追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
一方その頃シキでは(:紺)
View.シアン
――まさか、クロが留守中にこんな事が起きようとは……!
私は今、重要な局面に立たされていた。
クロ達が留守中に神父様とイチャつけると思ったのだけど、クロ達が行った後に、
『あれ、イチャつくってどうすれば良いのだろう』
と具体的な案を思いついていなかった事に気付き、どうすれば良いかと悩んでいた。
領主代行をしている神父様の手伝いをサボる訳にはいかないし、クロが心配していた件もあるし、エメちゃんとグリーンさんが首都に連れていかれたので薬師の代わりに仕事をしないといけないしで、結局はイチャつける事無く日を跨いだ訳である。
そして、
『今日こそはこの前の告白の続きをして、イチャつく!』
と意気込んだのは良いのだけど、気付けば神父様がいつもの様に誰かを助けるために朝から出かけたと聞き、落ち込んで仕事をしていた。
『た、大変ですシアンお姉ちゃん。今すぐ来て下さい!』
そして落ち込みながらも仕事をしていると、スイ君に慌てた様子で言われ、私は言われるがままに着いていった。
そこで私は、重要な場面に遭遇したのである。
神父様やクロ、イオちゃんが居ればどれだけ良かったかと思う――シキでも重要な場面に。
そう、それは――
「G……ォ、……Ho、Li、i……Go……」
「まだだよ、諦めちゃダメ!」
「…………る、……ほりぞん、ぶるー……!」
「やった……アップルグリーンさんがついに王国語を!」
半ゴブリンことアップルグリーンさんがついに王国語を喋ったのである。
しかも最初に言えたのは妻の名前。なんて素晴らしい事なのだろう。
身体の構造上、喋り辛いはずなのに、懸命に練習し、私や神父様に教えを請い、今も私の補助魔法が必要とは言え、ついに喋れるようになったのである。なんて感動的な場面なのだろう。
「良かったですね、ホリゾンブルーさ、――ん?」
「……今の私なら……ドラゴンも屠れそう……ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう……クリア神、そして夫に感謝を……!」
「……ええと……」
「行こうか、スイ君。この後は夫婦水入らずにしてあげよう?」
「そ、そうですね」
恐らくこの後はスイ君にはお見せ出来ない光景が広がると思い、あまりもの感動に放心状態なのを良い事に、今の内に去る事にした。
……まぁ愛する夫が自分のために必死に努力し、自分と同じ言葉を喋れるようになったのだ。元から愛に愛し合っているこの夫婦であれば、さらに愛が深まり仲良くなっていっく事だろう。
とりあえずお腹の子のためにも無理はしないで欲しいが、そこは大丈夫だと信じたい。
「ふぅ、良い場面に立ち会えたねー。知らせてくれてありがとう、スイ君」
「いえ、シアンお姉ちゃんが来てくれて助かりました。私の補助だけではどうにもならなかったので……シアンお姉ちゃんのお陰ですよ」
「私を呼んだのはスイ君の判断で、居なかったら今回みたいにはならなかったんだから。スイ君のお手柄!」
「わぷ」
私は遠慮しがちなスイ君の頭を撫でて、偉い偉いとしてあげる。
スイ君はすぐに遠慮するから、こうやって褒める時は褒めてあげないとね。ただでさえシキに来る前は辛い生活を送っていたから、先輩として褒めて伸ばさないと。
「ふふふ、しかし神父様にも見せたかったなー。それにクロやイオちゃんが帰って来た時に良い話のタネが出来たね」
「クロさん……そういえばシアンお姉ちゃん、お聞きしたい事が」
「どうしたの?」
私が白くてサラサラな、撫でているこっちがもっと撫でていたくなる頭を撫でていると、スイ君が思い出したかのように聞いて来た。
「クロさん達が首都に行く前……なにかをクロさんが心配していて、シアンお姉ちゃんに頼んでいましたけど……アレはなんだったんです?」
「ああ、アレ?」
そういえばシューちゃん達の姉喧嘩(?)を見せないために私達の近くに居たっけ。
あの時神父様は気付いていないようだったけど、スイ君は気付くのか……まぁ、聞かれたからには答えても良いだろう。隠している事でもないし、神父様にも説明はしたし。
「アレは、クロ達が首都に行って、首都でなにかあって戻って来られなかったら迷惑をかけるかもしれない、というのが半分」
「もう半分はなんでしょう?」
「クロ達が留守中に、シキでなにかあるかもしれないからそれを頼む、というのが半分だね」
クロはあの時シキに戻って来られない事を想定して、私達に「頼んだ」と言ったのだろう。あるいはクロだけが戻ってくる場合は、戻って来てもすぐに領主としては働けないかもしれない、と。
そしてもう半分は、クロが留守中になにかを仕掛けて来る者が居るかもしれないという事。
クロが行く前に言ったように、王妃や……第二王子の妻辺りなどであれば逆恨みでシキになにかして来る可能性がある。その時に私や神父様が対応できるようにして欲しい、というのがあの「頼んだ」に含まれていた意味なのだろう。
「成程……だから昨日は夜遅くまで起きていたんですね……てっきり違う意味合いかと……」
「違う意味合い?」
「あ、い、いや、なんでもないです!」
「ほほう、修道士が嘘を吐くのかなー」
「うぐ。え、ええと……その……」
頼んだの意味に含まれた板内容を説明をし終えると、私の行動に納得がいった後何故か慌てるスイ君である。
それを見て撫でる方向から頬をつつく方向に変える私。すると頬を赤くしながらスイ君は視線を逸らす。スイ君の反応は相変わらず分かりやすくて面白い。
「ま、無理には聞かないから。スイ君は“言いたくない”という気持ちに正直だった、という事だろうしね」
面白いけど……あまり揶揄うのも良くは無い。この程度にしておこう。
「い、いえ、正直に言いましょう!」
「お、おお? む、無理しなくて良いよ?」
「無理はしていません! 私は――シアンお姉ちゃんが領主代行といういつもとは違う状況と、夜の雰囲気を利用して神父様とイチャつくものかと思っていました!」
「しょ、正直だね、良い子だ!」
……つまりスイ君には昨日、私と神父様が夜の触れ合い的なモノをすると思っていたのだろうか。……そういえば朝、なんだかスイ君がよそよそしかったのはそれが理由か。
「でもね、スイ君。私がそんな簡単にイチャつく事が出来たら……今まで苦労しなかったよ」
「……あの、自分で言っていて悲しくならないですか」
「なるよ」
とてもね。でも後輩に正直に言わせておいて、嘘は吐けないよ。
「と、ところで、クロさんが留守中にシキに危機が迫るとしたら、どんなものなんですかね!」
わー、私、後輩に気を使われているー。
「まぁ、考えられるとしたら、権力的圧力をかけて来るとか、モンスターで襲わせるとかそんな感じじゃない?」
とはいえここは素直に気を使われておこう。
ともかく、考えられるとしたら権力とモンスター。もし想定している相手であれば、腹立たしいけど立場は大分上だから、色々出来るだろうしね。
「権力は無理ですが、モンスターであればお任せを! ダンピールとしてシュネーと一緒に頑張りますから!」
「ふふ、それは頼もしい!」
私もどちらかというとモンスターの方がどうにか出来る。権力とか正直面倒な事この上ないだけだからね。やっぱり最後は力で解決するのが手っ取り早いからね!
