追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

楯≒脳筋?


 ランドルフ家は武力にも通じていなければならない。

 ランドルフ、という家名には“楯”の意味がある。
 王として王国を率いる象徴であり、運営する脳であると同時に、国民の営みを守るための楯であれ、という意味が込められている。
 そして楯として国民を守るためには、弁舌やトップとしての振る舞いも重要ではあるが、前に立つための“力”も必要である。
 故に王族であるランドルフ家には強さが必要だ。
 正式婚姻の前に王族特有の魔法は最低三つは使えるようになる必要があり、婚姻相手も強く秀でていなければならず――婚姻相手よりも強く無ければ、ランドルフ家の名折れである、と。
 そのために正式な婚姻前には、この王城にある地下空間でその強さを親に見せる事で。ランドルフ家の血を残す事が認められるという。
 勝つ事が絶対条件ではないが、この空間はランドルフ家であれば良い状態に持っていける場所。故に――勝つ事が、婚姻は認められる条件なのである。

「――と言うのが、私達ランドルフ家の伝統行事です。秘匿事項ですがね」

 何処かの武闘集団かなにかだろうか。
 戦いに参加せずに観客になる俺とヴァイオレットさんはローズ殿下から説明を受け、俺は思わず出そうになった感想をどうにか飲み込んだ。
 ……元々成人前に護衛も碌につけずになにかを成す事をさせるような家系だ。ある意味では“らしい”といえば“らしい”のだが。

「クロ、ヴァイオレット。正直に言って下さって構いませんよ。頭蛮族と言いたいのでしょう」
「い、いえ、そのような事は……」

 流石にそこまでは思っていない。モンスターも居るこの世界だと、武力は大事だからね、うん。

「はい。そのような事は思っていませんよ。……ですがそうなるとローズ殿下も……」
「ええ、ヴァイオレットの思っている通り、私も夫のマダーとは正式な婚姻の前にここで戦いました」
「……差し支えなければ、結果をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「場所故でしょうか。とても調子が良く、私が勝つ事が出来ましたよ。……夫が戦闘には秀でてはいない、と言うのもあるのでしょうが」

 何処か懐かしむ様に言うローズ殿下。こういった方面の事は「なにを言っているのですか。夫婦で戦い合ってどうするのです」といった感じに言い、やらないモノだと思っていたが……血は争えないという事なのだろうか……?

「言っておきますが、私自身この行事はどうかと思っていますよ。大切な婚姻前の身体を夫婦で互いに傷付け。結果によっては溝が生まれる可能性だってあるんですから」
「そ、そうですか」

 いや、やはりローズ殿下の性格的に懐疑的であるようだ。あまり話した事は無いが、真面目と言うか、効率的な御方っぽいからな、ローズ殿下……

「ですが互いに想いをぶつけ合う機会と言うのは良いモノです。この戦いが無ければ、夫とはもっと長い期間、愛し合う事は無かったかもしれません」
「そうなのですか?」
「ええ、互いに全力を出し合って知らぬ面を見る事が出来る……疑問には思っていますが、良い思い出にもなりましたよ」

 あれ、やっぱり血は争えないのだろうか。

「あの……ローズ姉様……そうなると私が……呼ばれた理由は……?」

 ローズ殿下の軽い説明の後。同じように俺達の近くにいる(触れられる距離には居ない)フューシャ殿下がおずおずと尋ねて来た。どうやら戦いに参加しない事になった自分が呼ばれた理由が分からないのだろう。
 対戦組み合わせの発表の後、色々とごたついていたのだが、結局は色々あって戦う事になった殿下とクリームヒルト達。戦うと思っていた俺やエクルは戦いには参加せず、同時にローズ殿下とフューシャ殿下も戦いに参加するという事は無くなった。なのでフューシャ殿下も俺達と一緒に見学の位置に居る(なお、エクルは現在クリームヒルトやメアリーさん達の戦闘後のケアをカイハクさん達と共に行っている)。
 であればフューシャ殿下は何故此処に……一族にすら秘匿されているこの場所に来る事になったのか。それを問いたいのだろう。

「……お父様とは今日の予定を事前相談されていたのですが」

 そういえば俺達が謁見の場で騎士団と戦うという時になった時も、ローズ殿下は特になにも言わなかったな。思い返すと、ローズ殿下の性格的に妙ではあったな。

「私達姉弟の中で、ルーシュとスカーレットは勘が鋭い方です。そのためにはフューシャだけを呼ばない、というのは今回の事柄では怪しいのですよ。実際来る前に説明された事があったでしょう?」
「えっと……王国の秘史を……殿下わたし達と……クリームちゃん達と一緒に……明かす事があるから……来るように……と……」
「ええ。そしてその秘史は強き力を示さなければ、力不足として明かす事は出来ない、という説明ですね」

