が……?
「先程の件といい、思い当たる節はあるのだろうか」
……いや、今は集中しないと。
もしかしたら捕まった彼らの話を聞き、アントワープさん達が来たのかのかもしれないし、神父様達に迷惑をかけぬよう僕は僕で頑張らないと……!
「……生まれつき特殊な魔力を有している、という時は有りますが、生まれてから他者を傷付けた事は有りません」
「一度もか?」
「不注意による事は有りますが、自らの意志で傷付けた事はないです」
ともかく正直に、嘘は吐かずに事実は言わずにここを乗り切る。
僕だけが被害を被るのは構わないのだけど、僕が邪悪認定されれば、シキでお世話になった方々にも迷惑をかける。だから乗り切らないと。
――そしてもし乗り切れなかったら……
……その時は、僕だけが邪悪として処理されれば良い。
それが受け入れてくれた皆さんに対する、適切な対応だ。大丈夫、慣れて――
――いや、それは最期の手段だ。
……排斥されるのは慣れてはいる。けど、神父様やシアンお姉ちゃん。そしてクロさん達に会えなくなるのは寂しいから、頑張らないと。
「……ふむ、成程な」
いくつかの審問を行い、アントワープさんは自分の思考を纏めるために言葉を止める。
見定められる視線、思考の間。処刑される前の罪人とはこういった気持ちなのだと、久しぶりに思い出していた。
「……情報に誤りは無いようだ」
その言葉に僕はビクッと身体を強張らせてしまう。
――応答を間違えた……!?
どういった意味で誤りが無いのか。そしてアントワープさんが僕を捕縛するために来たのならば、誤りが無いという事はつまり……邪悪なる者として処刑――
「誤りは無くとも、正確性に乏しく、事実確認が必要なようだ」
「はい?」
しかし、アントワープさんは背もたれに寄りかかりそのような事を言って来る。
正確性? 事実確認? ええと、つまり……どういう事だろうか。
「教えから見るのなら、君は捕縛対象に分類されるが、同時に観察対象でもある」
「観察対象……ですか」
「危険性の有無を判断するという話だ。君は知らぬかもしれんが、釈放後の犯罪者と同じ扱いと思え」
……“犯罪者”と、言い方は悪いけれど、要するに僕の日常を見て判断してくれるという事だろうか。
今すぐにでも捕縛するのではなく……猶予を与えてくれるという事で……事で……!
「勘違いするな。問題があると判断すればすぐに捕縛し、処刑する。教義的には君は間違いなく――」
「はい! 分かっています、ですが猶予を与えてくれてありがとうございます!」
それだけで充分だ。これでシアンお姉ちゃんにも迷惑をかけないで済む。
それにシュバルツお姉ちゃんにも……!
「……。その前に、正確性を確認するために、私はシキの調査を行わせて貰う」
「調査ですか?」
「君が日常的にどのような扱い、振る舞いをしているかだ。まずは私が身分と外見を隠して調査を行ってくる。その間は大人しくしているように」
「はい。あ、でもそれを僕……じゃない、私に言っても良いのでしょうか?」
この内容は僕に言って良いモノなのだろうか。
その辺りの詳しい事は分からないけれど……犯罪者の保釈後ならともかく、僕のように危険性を判断する場合なら、僕に黙ってやるか、もしくは……
「ええと……こう言ってはなんですが、そういうのって――」
「捕縛する前に行うべきだ。だろう。……私も同じ事を思っているから一々口にするな」
「あ、ごめんなさい」
「……いや、すまない。私の苛立ちを君にぶつけるべきでは無かったな」
アントワープさんは額に手を置いて溜息を吐いた。
……彼自身も、なんと言うべきか……この一件になにか疑問を抱いているのだろうか。なんというか、僕自身の捕縛を優先して行うように命令されている、という感じがした。今この場は軍人さんが居ないからこのように振舞っているような……?
「ともかく、私は席を外す。待っていろ」
「あの、アントワープさんはお一人で行かれるのですか?」
「そうだ。仮にも捕縛対象とされている君を連れて行く訳にもいかないからな。なに、慣れぬ土地ではあるが、独りでも調査は出来るから変に気を使うな。……すぐに戻る」
アントワープさんはそう言って部屋を出て行く。部屋を出て行った後部屋の前でなにかをしている気配があった後、何処かへ去っていく足音がした。
…………。とりあえず。
――大丈夫かな、アントワープさん。
僕が心配するのは、そんな事である。
◆
数十分後。
「すまない。君も一緒に来てくれ。説明が欲しい。この街はおかしい」
そして戻って来た外見を隠したアントワープさんは、理解不能そうな表情と共に戻って来たのであった。
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