ちなみにダンピール、というのは半吸血鬼の事を指すらしい。リムちゃんからの手紙に書いてあったらしく、造語やクロ達の前の世界の単語ではなく、この世界でもそういうらしい。あまり前例が無いから廃れた言葉との事だが。
「まぁ、無いに越した事は無いけどね」
「そうですね。取り越し苦労に越した事は――あれ?」
「どうしたのスイ君――ん?」
スイ君と和やかに話していると、ふとスイ君がなにかに気付いたようにある方向を見たので、私も気になりつつそちらを見ると……ある人物が大きな塊を引いているのを見た。
「む、修道士のヴァイスと……シアンか」
「どうかしましたか、お肉屋の御主人さん――って、わ、これはフェンリル……ですか?」
ある人物とは解体大好きな肉屋の主人。
その主人がなにかを引いていたのだが、よく見るとそれは私が昔深手を負ったフェンリルであった。
「この辺りには居ないはずだけど……また迷い込んで、仕留めたの?」
「また?」
「ああ、うん、前にもシキで見たんだよ」
前というのはシューちゃんがイオちゃんを暗殺しようとシキに連れてきた時だ。
……流石にスイ君には言わないほうが良いだろうね。
「なんか知らんが目撃情報が有ったらしくてな。それで、オーキッドが戦ったんだが、しぶとくて中々仕留めきれなくてな。そこで俺が解体したんだよ」
「へぇ……大丈夫かな、それ」
「大丈夫って?」
「いや、誰かが連れて来た、という事は……」
しかし何故またここにフェンリルが来たのだろう。シューちゃんが連れて来た……という事は無いだろうし。もしかしてこれでシキを……?
「それはねぇだろう。なんでも群れ討伐の一頭を逃した、という情報が有ったからな。正式な依頼だから、オーキッド達も出張ったんだしな。あと、しぶといだけで弱かったし」
「うーん、それなら大丈夫か」
「それにフェンリルならシアンだってまともに戦えるなら一人でも勝てる相手じゃねぇか。一頭しかいなかったし、考え過ぎだよ」
「……そうだね。でも一応注意はしておく。仮にも領主代行任されたし」
「おう。それじゃあな!」
気になる事は有るが、確かにフェンリル一頭だけならシキを襲っても崩壊出来るとは思えない。仕掛けるならもっと多くを呼ぶだろう。
でも注意するに越した事は無いかな。
「もしかしたら、あの一頭でシキを崩壊させようとしていたかもしれませんよ。ほら、なにか特殊な力が宿っていたとか!」
「はは、そうだとしたら肉屋に独りで解決された事になっちゃうね」
「はは、そうですね。まぁ、そんな間抜けな事を考える相手だったら、むしろ楽ですがね!」
「そうだね!」
確かにスイ君の言う通りだ。
もしこんなんでシキを崩壊出来ると考えているのなら、相当な間抜けだね!
◆
「■■様、シキにも同時に攻めるのは良いのですが……」
「どうした、カーマイン」
「モンスターなどによる事故被害や、権力による圧力など多くのルートを想定した攻めだというのは理解しましたが……モンスター、というのはどういったモンスターを?」
「ふふ、【不死王・狼】だ」
「ほう、フェンリルのような外見であり、殺しても再生するだけでなく強くなり、最終的には多くを破壊すると言われる強い個体の事ですね?」
「ああ。……これだけでも滅ぶ可能性はあるかもしれんな。ふふ、そうならないように祈らなければならないな。それではクロ・ハートフィールドが戻って来た時に、他の作戦も無しに終わっては、ある意味興ざめだな。ふふ、ふふふふふふふふ」
「…………そう、ですね」
備考:不死王・狼
フェンリルの外見を持ったアンデット。
通常のフェンリルよりは弱いのだが、不死であり、再生と強化を繰り返す内に対処不可な強固体となる危険度A級モンスター。長時間の封印で弱らせ、滅する事でしか退治できない。
……のだが、今回は強くなる前にシキ肉屋の主人が「不死という存在の意義」を切断する事であっさりと討伐された。
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