 実際はもっと複雑であったりするのだろうが、似た事をスカーレット殿下やルーシュ殿下にも言ったのだろう。「あくまでも俺達あいてには王族として力を示すように」とか付け加えたりして。
 それでその内容だとカーマインを除く殿下達が居ないのは不思議がられるから、フューシャ殿下も呼ばれた。だが……

「ローズ殿下。私の勝手な憶測なのですが、今日一日の私達への対応は、もしかして殿下達の好きな相手との婚約絡みに繋げるためのものであった、という認識でよろしいでしょうか」

 実際戦う事になったのは、婚約をしておらず、好きな相手が居る殿下達。
 恐らくヴァイオレットさんが尋ねたように、俺達の対応はカモフラージュにすぎず、実際は殿下達の――

「それに関しては今は答える必要がない、とだけ言っておきます」

 あ、なんかローズ殿下が意味深な事を言って、大事な時までなにも話さない有能そうで有能ではない言葉キャラっぽい事を言っている。

「ですが、貴方達への対応も兼ねていたのは確かですよ。横暴な方法ではありましたが、この首都で貴方達の汚名を雪ぐ必要がありましたから」
「……そうですか」

 対応“も”という事は、やはり殿下達の今回の戦いが目的であったのも確かなようだ。
 ……まぁ、現在の戦う事になった殿下達には妙な緊張感が走っているのだが。先程国王が言った「負けたらその相手との婚姻は諦めて貰う」という発言もあったからなのだろう。しかも「勝ったら認める」と言った訳でも無い上に、父親に自身の好きな相手に付いて知られた訳であるからな……特にスカーレット殿下は、平民相手の同性だから複雑な心境だろう。

「…………」
「おや、ヴァイオレット。“しかし、クロ殿は強さを証明する事で雪ぐキッカケは作れたかもしれないが、このままでは私の汚名を雪ぐキッカケがないのでは。だが今は殿下達の恋愛について注視すべきで、今の私にはどうしようもない”とでも言いたげですね」
「な、なんの事でしょう」
「貴女も分かりやすくなりましたね。昔はヴァーミリオンの前でも表情を崩そうとはしなかったのに」

 ローズ殿下、心を読めるのだろうか。
 でもヴァイオレットさんの考えている事も分かりはする。てっきり戦いの後にその辺りの話をするモノだと思っていたからな……

「大丈夫ですよ。貴女への汚名を雪ぐキッカケ作りはもう終わっています」
「え? ……私はそのような事をした覚えはないのですが……」
「ええ、その無自覚さが良いのですよ。……元婚約者であるヴァーミリオンとも問題無く話し、戦いが終わった後に夫であるクロを労い、仲の良さを観客を含む皆の前で見せつけていた。それだけで貴女の汚名を雪ぐキッカケには充分です」
「…………。そうなの、ですか?」
「ええ、そうです。後はお父様が貴方達へ良い対応をしてくれますよ」

 ローズ殿下に言われた言葉にヴァイオレットさんだけでなく、俺も呆気に取られてしまう。
 意識して仲の良さを見せたつもりはなかったが……戦いの後もヴァイオレットさんと一緒に友好的な騎士団の皆さんや観客の皆さんと一緒に対応はした。その際に不思議そうに見られはしていた気がしたが……もしかして国王はそれも狙っていたのだろうか。
 だとしても国王は何故俺達にそのような事をしたのだろう。息子カーマインの件があり、殿下達への現在の一件も含めたとは言え、わざわざ一貴族である俺達のために……

「……貴方達は元々カーマインの愚行などを乗り越え、国王や王族である私達の前でも、堂々と引き裂かれる事を願わなかったのです。昼間の謁見で断った時点で、お父様の意志は決まっていたのですよ」
「カーマイン兄様の……やった事に対する……親としての後始末は……“二人の間を引き裂かない事だ”……って……お父様は思った……という事……?」
「はい、そうですよ。お父様が自らそれを実行するべきだ、と思うほどにね」

 …………。
 前日にした覚悟とは違う、無自覚につい出てしまった行動で、そう思われるのは……悪くないのかもしれない。

「さて、クロとヴァイオレット達は壁を乗り越え、お父様を納得させる言葉は既に言いました。後は……」

 ローズ殿下はそこで言葉を区切り、ある方向を見る。
 俺達もそれにつられて視線の先を見ると、そこには殿下達と、クリームヒルト達が妙な緊張感と共に見合っていた。

「弟達が、お父様達に認められるかどうか、ですね」

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