追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
シークレットなシリアス……?
――嫌な予感が、する。
「この場所は王族及び、王族に許可された者でなければ入ってはならぬ場所だ」
長い階段を降りていき、広い空間に出たかと思うと、国王はこちらに振り返る事無く言う。何処となく演説をしているように見えるのは、在り方が芝居がかっているせいだろうか。あるいは言葉に力強い意志が含まれているからか。
「最初の扉があっただろう。あの扉自体閉まっている間は認識不可能であり、開けるにも特殊な魔法が必要だ」
コツ、コツ、コツ、と。
とても静かなためよく響く足音を響かせながら、国王は広い空間の中央に向かって歩き出す。
傍に控えていたカイハクさんとクレールさんは、その行動に自身は動く事無くただ立って言葉に耳を傾けていた。
「向こうに扉が見えるだろう。あの扉の先は私の王国の中でも秘蔵であり、私自身も伝承や父と母からでしか聞いた事は無い。前兆は見た事は有るがな」
国王の視線の先にあるのは、今ここに居る俺達が横に並んでもそのままは入れそうな幅がある大きな扉。鎖で封じられて、“いかにも”といった雰囲気である。
「メアリー・スーよ」
「……はい、なんでしょうか、国王陛下」
国王は振り返る事無く、扉の方を見たままメアリーさんの名前を呼ぶ。
呼ばれたメアリーさんは先程までの気軽さや、周囲を惹き付ける聖女の如き慈愛さもなく、ただ真剣な表情で答えていた。
「この場所と扉の秘蔵とは、なにかは分かるか?」
あの扉が俺達の予想通りならば、メアリーさんにとっても扉の中身はいつか解決しなければならない問題だ。
“人々が少しでも善い道筋を歩めますように”
という事を本気で願い、実行に移しているメアリーさんにとっては避けられぬ壁と言えよう。
「……私の予想に過ぎませんが、封印されたナニカ、といった所でしょうか。シキという地に似たようなものがありましたので」
しかしその問題を今言う事は出来ない。
転生やあの乙女ゲームについて事情を知らぬ者が居るのだ。答えを正確に当てた所で、何故知っているか、という疑問に当たってしまう。
だからメアリーさんは予想でそれらしい事を言う。演技とは思えない、素のような回答で。
「予想、か。お前がそう言うのなら、それも良いだろう」
……だが、その回答も俺達の事情を知られていない事が前提の答えが故に意味を成す回答だ。前提が間違っていた場合、メアリーさんの回答は違った意味を持ってしまう。
「答えとしてはあっている。封印されているモノはモンスターとも、初代国王とも、悪魔などと言う伝承もある。……だが、シキで封印されていたハク曰く、この扉は他よりも“強い”そうだ」
ハク。その名前が出て来て俺達の間に緊張が走る。
前世のクリームヒルトの姿をした、外見をある程度変えられるシキに長年封印されていた存在。なお、現在はシルバを息子扱いしてやけに明るくなって、シルバをウンザリさせているらしい。シルバはシルバで天涯孤独な中、親しいかもしれない存在の登場なので無碍にはしていないようだが。
しかし彼女の名が出て来るという事は……
「当然と言えば当然とも言えるだろうな。この場所は私達に……私達王族にとっては特殊な場所だ。何故かは分かるか、ヴァーミリオン」
「……この場所に来てから、私の中の魔力に変調を感じられます。乱されるのではなく、調子が良い所を見ると、もしや王族特有の魔法の――発生源が、その扉の奥にあるという事でしょうか」
「良い答えだ」
ヴァーミリオン殿下に問う時だけこちらを見た国王は、答えを聞くと少し笑みを浮かべて再び扉の方に歩き出す。
……今の“調子が良くなる”という情報は、メアリーさんならあの乙女ゲームの何処かであった情報と言うかもしれないが、少なくとも俺は知らない話だ。
「つまりは私達に馴染むのだろうな、この場所は。この場所で自身の魔力の調子を掴む事で、私達王族はより強くなる事が出来る訳であるが……エクル伯爵令息」
「なんでしょうか」
「私達はここでなにをするのだと思う?」
「……そちらに居られる殿下達と、私達が……協力して扉を調査する栄誉を授かった、と言う所でしょうか」
「フッ、協力か」
国王はエクルの言葉に小さく笑い――
「残念だが違うんだよ。なぁお前達」
『はいっ、お父様!』
「……はい」
「は……はい……」
ヴァーミリオン殿下を除く殿下達が居る前で止まり、振り返りながら問いかけてこちらを見て来た。
――嫌な予感が、する。
実はと言うと、先程から嫌な予感がしているのだ。だが俺は……俺達は、「そんなはず無いだろう」と必死に目を逸らしていたのである。
あの乙女ゲームでも終盤の怒涛のシリアス展開でしか出て来ないような場所に、国王自らの案内で訪れた。
唯一この場所の事前情報を知らないだろうカイハクさんが、国の秘密らしき情報を聞き緊張し息を飲んではいるのだが……違う意味で緊張している。
――スカーレット殿下とルーシュ殿下、なんか生き生きしてる。
少し疑問ではあったのだ。
あの現役冒険者を続ける、割と血の気の多いスカーレット殿下とルーシュ殿下が、先程の俺達の強さを見る戦闘で乱入して来なかった事を。
初めは俺の事情に対し気を使ったとか、父親の前で遠慮したとかそんな感じかとも思ったのだが……なんとなく、楽しそうに武器を持っている彼らを見てある事を思ったのである。
「私達王族は、強く無ければならない一族だ。同時に強者との戦いに胸を躍らせる一族でもある。……そしてお前達は強さを証明した訳だが――」
そう、例えば……別の機会に戦えるのだから、あの時我慢していただけなのではないか、とか。
「という訳で、私達王族が自らお前達の強さを見る。全力で行くからな!」
『なにがという訳でですか!!』
俺達は同時に国王にツッコんだ。
コメント