追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

それを基準にしてはならない


――こ、怖かった。

 俺は先程まで話していたクレールさんと別れ、人心地をついていた。
 話していて相手を“怖い”と感じるなんて失礼なのだが、クレールさんの前ではどうしても身が強張ってしまう。
 浮気と疑われているのではないか、間男と思われていないか……というのもあるのだが、彼の目と言うか表情と言うか、雰囲気が“遊びの利かない重鎮”という感じがして緊張するのである。
 あと、笑い方が怖い。クリームヒルトの戦闘中でもあまり気付かれない範囲で一瞬だけ笑い声があったが、目が笑っていないので怖い。アレは獲物を前にした殺し屋の目だ。
 途中でヴァイオレットさんが来て、クリームヒルトとヴァーミリオン殿下の助け舟があり、その後カイハクさんが来て、クレールさんがレッド国王の護衛に戻ったお陰で助かりはしたが……あの方と話すのはこれからは気力を使いそうである。
 ……まぁ、俺のヴァイオレットさんへの想いがクレールさんに伝わり間男疑惑は晴れ、次に会う時は今回の様に問い詰められるような事は無いように祈ろう。……始末されないように祈ろう。

「大丈夫か、クロ殿?」
「大丈夫、黒兄?」

 そして俺の表情を見て心配そうに声をかけるヴァイオレットさんとクリームヒルト。ヴァーミリオン殿下も声はかけないが何処か心配そうにしている。
 ヴァイオレットさんだけはこの中で心配している理由が違う気がするが……どちらにせよありがたい事である。

「大丈夫、心配かけてごめんなさい」

 ともかく、本来首都に来た理由とは違った所で心配の種を増やす訳にもいかない。今弱い所を見せるとヴァイオレットさんも不安にさせるし、気を取り直して振舞わないとな。

「私は構わないよ。戦いの場でもクレールさんとの時も見ているだけであったからな」
「そういえば黒兄がクレールさんと話している時居なかったけど、何処に居たの?」
「ああ、メアリーと共に甘いモノを用意しに行っていたんだ。戦いや謁見で疲れて、欲しいと思っていたからな。メアリーは帰りに集団に捕まったが」

 集団と言うのは戦いを見ていた野次馬達の事であるらしい。
 メアリーさんは相変わらず見る相手を魅了し、囲まれ、対応に一苦労していたようである。そこにエクルやアッシュ達が助け舟を出し……たと思ったが何故か意見に同調し、メアリーさんがツッコミを入れるという状況になったため、ヴァイオレットさんは一言残して来た所丁度あのタイミングだったようだ。

「ほほう。てっきりスカイちゃんに喧嘩を売りに行ったのかと」
「私をなんだと思っている」
「黒兄のためなら今ここで愛を叫んでも良いと思っている愛に溢れた奥さん」
「その通りだ」

 否定しないんですね。昔と比べると変わったなぁ、ヴァイオレットさん。
 というか何故スカイさんに喧嘩を売る必要があるとクリームヒルトは思ったのだろう。今では仲の良い友達……だと思うんだが。

「それで、甘いモノは見つかったの?」
「生憎と良いモノがすぐに見つからなくてな。メアリーの錬金魔法で飴を作って貰ったくらいだ。出来れば戦闘の疲れを癒せるモノが良かったのだが」
「充分ですよ。ありがとうございます」

 ヴァイオレットさんはそう言いながら飴を差し出してくれる。
 申し訳なさそうにしているが、充分にありがたい事だ。後でメアリーさんにも感謝しないとな。

「駄目ですよ、父上。運動の後はキチンと栄養補給をしないと。はい、どうぞ蜂蜜と柚を混ぜたお飲み物です。レモンを付けたモノもありますよ」
「お、ありがとう。気が利いているな」
「はい、父上は運動後は特に甘いモノを欲しがりますから」
「はは、よく分かっているじゃないか、グレ、イ……?」

 ん、あれ。おかしいな、この場に居ない相手と今話したような。
 会えない寂しさで幻覚でも見たのだろうか。

「グレイ、アプリコット、何故此処に? いや、まずは挨拶か。久しぶりだな、二人共」
「お久しぶりです、母上」
「久しぶりと言うほどでも無いが、確かに久しく思えるな」

 うん、幻覚じゃないな。ヴァイオレットさんとも普通に会話しているし、アプリコットも居て会話をしている。
 でも何故ここに居るのだろうか。二人共学園生制服を着ているし……あ、もしかして生徒会に入ったのだろうか。生徒会メンバーは一通りいるようだし、その関係で実は来ていたのかもしれない。

「いや、元々クロさん達が此処に来るらしい、というのは聞いていたのでな。かといって生徒会メンバーでない我らが公休を使える訳でも無く、会うためにサボタージュする訳にもいかぬからな」
「なので本日の学園が終わり次第、ここに馳せ参じ、先程到着いたしました。ですので皆様の活躍は見られなかったのです……残念です……」
「確かに残念だ。クロさんを含め凄かったと観客モンストルムに聞いたからな」

 そう言いながら落ち込むグレイの頭を撫でるアプリコット。
 俺達に会いたかったが、サボって会うと俺達が良い顔をしないと思ったから、出来る範囲で駆け付けた。うん、相変わらず良い子で親として嬉しい限りである。
 というかもうそんな時間か。いや、謁見やここまでの移動、戦闘を考えると……うん、そんなモノか。

「しかしこうして会えただけでも良いというモノだ」
「確かに。俺も会えて嬉しいよ」
「私もだ。……シキに来てからいつも見ていた顔が居なくなったから、寂しく感じていてな。こうして会うと、やはり安心感がある」
「我も弟子も同意見であるな。クロさんはシキに来てからだと、顔を見ない期間が一番開いたからな。こうして改めて見ると……うむ、変わらぬな。我もグレイも成長しているというのに……」
「やかましいわ」

 一番変わるだろう年齢と俺を一緒にするでない。……いや、俺もこの世界の年齢だと若造ではあるんだが。それでもグレイやアプリコットと比べると変化は乏しいだろう。少なくともグレイと普通の呼べているアプリコットのような変化は俺には無い。

「ともかく皆様、差し入れです。アプリコット様特製の蜂蜜檸檬漬け! とても美味しいですよ。皆様でどうぞ」
「あはは、ありがとーう! ほら、ヴァーミリオン殿下も!」
「俺もか? ……まぁ、頂けるなら貰うが……む」
「どうかされましたか、ヴァーミリオン殿下?」
「いや、手で摘まむとヴァイオレット、お前になにか言われる気がしてな」
「……確かに学園に通っていた頃の私であれば“はしたない”言いますし、今でも食べた後に手を拭かれないのなら注意はします。お望みなら悪役のように食べるのを邪魔しましょうか?」
「ふ、悪役令嬢の頃のお前なら、差し出された食べ物事払いのけるのではないか?」
「否定は致しませんが、娘が作り、息子が差し出すモノを粗末にするならまさに悪役令嬢、どころかただのモンスターです。なのでそんな事を言う殿下に食べさせない様にだけしましょう」
「ならば俺は邪魔される前に食べるとするか」

 なんだか仲良いなヴァイオレットさんとヴァーミリオン殿下。
 憎まれ口のような感じで言い合ってはいるが、険悪な感じにはならず……悪友や幼馴染み、と言った感じの会話である。
 しかし高貴な二人から悪役令嬢、という言葉が出て来るのがなんだか不思議な感じだ。俺達があの乙女ゲームカサスにおけるヴァイオレットさんの役割をそのように呼称したからなんだろうけど……うん、なんか凄いな。そういう言葉しか出て来ない俺の語彙力が恨めしい。

「あはは、これ美味しいよ二人共。言い合うよりまずは食べてみたら?」
「む? ……そうだな、アプリコットの作ったものだ。久々に私も食べてみるとするか。――うん、美味い」
「……話には聞いていたが、アプリコットの料理は本当に美味いな。これはなにか特別な事をしているのか?」
「これは適切な薄さの檸檬と糖度の蜂蜜をだな――」

 俺も蜂蜜檸檬を食べつつ見ていると、ヴァイオレットさん達は料理の感想を言い、アプリコットが美味しくする秘訣を語る。
 ……楽しそうに会話をする姿は、身分の差など関係の無い、年齢の近い友人同士で語り合っているかのような微笑ましい光景だ。

「そういやグレイ。学園生活はどうだ?」

 微笑ましい光景を見つつ、俺とグレイは手持ち無沙汰で(蜂蜜檸檬を入れた容器は現在クリームヒルトが持っている)、少し溢れてしまったので、グレイと会話をしてみる。
 無難な内容だが、気になる事でもある。
 色眼鏡で見られていないかとか、勉強についていけているかとか……まぁ親として色々心配なのである。

「はい、とても楽しいです。新しい事を色々と出来ますし、発見もあって毎日が充実しています」
「それは良かった。トラブルとかは無かったか?」
「……私めの未熟さ故に、同級生の方と口論になり、妹大戦は起きましたが……」
「大丈夫だったのか?」
「はい、その後和解しましたので。ただアプリコット様には色々と言われましたが」
「そうか」

 ここで誤魔化さず、トラブルを正直に言う辺りはグレイらしい。
 和解したというからには大丈夫なのだろうが……後でアプリコットに聞けるタイミングがたら聞いておこう。
 あと妹大戦ってなんだ。

「他には気になる事とかないか?」
「気になる事……あ、そうです。一つ疑問に思っている事が有りまして」
「ほう、それはなんだ?」
「はい。以前来た時も思ったのですが……首都は王国各地から優秀な方々や、様々な国の方々も集まる所と聞いていたのです」
「そうだな」
「ですが薬師の方は人前で毒を自分で摂取しませんし、医者の方は怪我に興奮しませんし、シスターの方々は服に切れ込みを入れませんし、肉屋の方は解体に興奮しませんし、ロボ様の様に空を飛ぶ方もおられません。首都の方々は内向的な性格の方々ばかりなのでしょうか?」

 それはね、グレイ。
 薬師は毒を自分の身体で実験しないし、医者は怪我に興奮しないし、修道服は深いスリットを入れるモノじゃないし、解体に興奮する肉屋は希少だし、空を飛ぶのは翼を持たぬヒトには基本無理だからだよ。
 シキと比べたら内向的かもしれないけど、シキを基準にしたら駄目だぞ?

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